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14 追放王子カエサスと約束の剣


「あのようなお約束、本当によろしかったのですか、殿下」


 カエサスは武器屋カノンから足早に遠ざかっていた。

 見えない何かに追われているような寒気を感じ、振り返る。

 しかし、そこには青ざめたジイサルがいるだけだ。


「言うな、じい。僕も内心めちゃくちゃ後悔している。あれはきっと魔女だ」


 見た目は同年代の少女だった。

 しかし、その内側に得体の知れないものを垣間見た気がする。


(人というより、何か魔物に近い……)


 そんな者と妙な約束を交わしてしまった。

 人を斬らないという約束。

 単に言質を取られた以上の、うすら寒い感覚が背筋に残っている。


「そちらも恐ろしゅうございましたが、殿下は炉の奥の火に気づかれましたかな」


「火?」


 そういえば、妙にメラメラしていた気がする。

 まるで竜の口の中に踊る火炎のようだった。


「あれもまた魔性のものですぞ。それもホーンローの山々に住まうどの竜よりも強大な、おそらくは三山六野を焦土と変えかねない国崩しの大魔でありましょうな」


「まさか……」


 と思ったが、冷や汗で顔をずぶ濡れにしているジイサルを見ると、冗談を言っているようには思えなかった。


 しばし二人して黙り込むことになったが、そうは言っても、剣の腕に覚えのある男二人組だ。

 少女相手に肝を潰して逃げ帰ってきたことが恥に思えてきた。

 カエサスは冷やかすように笑う。


「じい、よかったのか? 憧れの武器屋だったのだろう」


「いやはや、浮かれている間に機を逃しましたな。殿下の剣ができましたら、ぜひお立ち合いを」


「ついに僕がじいを下すときが来たか」


「何を何を。まだまだ負けませぬぞ、殿下」





 そうして、高きを流れる雲のように5日が過ぎてゆき、カエサスは武器屋カノンを訪ねていた。


「これは……」


 岩を見つめてポカンとする。

 そこには、まるで聖剣のように剣が突き刺さっていた。

 柄に触れると、岩が真っ二つに裂けた。

 重い音が転がるのを聞きながら、カエサスは剣を天へと持ち上げた。

 風が斬れる音が聞こえた。


「すごい……」


 無意識にそうつぶやく。

 わずかに青みを帯びた美しい剣だった。

 雲のような刃文を浮かべた刃が陽光を浴びて金の輪郭を帯びている。

 それは日の出の時間に見る霊峰のようであり、そのそばを流れていく雲のようでもあった。


「――下」


「……」


「殿下! カエサス殿下!」


「ん?」


 肩を揺すられ、ハッと我に返る。

 ジイサルの顔がすぐそばに見えた。

 なぜか、握り拳を固めている。


「殿下、一体どうされました?」


「……何がだ?」


「剣を見つめたまま、ほうけておられたようでしたぞ。何度呼んでも反応がありませぬゆえ、頬でも張ってやろうかと考えていたところでございます」


「張るなら平手にせよ。馬鹿者」


 カエサスは眠気でも払うように頭を振った。

 それほど長い時間、剣と睨めっこしていた自覚はない。

 しかし、柄を握りしめていた手を開くと、汗がキラキラと光っていた。


(見惚れていたのか、僕は……)


 一目惚れでもしたみたいに忘我の体で剣を見つめていたらしい。

 さぞかしおかしな顔をしていたに違いない。


 カエサスは髪を掻きむしって火照る顔を風にさらした。

 意を決して武器屋と向き合う。


「満足いただけたみたいだね」


 カノンは光の加減なのか顔に薄い笑みを浮かべているように見えた。


「まあな。この僕の美感にかなうとは大したものだ。君を評価してやってもいい」


「私、観賞用の剣を作った覚えなはいよ。そこの岩、斬ってごらん」


 黒い瞳が卵型の岩を見ている。


「岩で試し斬りさせるつもりか?」


「そういう剣だからね。行雲剣『岩断いわたち』。流れる雲を誰も止められないように、その剣の太刀筋は岩でさえ阻むことはできない」


 百聞は一見に如かずだよ、とカノンは静かな気配で言った。

 言われるがまま岩に剣を向けてみたカエサスだったが、国宝の壺を床に叩きつけようとしているような罰当たりさを味わうハメになった。


「刃こぼれしたら僕は君を指さして大笑いしてやる」


 そう吐き捨てて、剣を袈裟に斬り下げた。

 滝を斬ったような、ぬるりとした感触。

 続いて、ごがん、という音。

 卵岩の上側が、……滑り落ちて地面に転がっていた。

 断面が鏡面のごとく光っている。

 恐るべき切れ味だった。


「う、うわっ……」


 途端に剣が凶暴な魔物のように思えて、カエサスは尻もちをついた。

 手放した剣は、それが当然であるかのように岩に突き刺さった。

 そして、剣自身の自重で岩に沈んでいく。

 もはや切れ味というレベルを超えている。

 ひっ、と喉が変な音を立てた。


「ぷぷぷっ!」


 どこからか笑い声。

 笑ったのはカノンでもジイサルでも、まして自分でもなかった。

 声が聞こえたほう、炉の奥のほうで火が激しく乱舞している。

 まるで腹を抱えて足をバタつかせる子供のように。


「どうだった?」


 カノンが事もなげに問いかけてくる。


「いや、すごいな。まさかこれほどとは……」


 気の利いた賛辞か、逆に文句のひとつでも言ってやろうと思った。

 だが、どちらも思い浮かばず、カエサスはただただ息を呑むしかない。


「そこのおじいさん。あなたの剣も打っておいたよ」


「ほォああ!? それは本当でございまヒッ! ございましょうかア!?」


 ジイサルが過呼吸気味に喜びを爆発させている。


「うん。だって、私の剣と斬り結べるのは私の剣だけだからね。腰のそれじゃ小枝みたいに折れちゃうよ。修行にならないでしょ」


「ぐぬぬ。家宝の剣をよくも。ぐふふっ!」


「落ち着け、じい……」


 カエサスは行雲剣を岩の鞘から引き抜いた。

 美しい刃に再び陶然とする。

 たしかに、この剣ならば鋼鉄さえも易々と斬り裂くだろう。


「本当は二人以上に同時に武器を売らないことにしているんだけどね。あなたたちは師弟みたいだから、今回だけ特別ってことで」


 ジイサルに剣を渡しながらカノンは独り言のように言った。


「どういうことだ?」


 とカエサスは小首をかしげる。


「カノン武器の五箇条だよ。私の剣を持った人はさ、いろんなものを斬ってみたくなるみたいなの。目に見えるもの全部ね。そんな危ない連中が二人もいたらさ、どうなるかわかるでしょ?」


「それは……」


 カエサスはジイサルを見た。

 カノンの剣を手にした師の姿がほんの刹那、別人のように見えた。

 じいではなく、一人の剣客に。


 ジイサルもまた、カエサスを見ていた。

 その目が自分をどんなふうに見たのか、カエサスにはわからなかった。

 ただ、首筋を吹き抜けていく風の冷たさに言いようのない寒気を感じた。


「約束、忘れないでね」


 岩が作る薄い影の中でカノンが微笑んだ。

 三日月型の白い歯が、目に焼き付いて離れなかった。


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