43 本当に俺でいいんですか
「榎並、おまえはクビだ!」
「え!?」
先輩たちとともに会社に顔を出すと、チーフが俺に指を突き付けた。
「――と言いたいところだが、仕方ないから自己都合により退職ってことにしておいてやる」
「それって、なんか違うんですか?」
首を傾げると、チーフは大げさに嘆いて見せた。
「本当に、おまえって奴は……」
先輩たちは後ろでずっこけている。
代わりに答えてくれたのは、俺の隣に立つ礼知さんだ。
「再就職の際に有利になるね。けど、彗の場合は困らないよね」
礼知さんの言葉を肯定するように、チーフが眉毛をピクピクさせながら頷いた。
「信じがたいことだがな、おまえを欲しがるアルファ様がたくさんおられるんだ。圧力をかけられればひとたまりもない」
そしてチラッと俺と礼知さんを見比べた。
「その際は、うちに頼るな。和倉様に保護してもらえ!」
「この会社ごと、私が買い取るという手立てもありますが?」
「いいえ、和倉様。それには及びません。ベータにはベータの誇りってもんがあるんですわ」
チーフの物言いに、先輩たちがぴゃっと肩を震わせた。まだまだ礼知さんのことがわかっていない。
「そうですか。余計なことを言いました」
もちろん、礼知さんはむしろ楽しげに応えた。
「では、彗は連れていきます」
ん?
「どうぞ持って行ってください」
「ちょっ、チーフ~!」
勝手に話を進めないで欲しい。
なんか俺、売られる牛の気分なんだけど。
「榎並、そう情けない声を出すな。おまえの下請けということなら、うちはいつでも引き受ける」
チーフの思いがけない言葉に、俺だけでなく先輩たちまで声をあげた。
「チーフ!?」
「ふん。別に縁まで切る必要はないだろう。便利屋はな、横のつながりが大事なんだ」
チーフはそっぽを向いた。
わかりきった照れ隠しに、あえて突っ込むのは野暮ってものだろう。
「ありがとうございます、チーフ!」
俺は深く頭を下げ、先輩たちには手を振って、お世話になった社屋を後にした。
「あれ!? でも寮を追い出されたら俺やっぱり宿無しじゃ!?」
慌てて引き返そうとした俺を、礼知さんが引き留めた。
「屋敷が整うまでは、私のマンションにいるといいよ」
「そ、そんなわけには!」
「大丈夫だよ、彗。ここまで待ったんだ。私はまだ待てる」
その言葉は、却って俺を燃え上がらせた。
「わかりました。超特急でお屋敷を整えますね!」
使命に燃える俺を見て、礼知さんはなぜか、乾いた笑いを漏らした。
趣味全開にしてやる。
礼知さんがどこにいようと絵になる家。
それが今回のコンセプトだ。
水回りの改装は済んでいる。
キッチンは、あえて壁面を向いた作り。俺も礼知さんも、そんなに料理が得意なわけじゃないから、使うときは二人で並ぶことになる。
お風呂は内装とシャワーを取り換え、レトロ可愛い猫足のバスタブは形を活かしてリペアした。
彼の入浴シーンは、さすがの俺も妄想できない。
今、礼知さんのマンションでお世話になっているから、素肌がチラッと見えちゃうみたいな事件もあるにはあるのだけど……。それ以上のことはない。俺たちの間にあるわけがない。
ダイニングの壁は白にした。
窓際に、木製のシンプルなテーブルを置く。
ここで礼知さんがコーヒーを飲む妄想が、もうすぐ現実になるわけだ。
椅子やラグに柄が入る分、カーテンはシンプルだけどドレープが綺麗なものを選んだ。
長く大切に使われてきたものと、新しいものをバランスよく織り交ぜたい。
難しいけれど、やりがいのある仕事だった。
そうして迎えた七月初旬。
今日はいよいよ結婚式だ。
俺と礼知さんの?
俺がこの屋敷を『家』と呼びたい、なんて言ったから、そっちも叶えてくれるつもりらしい。
その方がいろいろと都合もいいとか言っていたけれど……。
どうしよう、いまだにちょっと疑問形だってことが礼知さんにバレたら。
いや、一応俺も準備から何まで意見を言わせてもらったわけだけど、それでもまだどこか、夢見心地だったりする。
「礼知さん、本当に俺でいいんですか?」
「今逃げられたらさすがに立ち直れないな」
朝からまた、そんなやり取りをしてしまった。
それにしても男同士の結婚式でもバージンロードって歩くんだな。
もちろん俺はウェディングドレスなんかじゃなくて、二人とも白タキシードなんだけど。
でも一応、俺が花嫁側らしい。
チーフに父親のポジションしてもらえないか聞いてみたけど、鼻であしらわれちゃったんだよな。
入場の合図を待つ間、俺はめちゃめちゃ緊張していた。
だから正直、一歩目は手と足が一緒に出てしまっていた。
先輩たちがニヤニヤ笑いでそれを見ている。
通路を挟んで反対の席には、功斉様、オークリー君、本物の庭師のおじいちゃん。それに和倉家本邸の運転手さんやお手伝いさんが参列している。
俺の希望で、ミニマムでアットホームな式にしてもらった。
ちなみに披露宴の方は真逆で、大物がわんさか集う大規模なパーティーだった。
礼知さんは挨拶の列がどれほど長く伸びようとも、輝く笑顔で「私の伴侶です」と紹介してくれた。肝心の俺はずっとオロオロしていた。
けど、逃げずに礼知さんの隣に立ち続けた。
それは進歩なんじゃないかな。
俺はこの紗乃幌市で、一番評判の悪いベータだった。
きっかけは、俺がクライアントの意向を無視したことだし、それでも仕方ないと思っていた。
ところが、礼知さんや功斉様に仕事を認められて全部変わった。今では周りの評価も手の平くるん、だ。
再び評価を覆されないように、ベータはベータでもできるヤツだぞって、ハッタリをかまし続けなきゃいけない。
堂々と格好良く。
今日の挙式だって。
柄にもないことを考えたせいか、今、緊張でガッチガチってわけだ。
進む先には、白いタキシードに身を包んだ礼知さんがいる。
少し首を傾げて、微笑んでいる。
彼は手を差し伸べて、声には出さずに何か言った。
「おいで」
って、そう言われた気がした。
そのとたん、緊張なんて消し飛んだ。俺は笑み崩れて、彼のもとへ駆けて行った。
「あーあ、やっぱり走った」
「駄犬かよ」
先輩たちの笑いを含んだ声、チーフの大きなため息。
だけど礼知さんも負けてはいなかった。浮かれて俺を抱き上げて、そのまま神父のもとまで運んだんだから。
ぽかんと口をあける神父さまと、笑ってはいけない状態に陥っている和倉家の面々。
いや、功斉様はもう笑い転げているな、あれ。
グダグダで構わない。
誓いの言葉なんていらない。
そんなものがなくたって礼知さんとなら――。
どんな幸福も困難も、きっと乗り越えていけるから。




