11 武器屋カノンの店じまい
黒曜山脈の黒い山肌がときおりキラキラとフラッシュを焚いている。
空は魚眼レンズのような青い広がりを見せ、桃燃薔薇の花が咲き誇る丘はショッキングピンクの絨毯みたいで目に痛かった。
「ここにしようかな」
青黒桃。
刺激的なトリコロールの中で大きく息を吸い、カノンは背中から花に包まれた。
「君はいつも妙なところに店を構えるね」
ランタンの中で揺れる火がそう言った。
「店主が店の立地にこだわるのは当然でしょ。ランチは海、ディナーは夜景ってね。ちなみに、朝はアニメ観ながらがベストかな」
「僕はここ、嫌いだよ。雨が降ったら逃げ場がないし、燃やせるものも少ないし。洞窟とか森にしようよ」
「隠れ家的な店もいいね。洞窟は換気に難アリだけど」
さて、と足を振って体を起こし、カノンは薬籠の中から風呂敷を引っ張り出して広げた。
その上に自慢の武器を並べていく。
「小さな箱にありえない量の武器やアイテムを仕舞えるの、ゲームっぽい仕様でいいよね」
ノート数冊分の薄い引き出しからサーフボードじみた看板を取り出しながら、カノンは微笑する。
「君はたまに僕の知らない言葉を使うよね。なんか怖いから深掘りしないけど」
「お利口な火だね」
陳列を手早くすませ、カノンはランタンを覗き込んだ。
「手頃な石もあるし、炉を組もうか。作りたいものがあるんだ。ボッチ陛下、火をお願い」
「カノン、あの雲、雨臭いよ。先に屋根を作ってほしいかな」
「すぐ止むよ」
「僕は少しも濡れたくないんだ。水の精霊ども、僕を見ると親の仇みたいに突っかかってくるからね」
このしゃべる火の正体はよくわからない。
自称、火の精霊。
それも凡百の精霊とは一線を画した存在らしく、いつも炎の穂先を金色の王冠型にして、「陛下」と呼ぶよう求めてくる。
そもそも、精霊というものがカノンにはわからない。
漫画やアニメでいうフェアリーのようなメルヘンチックなものではなく、どちらかと言うと悪魔の類だと肌身で感じている程度だった。
付き合いは長いが、実は名前も知らない。
古い火の神からホノカグツチと勝手に命名し、その愛称がボッチ陛下だった。
好物は燃えるもの全般。
大好物は稀少鉱石や貴金属の端材。
いつの間にか『武器屋カノン』の炉に住み着き、値の張る餌をねだるようになった、妙な同居人だった。
「ほら、陛下のおうち完成だよ。犬小屋みたいな王城だね」
カノンは慣れた手つきで炉を組み上げた。
ランタンの円筒を持ち上げると、
「一言余計だよ、もう……」
と、ため息とともに飛び出してきた火が、キツネの姿を形作る。
地面に肉球マークの焦げ跡をつけて炉の内見に向かう暖色の後ろ姿は、カノンにとって見慣れたものになっていた。
ふいご要らずで火加減を調整できる、便利な同居人。
だが、あまり気を許していい相手ではないような気もする。
「異世界って変なのが多いよね」
カノンがこの奇怪な世界の住民となったのは、ありがちなことに勇者召喚の儀に巻き込まれたからだった。
いわゆる、クラス丸ごと転移。
教室に居合わせた悲運なクラスメイトともども見知らぬ冷たい床に投げ出されたときは、一生分の困惑を味わった。
召喚された全員にチート能力と呼べる異能が付与されていた。
それも玉石混交で、召喚主は大粒の玉にしか興味を示さなかった。
徴兵免除という名の追放を食らったカノンは、異世界モノのセオリー通り冒険者ギルドの門戸を叩いた。
しかし、魔法の適性もなければ剣の素養もない非力な女子高生に務まるほど甘い業界ではなかった。
ならば、せめて武器屋になろう。
アニメやゲームの伝説の武器みたいな、カッコイイ武器を作るのだ。
そう思ったのは、単純に消去法だったが、『キャノン武山』の血が騒いだのも事実だった。
カノンはドワーフの武器職人に弟子入りして腕を磨いた。
そして、いろいろあって独立。
さらに、いろいろあって今の放浪暮らしに落ち着いている。
「いいね。悪くない城だ」
陛下の燃える体が炉を内側から赤く照らしている。
丸くなる姿をモノクロ写真にすれば、犬小屋に住み着いた普通のキツネに見えるかもしれない。
カノンは小さく笑って金鎚を手に取った。
◇
「お客さん、来ないね。今日は店じまいだ」
看板の下でにわか雨をやり過ごし、あくびまじりにそうボヤく。
「こんなところに店を開くからだよ」
炉の中からボッチ陛下のあきれ声が聞こえてきた。
「仕方ないでしょ。町で武器屋なんかやっていたら、長蛇の列でオーバーヒートしちゃうんだからさ」
それだけですめばマシなほう。
強力な武器を独占しようと悪徳領主が権力を斧みたいに振りかざして強談判を仕掛けてくる。
逆らえば収監、強制労働……。
体験談だから笑えない。
「じゃ、どこかの山奥に腰を据えてみたらどう?」
「それもだーめ。商人がハエみたいに群がるからね」
こうして、旅の武器屋として辺境地を点々とするのが最適解。
それが長い年月をかけて学んだことだった。
「私の武器を欲しがる人は糞立地を苦にしないんだよ。むしろ、喜んで会いに来るね」
「それはそうだね。カノンを見つけた人間って、みんなすっごく嬉しそうだよね。報われたって顔してる」
陛下はアメ玉をしゃぶっているような声でそう言った。
覗き込んでみると、さっきまで打っていた閻魔紅晶の欠片を夢中で食べていた。
犬食いだ。
「カノン、これ、おいしいね」
「火属性の魔鉱石だからね。よく噛んで、よく燃えて。これから魔道具を作るからさ」
「武器しか作らないんじゃなかった?」
「武器しか売らないんだよ。武器屋だからね。でも、作れるものはなんでも作るよ。ここ、不便だし」
カノンは銀の筒を手に取った。
「それはなんだい?」
「シャワーヘッド。適温の湯が出る魔道具だよ。私はレディーだからね。湯あみは欠かせないよね」
「僕に言ってくれれば汚れなんか食べてあげるのに」
「体ごと、でしょ?」
「火加減をこう、うまくすれば汚れだけイケる口だけど?」
陛下の燃え盛る尻尾がモロゼウスの花を包み、その雨粒だけを焼き飛ばした。
さすが精霊といったところか。
カノンはひとつ感心しつつ、しかし、首は横。
「しくじって黒焦げは嫌だからね。それに水でしか流せないものもあるんだよ」
「僕、水なんて嫌いだけどなぁ。お湯も含めて」
陛下は聞くのも嫌という様子で炉の奥に戻った。
「綺麗だね」
雨が上がり、黒い山から桃色の丘に七色の橋が架けられた。
カノンはうんと背伸びして、湿った土の香りで胸を満たす。
陛下は小さな前足で鼻を塞いでいる。
「濡れてて最悪だね。僕、この丘、駆け回ってきてもいいかな? 最大火力で」
「火事になるからダメ」
「全部燃やしたほうが綺麗なのに……」
「だーめ」
他愛もないいつもの会話を重ねながら、カノンは白い雲の行方を見つめていた。
「次はどこに行こうかな」
前人未到の地を巡る、創作武器屋カノンの旅路は風でさえも知らないのだった。
これにて、完結です。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
(※少し書き足りないので、後日、何話か追加するかもしれません)




