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ベータの俺でいいんすか  作者: 山端のは


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43/44

43 本当に俺でいいんですか


「榎並、おまえはクビだ!」

「え!?」

 先輩たちとともに会社に顔を出すと、チーフが俺に指を突き付けた。

「――と言いたいところだが、仕方ないから自己都合により退職ってことにしておいてやる」

「それって、なんか違うんですか?」


 首を傾げると、チーフは大げさに嘆いて見せた。

「本当に、おまえって奴は……」

 先輩たちは後ろでずっこけている。


 代わりに答えてくれたのは、俺の隣に立つ礼知(あやと)さんだ。

「再就職の際に有利になるね。けど、(けい)の場合は困らないよね」


 礼知さんの言葉を肯定するように、チーフが眉毛をピクピクさせながら頷いた。


「信じがたいことだがな、おまえを欲しがるアルファ様がたくさんおられるんだ。圧力をかけられればひとたまりもない」

 そしてチラッと俺と礼知さんを見比べた。

「その際は、うちに頼るな。和倉様に保護してもらえ!」

「この会社ごと、私が買い取るという手立てもありますが?」


「いいえ、和倉様。それには及びません。ベータにはベータの誇りってもんがあるんですわ」

 チーフの物言いに、先輩たちがぴゃっと肩を震わせた。まだまだ礼知さんのことがわかっていない。


「そうですか。余計なことを言いました」

 もちろん、礼知さんはむしろ楽しげに応えた。


「では、彗は連れていきます」

 ん?

「どうぞ持って行ってください」

「ちょっ、チーフ~!」


 勝手に話を進めないで欲しい。

 なんか俺、売られる牛の気分なんだけど。


「榎並、そう情けない声を出すな。おまえの下請けということなら、うちはいつでも引き受ける」

 チーフの思いがけない言葉に、俺だけでなく先輩たちまで声をあげた。


「チーフ!?」

「ふん。別に縁まで切る必要はないだろう。便利屋はな、横のつながりが大事なんだ」


 チーフはそっぽを向いた。

 わかりきった照れ隠しに、あえて突っ込むのは野暮ってものだろう。

「ありがとうございます、チーフ!」

 俺は深く頭を下げ、先輩たちには手を振って、お世話になった社屋を後にした。


「あれ!? でも寮を追い出されたら俺やっぱり宿無しじゃ!?」

 慌てて引き返そうとした俺を、礼知さんが引き留めた。


「屋敷が整うまでは、私のマンションにいるといいよ」

「そ、そんなわけには!」

「大丈夫だよ、彗。ここまで待ったんだ。私はまだ待てる」

 その言葉は、却って俺を燃え上がらせた。


「わかりました。超特急でお屋敷を整えますね!」


 使命に燃える俺を見て、礼知さんはなぜか、乾いた笑いを漏らした。




 趣味全開にしてやる。

 礼知さんがどこにいようと絵になる家。

 それが今回のコンセプトだ。


 水回りの改装は済んでいる。

 キッチンは、あえて壁面を向いた作り。俺も礼知さんも、そんなに料理が得意なわけじゃないから、使うときは二人で並ぶことになる。


 お風呂は内装とシャワーを取り換え、レトロ可愛い猫足のバスタブは形を活かしてリペアした。


 彼の入浴シーンは、さすがの俺も妄想できない。

 今、礼知さんのマンションでお世話になっているから、素肌がチラッと見えちゃうみたいな事件もあるにはあるのだけど……。それ以上のことはない。俺たちの間にあるわけがない。


 ダイニングの壁は白にした。

 窓際に、木製のシンプルなテーブルを置く。

 ここで礼知さんがコーヒーを飲む妄想が、もうすぐ現実になるわけだ。


 椅子やラグに柄が入る分、カーテンはシンプルだけどドレープが綺麗なものを選んだ。

 長く大切に使われてきたものと、新しいものをバランスよく織り交ぜたい。

 難しいけれど、やりがいのある仕事だった。




 そうして迎えた七月初旬。


 今日はいよいよ結婚式だ。

 俺と礼知さんの?

 俺がこの屋敷を『家』と呼びたい、なんて言ったから、そっちも叶えてくれるつもりらしい。

 その方がいろいろと都合もいいとか言っていたけれど……。


 どうしよう、いまだにちょっと疑問形だってことが礼知さんにバレたら。


 いや、一応俺も準備から何まで意見を言わせてもらったわけだけど、それでもまだどこか、夢見心地だったりする。


「礼知さん、本当に俺でいいんですか?」

「今逃げられたらさすがに立ち直れないな」


 朝からまた、そんなやり取りをしてしまった。


 それにしても男同士の結婚式でもバージンロードって歩くんだな。

 もちろん俺はウェディングドレスなんかじゃなくて、二人とも白タキシードなんだけど。

 でも一応、俺が花嫁側らしい。

 チーフに父親のポジションしてもらえないか聞いてみたけど、鼻であしらわれちゃったんだよな。


 入場の合図を待つ間、俺はめちゃめちゃ緊張していた。

 だから正直、一歩目は手と足が一緒に出てしまっていた。

 先輩たちがニヤニヤ笑いでそれを見ている。

 

 通路を挟んで反対の席には、功斉様、オークリー君、本物の庭師のおじいちゃん。それに和倉家本邸の運転手さんやお手伝いさんが参列している。

 俺の希望で、ミニマムでアットホームな式にしてもらった。


 ちなみに披露宴の方は真逆で、大物がわんさか集う大規模なパーティーだった。

 礼知さんは挨拶の列がどれほど長く伸びようとも、輝く笑顔で「私の伴侶です」と紹介してくれた。肝心の俺はずっとオロオロしていた。

 けど、逃げずに礼知さんの隣に立ち続けた。

 それは進歩なんじゃないかな。


 俺はこの紗乃幌市で、一番評判の悪いベータだった。

 きっかけは、俺がクライアントの意向を無視したことだし、それでも仕方ないと思っていた。

 ところが、礼知さんや功斉様に仕事を認められて全部変わった。今では周りの評価も手の平くるん、だ。


 再び評価を覆されないように、ベータはベータでもできるヤツだぞって、ハッタリをかまし続けなきゃいけない。

 

 堂々と格好良く。

 今日の挙式だって。

 柄にもないことを考えたせいか、今、緊張でガッチガチってわけだ。


 進む先には、白いタキシードに身を包んだ礼知さんがいる。

 少し首を傾げて、微笑んでいる。

 彼は手を差し伸べて、声には出さずに何か言った。

「おいで」

 って、そう言われた気がした。


 そのとたん、緊張なんて消し飛んだ。俺は笑み崩れて、彼のもとへ駆けて行った。

 

「あーあ、やっぱり走った」

「駄犬かよ」


 先輩たちの笑いを含んだ声、チーフの大きなため息。


 だけど礼知さんも負けてはいなかった。浮かれて俺を抱き上げて、そのまま神父のもとまで運んだんだから。


 ぽかんと口をあける神父さまと、笑ってはいけない状態に陥っている和倉家の面々。

 いや、功斉様はもう笑い転げているな、あれ。


 グダグダで構わない。

 誓いの言葉なんていらない。

 そんなものがなくたって礼知さんとなら――。

 どんな幸福も困難も、きっと乗り越えていけるから。


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