12 追放王子カエサスと約束の剣
追加エピソードです。
ラ・ホーンロー聖嶺国の追放王子が勇者となって帰って来たとき、彼を追い出した貴族たちの手のひら返しの鮮やかさは、60年経った今も物笑いの種となっている。
ホーンローの風車――。
これは、彼らのよく回る手のひらを揶揄する語だったが、こんにちでは「変わり身の早い人物」を指す慣用句として大陸全土に根付くに至っている。
辺境の小国に過ぎないホーンローの名がこのような形で知れ渡ったのは、甚だ不名誉極まりないことだった。
しかし、とうの貴族たちにも言い分はある。
当時を知る数少ない老貴族たちに言わせれば、すべては魔王が悪いのだ。
『紅蓮の魔王』クリムザンデ――。
かつて、グレナリャ紅国の荒野を支配していたクリムザンデは度重なる敗戦の果てに、ここ、ホーンローの急峻な山岳地帯に落ち延びた。
敗軍の将とはいえ、一時は大陸南部を恐怖の渦に突き落とした呑舟の魚だ。
山岳小国家に太刀打ちできる相手ではなかった。
国土の半分が1年足らずで失われた。
そんな滅亡前夜のホーンローを救ったのが、かの追放王子である。
ソナル・ラ・ホーンロー第二王子。
彼は若くして剣才を開花させ、その聡明さもあって将来を嘱望されていた。
それゆえに無才の第一王子から妬心を買った、悲運の人でもあった。
無実の罪で王宮を追われたソナルは、霊峰アマナロチアの山腹でひたすら剣の修行に明け暮れていたという。
そんなある日。
彼は山頂の大岩の下で女神の啓示を受けた。
――この剣を抜きし者、汝、まことの勇者なり。
大岩によじ登ってみると、その頂には黄金の剣が突き刺さっていた。
昨日までなかったはずの剣が。
ソナルが黄金の剣に触れると、それは鞘から抜けるように大岩を離れ、彼の手の中で聖なる光を解き放ったという。
勇者ソナルの誕生である。
その後、黄金の剣と勇敢な王子に導かれた聖嶺国軍が鬼気迫る反攻の末、国土の大部分を回復するに至ったのは万人の知るところである。
そして、ソナルは第一王子を廃し、聖嶺王の座についた。
今年、齢80を迎える。
◇
「糞みたいな連中だ。いや、言い直そう。糞そのものであると」
第二王子カエサス・ラ・ホーンローは腹立ちまぎれに石橋の欄干を蹴飛ばした。
そして、人体と石材の埋めがたい硬度差を再確認することとなった。
痛みの分だけ苛立ちが膨らんでいく。
祖父であるソナル王はここのところ体調の優れない日が続いている。
何かを察したらしい貴族たちが、風見鶏か、さもなくば、コウモリのように飛び交っていたことにカエサスも気づいていた。
早い話が王位継承争い。
かねてより、王宮は第一王子派と第二王子派に二分されていた。
そして、カエサス率いる第二王子派が優勢というのが大方の見立てだった。
しかし――
「僕が妾の子で、女たらしで、隠し子が100人いて、魔王軍のスパイで、おまけにその正体は太ったゴブリンだってさ。そんなわけないだろ! 馬鹿なのか、連中!?」
第一王子派の貴族たちが流した、根も葉もない噂。
それは瞬く間に市井に燃え広がり、消火する間もなくカエサスを火だるまにしていた。
後ろ盾の第二王子派は離反者続出。
様子見を決め込んでいた中立派が一気に第一王子派に流れ込んだ。
こうして、カエサスは王位継承レースから脱落。
第一王子サイナスが単独トップに躍り出たのだった。
「流言とは過ぎたるものこそ愛でられるものですからな。わしは殿下が木の股から生まれてきたキノコの妖精で、キノコ帝国をつくろうとしているという妄言を聞きましたぞ」
護衛役であり、剣の師でもあるジイサルが、騎士というには恰幅のいい腹を揺すって笑った。
「しかし、痛いですな。王宮から締め出されては弁明の機会もありますまい」
第一王子サイナスは多数派となった余勢を駆って、「第二王子に反乱の疑いあり」とカエサスを登城禁止に追いやった。
事実上の追放刑。
このままでは、サイナスが次王に即位。
カエサスに濡れ衣を着せ、斬首。
そんな事態になりかねない。
「糞ったれめ! あの凡骨、ズルをさせたらピカイチときた。まったく愚王まっしぐらだよ、糞ったれ! どうせおじい様の御前で僕に負けたことをまだ根に持っているんだ! 馬鹿だから!」
「ほほ、あれは見事な一本勝ちでしたな、殿下。サイナス殿下のお鼻を文字通りにへし折っておられた」
会心の感触を思い出し、カエサスは少し溜飲を下げた。
「腐ってはなりませぬ。再起の目はありますぞ、殿下」
「勇者選定の儀か。おじい様も粋なことをお考えになる」
ラ・ホーンローにおいて、王位を表すのは王冠でも玉座でもない。
聖剣だ。
金天剣『ホーンロー』。
女神より授かりしかの剣を持つ者――すなわち、勇者こそが王なのだ。
そして、勇者を選定する武闘大会が来月執り行われることとなっている。
優勝者に与えられるのは、聖剣。
つまり、王位である。
「たしかに粋ですな。どこの馬の骨とも知れぬ者どもが城下にわらわらと……」
ジイサルは肉厚な眉間に胡乱なしわを寄せている。
商人やその客で賑わう昼下がりの城下町。
心なしか腕っぷしのよさそうな者が多い。
選定の儀を聞きつけた腕自慢が聖都に押しかけているようだ。
「おじい様は剣1本で王となられたお方だ。政治ではなく剣で決められたいのだろう」
魔王クリムザンデは未だ健在。
魔王軍も息を吹き返しつつある。
民衆もまた強い王を求めていた。
「まあ、馬骨というのは人の骨より頑丈でありましょうが」
「いずれにせよ、僕には好都合だ」
追放王子が再起を果たすなら選定の儀で優勝するのが手っ取り早い。
カエサスには相応の自信があった。
それだけの剣才が。
「殿下、そうと決まれば先を急ぎましょうぞ。この老骨めが鍛え直して差し上げますぞ。さて、どちらに向かわれますかな」
「行き先なら決まっている」
王宮追放が決まった折、ソナル王は病床にカエサスを招いた。
そして、か細い声で教えてくれた。
若き日の王が修行の日々を過ごした、霊峰アマナロチアの山腹の秘所を。
『カエサスよ。そなたも女神様の啓示を受け、堂々と戻ってくるがよい』
祖父の柔らかな目を思い出し、カエサスは胸を熱くさせた。
(そういえば、おじい様は……)
不思議なことをつぶやいていた。
『霊峰の魔女殿は今もご壮健であろうか』
あれはどういう意味だったのだろう。
小さな疑問を抱きつつ、カエサスは天を突く巨大な山影に足を向けるのだった。




