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16 追放王子カエサスと約束の剣


 勇者選定の儀以降、カエサスの人気が凄まじい。

 それは旋風と呼ぶべきものであり、民はその勇姿を一目見ようと連日のように王宮に押しかけていた。


 さて、その旋風を受けて勢いよく回っている者たちがいる。

 ホーンローの風車――第一王子派の貴族たちだ。

 サイナス廃嫡により行き場を失った彼らは、両手に家宝をどっさり抱え、娘に一張羅を着せて、目を背けたくなる媚び笑いを満面に浮かべ、我先にとカエサスの元を訪ねていた。

 サイナスを斬らなかったことで、風車たちも安心してクルクルしているらしい。


(やれやれだな……)


 内心あきれ果てつつも、カエサスはそのすべてを呑み込んでいった。





「何度見てもお美しい」


 降りしきる夏の日射しの、最も輝かしい瞬間だけを切り取って束ねたような、あまりにも鮮烈な金がカエサスの目を潤していた。

 天の岩の聖剣、――金天剣『ホーンロー』。

 ソナル王の手によって差し出されたそれは、まるで太陽だった。


 戴冠式に先立って行われた授剣の儀の一幕。

 王宮に馳せ参じた貴族や民が息を呑んで見守っている。


「お美しいなどと他人行儀なことを。今日よりこれはそなたの剣だ、勇者カエサスよ」


 祖父としての柔和な微笑みはすぐに鳴りを潜め、ソナル王の瞳がカエサスを見下ろした。


「これを携え、戦野を駆けよ。勇者としてホーンローの精強なる兵士を導くのだ。そして、余にはついぞ成しえなんだ魔王討滅の悲願を遂げよ。真の勇者となるのだ。わかったな?」


「はい」


 静かに、力強く頷いて、カエサスはその大岩のように重い剣を受け継いだ。

 天にかざした聖剣が黄金の光を振りまくと、聖都を揺らすほどの喝采が起こった。


「ときにカエサスよ、どうやらそなたも魔女殿に剣を授かったようであるな」


 ソナル王は愛猫でも可愛がるように、腰に帯びたもうひと振りの剣に手を添えている。

 病の床にあっても、片時も手放さなかった剣。

 あらためて見ればわかる。

 それがカノンの剣であることが。


「余はまだ約束を違えておらぬよ」


 ソナル王はお茶目に笑った。

 カエサスも行雲剣に手を添え、同じように笑う。


「僕も生涯この約束を貫いてみせます。おじい様のように」


 それを2つ目の約束とし、カエサスは勇者の道を歩み出した。





 ラ・ホーンロー東端、ギルツザント山地。

 剣山のごとき山々が立ち並ぶこの地は、かつては聖嶺国随一の景勝地として親しまれていた。

 今は魔紅領マルグレンデと呼ばれ、赤黒い霧が満ちた禍々しい地となっている。


「糞ったれがうじゃうじゃしているな」


 数百という魔王軍の軍勢が立ちはだかっている。

 それを睨み、カエサスは馬を止めた。

 背後には3倍の聖嶺国兵が布陣している。


「さあ、カエサス王! 今こそ女神様より授かりし聖剣の威光をお示しくだされ!」


「勇者カエサス様がいらっしゃれば魔王軍なぞ恐るるに足らず!」


「ささ、聖剣にてズバッと魔物どもを蹴散らしてくだされ!」


 ピカピカの鎧に身を包んだ風車貴族の子弟らが調子のいいことを言っている。

 カエサスは首を横に振った。


「貴公らはホーンローの抜きどころという言葉を知らないのか? これは魔王クリムザンデを討つための特別な剣だ。露を祓うに聖剣はいらんだろう」


 前王ソナルの言うところでは、聖剣が本来の力を示すのは魔王と対峙にしたときだけだという。

 聖剣と言えども、平時では並みの剣と大差ない切れ味と聞き及んでいる。


「それに、僕には霊峰の魔女より授かった恐るべき剣がある。こいつが早く斬らせろとうるさいのだ。貴公らにも存分に働いてもらうぞ」


「も、もちろんです陛下」


「我々は、あー、後方の守りを固めるとしましょう」


「それがよいですな、ハハ……」


 風車の弱卒らはおずおずと下がっていった。


「ほほ、よいではありませぬか。我らの取り分が増えるのですから」


 ジイサルが馬上でカノンの剣を抜き放った。


「それより、早く号令をかけなされ。わし、早くこの剣に魔物どもの血を吸わせたくて我慢なりませぬぞ」


「じい、目が血走っているぞ。魔王軍の連中も災難だ」


 ひとつため息をつき、カエサスも行雲剣を抜いた。


「我に続け! この勇者カエサスが道を切り拓かん! ――総員、突撃せよ!」


「「おおおおおおおおおおおおッ!!!」」





「夢だったんだよね。純金の剣を作るの」


 ――60年前。

 崩魔暦112年。

 天の岩の頂でカノンは煌めく剣を空にかざしていた。


「ボッチ陛下、これさ、100パーセント金だけで作った剣なんだよ? すごいでしょ」


「すごいの? 僕にはちょっとよくわからないかな。金に価値を見出すのは人間だけだもの」


 ランタンの中から炎のキツネが身を乗り出して、いささかあきれた顔をしている。


「でも、カノン、頑張ってたよね。地道に金貨集めてさ」


「うん。苦節ウン十年。やっとこさ、実現したよ」


「その剣、強いの?」


「全然。だって、剣の形をした金塊だし。重いわ、ギラギラして趣味悪いわで、性能でいうなら市販品の安い剣のほうが上かな」


「じゃあ、金の延べ棒でぶん殴ったほうが強いかもね」


「私もそう思う」


 風になびく髪を後ろに払い、カノンは自嘲気味に笑った。


「それ、どうするんだい、カノン?」


「このギラつくだけの雑魚武器に私の銘を刻んで売りに出すのはちょっとね。だから、無銘の剣としてこの岩に刺しておこうと思うんだ」


 自嘲の笑みが悪童の笑みに変わる。


「こんな馬鹿高い山のてっぺんまで来ちゃうような変人がさ、この剣を抜くとどんな気分になるだろうね。きっと我こそは勇者だ、とか思っちゃうよ」


「そうかな?」


「そうだよ。この剣、隠しギミックがあってね、周囲の魔力を吸い取って光に変えることができるんだ。魔力量が多いほど光も強くなる感じ」


「じゃ、その剣で魔王をぶっ刺すと、ギランギランに光るってコト?」


「そ。伝説の聖剣っぽいでしょ?」


「手の込んだイタズラだね……」


「この剣を抜きし者、汝、まことの勇者なり! ……なんちゃって、ふふ」


 燃え盛るキツネに白い目で見られながら、カノンは岩のてっぺんに剣を突き立てた。


「さて、次の秘境を目指しますか」


「僕、今度は燃やせるものが多いところがいいな。森とか」


「森が、迷惑だから来るなって言ってるよ」


「燃やして黙らせよう」


「やっぱりあんた、悪魔でしょ?」


「精霊だよ。似たようなものだけどね」


 薬籠を揺らし、カノンは足取り軽く下山の途についたのだった。


追加エピソードはこれにて完結です。

ありがとうございました。

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