表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/16

15 追放王子カエサスと約束の剣


 ソナル王の体調が快方に向かったことで、聖都は安堵と祝福の声であふれ返った。

 しかし、騎虎の勢いで進められていた王位継承の運びには、いまさら変更はないようだ。

 慌ただしく月日が流れ、そして、勇者選定の儀が幕を上げた。


「有象無象だな。糞ったれどもめ」


 カエサスのため息は、王宮前庭に詰めかけた1000を超える出場者の喧騒で掻き消された。

 宮壁を取り払って造られた観客席にもおびただしい数の人がひしめき合っている。


 行われるのは、生死不問の勝ち抜き戦。

 純粋な力比べだ。

 優勝には10連勝する必要があるものの、いちおうはここにいる全員に勇者となる可能性がある。


 ……というのは、あくまで建前。

 最後は貴族たちがお手盛りで決めるのだろう。

 商人や冒険者の姿もあるが、彼らが100連勝しようとも聖剣を手にすることはありえない。

 それが政治というもの。

 とんだ茶番だ。


「よいではありませぬか、殿下の勇姿を目撃する見物人は多いに越したことはありませぬゆえな、ほほ」


「それもそうだな」


 ジイサルの言い分に腕組みして頷く。

 貴族の後ろ盾を失った追放王子の身で再起を果たすなら、ここで結果を出し、大衆を味方につけるよりほかにない。


(勝ち上がる力はこのひと月で手に入れた)


 そう自負し、カエサスは腰の剣に触れる。


(問題は、民の信を得られるかどうかだ)





「見ろよ! カエサス王子だぜハッハ!」


「妾の子で女ったらし、隠し子100人いるんだろ!」


「おまけに魔王軍のスパイで正体は太っちょゴブリンだってな!」


「キノコ帝国に帰れ! ギャハハ!」


「……糞ったれどもめ」


 第一回戦。

 懸念は早くも現実となっていた。

 観客席から降り注ぐ罵倒はまるで矢の雨。

 貴賓席からは貴族たちの嘲弄も聞こえてくる。


(いいさ。見返してやる!)


 カエサスは直剣のような目でただ前だけを見た。

 初戦の相手は農夫だった。

 くわを正眼に構えて脚をぷるぷると震わせている。

 少し体躯がいい。

 お前ならいける、と仲間内で持ち上げられて、こんなところに来てしまったのだろう。


(剣を抜くまでもないな)


 カエサスは素手のまま距離を詰めた。


 この国には「ホーンローの抜きどころ」という言葉がある。

 ソナル王の代名詞とも言える金天剣『ホーンロー』。

 しかし、実際に戦場で聖剣が抜かれることはあまりなかったという。

 ソナル王はもうひと振りの剣を持っており、こちらも大層な名剣で、王はもっぱらその剣で戦った。

 聖剣には抜きどころというものがあり、安易にひけらかすものではないということだ。


「う、うりゃああああ!」


 カエサスは振り下ろされたくわの柄を素手で掴み、手刀を返した。

 農夫は枯れ枝のように地に崩れ落ちる。

 日焼けした情けない顔がぼろぼろと涙を流した。


「こ、殺さないでくんろぉ……」


「殺すものか。農民こそが国の宝だ。これからもよく働き、よく勤めてくれ。君たちあってのホーンローなのだから」


 カエサスは手を差し伸べ、農夫を抱き起した。

 嘲笑にあふれていた観客席が束の間、あっけに取られて静まり返る。


 少し離れたところでは、第一王子サイナスが農奴とおぼしき男を滅多打ちにしていた。

 白い石を敷いた庭が赤に変わっていく。


(王宮を民の血で染めるとは……)


 あきれ果てるしかない。

 しかし、わかりやすい対比でもある。

 カエサスは内心ほくそ笑んでいた。





 回を重ねるたびに相手もそれなりになっていったが、カエサスに剣を抜かせるほどの使い手は一向に現れなかった。

 そのたびに、「民に剣を向けることなど僕にはできない」だの、「この剣は民を守るためにある」だの、鼻つまみもののセリフを並べ、素手にて圧勝。

 カエサスは少しずつだが観客を味方につけていった。


 対照的だったのが、サイナスだ。

 不自然な勝利や不戦勝が相次ぎ、観客席に何度もどよめきが起きた。


「ぐああああ! うわああ負けたあああ! さすがサイナス様ああ! サイナス様万歳! あなた様こそ、国王ですううう!」


 屈強な大男が大袈裟に吹っ飛び、地面をのたうち回りながら絶叫。

 そのあまりの大根芝居っぷりに、ついにはブーイングが起きた。


「袖の下でも掴ませたようですな。殿下、お気をつけくだされ。第一王子殿下は手段を選ばぬお方ですゆえ」


 ジイサルに警告されるまでもない。

 それは先刻承知済みだった。





 圧巻の9連勝を経て、カエサスは決勝の舞台に立った。

 この一戦はソナル王立ち合いの御前試合ということもあり、これまでのお祭り騒ぎとは打って変わって凛とした静寂が場を支配している。

 そんな中に、甲高い声が響いた。


「おやぁ? 誰かと思えば、我が不肖の弟カエサスではないか! この神聖なる場にお前のような色物がよくもまあしゃしゃり出てこられたものだ!」


 第一王子サイナス。

 すでに勝ったつもりでいるらしく、戴冠に向けて髪を結い上げ、場違いな赤マントを羽織っている。


「さあ! 見るがよい、愚民ども!」


 サイナスはこれ見よがしに剣を抜いた。

 宝石や金細工がてらてらと光る、悪趣味な剣。


「どうだい? これこそ国一番の名工、タロエントゥスが作りし名剣『キング・サイナス』だ! この剣のさびとなれることを喜べ、カエサス!」


「兄上、その名工とやら、僕はちょっと存じ上げません。さびる剣を打つ人なのですか?」


「……な!」


 これぞ剣士という鮮やかな斬り返しに観衆が湧く。

 朱に染まる愚兄の顔を真っ直ぐ見据え、カエサスもまた腰の剣に手を伸ばす。


「おじい様の御前だ。僕もこの剣を抜かせてもらおう」


 そうして、行雲剣『岩断』が初めて日を浴びた。

 観客席が再び静まり返ったのは、その美しさゆえだった。

 どこまでも斬ることのみを突き詰めた武骨な剣。

 飾り立てないからこそ生まれる自然体の美には、天の岩(アマナロチア)を思わせる威厳があった。

 宝飾品では決してたどり着けない、美の極北。

 サイナスの顔に嫉妬の色が浮かんだのがカエサスにはわかった。


「――始めッ!!」


 号令とともにサイナスは斬り込んできた。


(素人め……)


 それが兄の剣技に対する率直な感想。

 動きは豚のように鈍重。

 反応速度はトロール並みに緩慢。

 振り回した剣は風に吹かれた洗濯物みたいにバタバタしていた。

 そのすべてを難なくかわし、カエサスはそっと足を差し出す。


「……くうぇッ?」


 サイナスの体が宙に踊った。

 地に落ちるまでの須臾の間に、やろうと思えば2度は首を落とせただろう。

 カエサスはひとつため息をつくと剣を振り抜いた。

 水を斬ったような感触。

 ヒカリモノの剣が根元から折れて転がった。

 いや、斬れて(・・・)といったほうが正確か。


「あっ! ああ!? お、俺の剣んん……! 俺の名剣がああ……!」


 公衆の面前で情けない声を上げてくれるな、とカエサスは愚兄を心底嘆かわしく思った。


「兄上、負けを認――


 不意に、悪寒が背筋を駆けた。

 体に染みついた技が半ば無意識に剣を走らせる。

 振り向きざまに振るった剣が、矢を真っ二つにしていた。

 瞬間、カエサスは突沸のように憤怒した。


「誰だ! 僕に矢を射たの――


 言い終わらぬうちに、がつん、と。

 小さな何かが額にぶつかった。

 矢よりも、もっと小さい……。

 投石つぶてだと直感でわかった。

 ホーンローの暗殺者は投石器を好んで使うのだ。


 観客のどよめきが遠くに聞こえる。

 ジイサルの怒声も。

 湯をかけられたように顔が熱かった。

 視界は赤一色。

 だくだくと血が出ているのがわかった。


「糞、ったれ……。図ったな、兄上」


 剣を杖の代わりにして、なんとか踏ん張る。

 ずぶずぶと刺さっていく馬鹿げた切れ味の剣が今だけは煩わしかった。


「ふはははは! かかったな、マヌケめ! 人を操ってこその王! 剣の腕など王たる者には不要なのだ!」


 真っ赤なサイナスが馬鹿笑いしていた。


「僕の考えとは違うな」


 わずかに残ったサイナスの剣が柄ごと落下した。

 カエサスの神速の一撃が斬り落としたのだった。


「我が身すら守れぬ者が、国を、民を、守れるものか!」


 ひいい、と叫んで腰を抜かす愚兄に、カエサスはふらつく足で詰め寄った。

 矢には毒が塗ってあったはずだ。

 つぶてにも、あるいは……。

 ただ、さきほどからひどく胸が痛むのは、毒のせいではないだろう。

 度しがたい怒りのせいだ。


「実の弟を……。このクズは……」


 殺せ殺せ、と観客席が揺れている。

 それもいいかもしれない、と思った。

 この糞を生かしておくのは国のためにならない。

 それに、サイナスが死ねば王位を我が物にできる。

 手の先で赤い剣がぬらりと光った。

 斬れ。

 そう言ったようだった。

 この剣で斬れば、さぞかし気持ちがいいに違いない。


「……」


 カエサスは剣を振り上げ、そこに必殺の力を注ぎ込んだ。

 そのとき、何か冷たいものが心臓に触れた気がした。

 それは、手だった。

 剣から生えた、黒い手。

 蛇のように腕を這い、心臓に絡みついて鋭い爪を立てる、そんな冷たい指先をカエサスは確かに感じていた。


 この剣を振り下ろした瞬間、その手は自分の心臓を握り潰す。

 そんな確信にも似た予感があった。

 そして、魔女の声が耳朶に響いた。


 ――約束、忘れないでね。


「………………ふう」


 カエサスは目を覆う血のカーテンを腕で拭った。

 剣を納め、涼しい顔で笑う。


「僕の剣は糞ったれ用じゃない。兄上にはこれで十分だ」


 カッチカチに固めた岩のような拳をサイナスの脳天に振り下ろす。

 もって決着とする。


「よろしいのですか、殿下」


 暗殺者を片付けて駆け付けたジイサルが顔をしかめる。

 カエサスは肩をすくめてみせた。


「こんな小さな国で肉親同士殺し合っていたら、破滅にまっしぐらさ。小国の王たればこそ、すべてを受け入れる大きな器が求められる。おじい様が風車かざぐるまを受け入れたように、ね」


 御簾の奥でソナル王がひとつ頷くのが、カエサスには間近に感じられていた。





 そして、崩魔暦172年――。

 ラ・ホーンロー聖嶺国に新たなる王が立った。


 名をカエサス・ラ・ホーンローという。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ