44 夫夫らしいこと
礼知さんは、意外と朝に弱い。
眠そうな顔のまま、俺を抱えて洗面所まで向かう。
寝ぼけているせいか荷物のように雑な抱え方だ。
なぜ俺を連れて行くのかは謎だが、狭い洗面所で並んで歯を磨く。
最初は、「礼知さんの前で歯磨きなんて無理です!」と抵抗したんだけど、無言で歯ブラシを突き付ける圧に負けた。
そのあとはお手伝いさんが用意しておいてくれた朝食を食べる。
献立は毎日変わる。今日はシンプルに目玉焼き、お浸し、焼き魚など。それに出汁の利いた味噌汁。
礼知さんは食後のコーヒーを飲み終わったあたりでようやく起動する。
俺は彼の表情がしゃっきりしてくる様子を、儀式を見るような気持ちで眺める。
なんて贅沢な時間だろう。
「彗? 今日もぼんやりしているね」
「まだ、なんだか慣れなくて。起きたら礼知さんがいるなんて」
「そろそろ慣れて欲しいな」
苦笑に近い感じの微笑みで、彼はコーヒーカップを木製のテーブルに置いた。
窓の外は青々とした緑の葉がそよいでいて、光が柔らかく礼知さんを照らしている。
「やっぱり、絵になりすぎる」
「うん。もう一週間も同じこと言ってるね」
「礼知さんがかっこよすぎるからです!」
毎日同じやり取りではさすがに飽きてしまったのか、礼知さんはそっとテーブルの縁を撫でた。
「今日は君の誕生日だね」
「はい。そうなんです。いよいよお酒も解禁です! それで、あの……」
「わかってる。亡くなったおじい様との約束を果たしたいんだよね?」
じいちゃんと交わした、二十歳になったら飲むって約束のことは、礼知さんにも話してあった。
覚えていてくれて胸が温かくなった。
「日本酒がいいかな? お昼はウナギにしようか」
「ウナギ! いいですね!」
「で、初めての酒はその場でおじい様に譲るとして」
「え? 昼間から飲んじゃうんですか」
「実はそれほど珍しいことでもないんだよ」
と言いながら、彼はすっと目をそらした。
なんか礼知さんの様子がおかしいぞ。
いつもなら、追尾機能ついてますかってくらい見つめられるのに、今日はなんだかろくに目も合わない。
「じゃあ夜には……そろそろ」
礼知さんはチラッとこちらを見た。
なんだろう、まるで緊張しているみたいな。
内心首を傾げていたら、彼は奇妙なことを言い出した。
「そろそろ、夫夫らしいこと、しようか」
夫夫らしいことを、夜に……?
俺はかくんと首を傾げた。
「――ああ、やっぱり、想定すらしてなかったか」
礼知さんは片手で頭を抱えてしまったけれど、俺だって頭を抱えてる。
「だだだ、だって礼知さん、そういったことには興味がなかったんじゃ!」
「あるよ。彗にはね」
きっぱり答えたあと、恨めしげに立ち上がった俺を見上げた。
「待ってたんだよ。そこは、一応。大人として。言っただろう? 待つって」
え? え? ええええええ!?
混乱して何も言えずにいる俺に対して、彼は指折り数えるように次々告げた。
「君はそういうことに疎そうだから。少しずつ慣れてもらおうと思ってた」
とか、
「少しでも意識してもらえたら、嬉しかったんだけどね」
とか、
「一緒のベッドで寝ても、そういう心配はしたことなかっただろ? 寝つきがいいよね」
などと。
俺はごくんと唾をのんだものの、やっぱりなんと返せばいいのかわからなかった。
ここはもう、土下座か? 土下座の出番なのか?
「礼知さん、ひょっとしてそれで……寝不足でした?」
彼は答えず、ただ笑みを浮かべた。
いつもの王子様スマイルでも、素の可愛い笑みとも違う。
ネコ科の肉食獣みたいな笑み。そんな顔つきのまま俺の耳元で囁いた。
「なんなら、仕事をサボって、朝からでもいいんだよ?」
「いえ! 仕事、仕事は大事です!」
今日だって相当無理して午後休を取ったはずだ。
会議を「巻きで」とか言いかねないぞ。
プルプル首を振っていると、彼が手を添えてやめさせる。
「じゃあ、昼には迎えに来るからね」
ちゅっと頬にキスをして、礼知さんは鼻歌交じりに出かけて行った。
「けど俺、ベータの、男なのに……?」
もう、絶対に、ないんだと思っていた。でもやっぱりちょっと、期待はしていて……。
「あるんだ……」
残された俺はへなへなとその場に崩れ落ちた。
おわり
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それでは、続きはムーンで!(ないよ)




