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ベータの俺でいいんすか  作者: 山端のは


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37 きれいすぎる微笑み

 

 昼頃会社へ顔を出すと、何やら異様な雰囲気だった。

 なんか、ぴりついている?


「井上先輩、なにかあったんですか? チーフは?」

 こそこそと声をかけると、井上先輩はギクリと肩を跳ねさせた。

「け、(けい)!」

 彼がチーフのデスクへ視線をやると同時に、別の先輩が騒ぎたてた。


「よく聞け榎並、チーフはな、倒れたんだ!」


 俺は、驚いてみんなを見回した。


「倒れたって、どうして!」

「胃炎で……」

 ポツリとこぼしたのは井上先輩だ。

 そ、それは俺のせいかもしれない。

 心労をかけまくっている自覚はある。


「おまえは、和倉様達と近すぎるんだよ! なんだよご自宅で夕食って。ありえねえだろ! あんな噂まで立てられて!」

「噂ってなんすか、まさか、壺河様のあれじゃないですよね!」


 俺が礼知(あやと)さんや、功斉(いさなり)様に体を売ってるとか、ありえない妄想だ。


 先輩は舌打ちした。


「けどおまえ、プライベートで礼知様と出かけただろ」

「はい。顧客満足度アップのためのリサーチのために」


 不満が顔に出てしまったのか、先輩はますます腹を立てたようだった。


「そうは見えないんだよなあ! 礼知様だってあの態度じゃ噂されても仕方ないだろ!」

「ありえないでしょう!? オメガならともかくベータの男と噂が立つなんて」

「別におかしくはないだろ。ベータだって男同士の方がいいってやつもいる」


 意表を突かれて、体がこわばった。

 そんなふうに思っているのか。


「壺河様の言うことを、信じるって言うんですか……」


 あれは俺だけでなく、礼知さんや功斉様まで貶めることだ。

 怒りがふつふつと湧いてきた。


「俺、ちょっと話付けてきます」

「いや、待て、どこ行く気だ!」


 それまで黙って見ていた他の先輩たちまで総出で、俺を止めにかかった。

「おまえがここで殴り込みなんてしたら、いくらチーフでも、もうかばいきれねえよ!」

「チーフにこれ以上心労をかけるつもりか」


 「どうしてもっていうなら、辞めてからにしろ!」


 叩きつけられた言葉を、否定する声はどこからも上がらない。

 俺はそれで完全に立ち止まった。

 本当にその通りだ。もう、みんなに迷惑をかけてはいけない。


 だけど気持ちが収まるわけもなかった。

 一人外へ出て、俺はじっとスマホを見下ろした。





 居酒屋の個室で、俺はある人と接触を図っていた。

 彼は俺がまだ酒を飲めないと聞いても遠慮なくビールを頼んだ。

 そしてそれを勢いよく飲み干して、テーブルにどんと叩きつけてから、投げやりに尋ねた。


「で、何の用だよ」

「谷さん、俺に感謝しているとか何とか言ってませんでした?」

「礼ならもう言っただろ」


 俺の記憶が確かなら、言ってはいないがどうでもいい。

 それよりも俺は、よからぬ噂が、どれほど広がっているのか知りたかった。


 谷さんはお通しに手を付けながら鼻で笑った。


「どのくらいって言われてもな。便利屋まで広まっている時点でお察しだろ」

「礼知さんの耳にも入ってるんでしょうか」

「そりゃそうだろうよ。――っていうか、なんで今更こんな話?」

「今更ってなんですか」

「あんな公然と巣作りしておいて」


 さも嫌そうに言われても俺には全然覚えがない。


「巣作りってなんのことっすか」

「あのお屋敷、社長とおまえが住むんだろ?」


 何を言われたのか理解するまで、たっぷりと時間が必要だった。俺はようやく声を絞り出し「は?」と聞き返した。

 谷さんは平然と枝豆を食べている。


「俺じゃないですって! 礼知さんにはちゃんとお相手が――」

「見たのか? そのお相手ってやつ」


 枝豆のさやを突き付けられても、俺は何も言えなかった。

 だって、オークリー君がいる。

 けど、あの二人が一緒にいるのを見ても、とてもそんな仲には見えなかった。

 気安いけれど、どちらかというと兄弟の距離感だ。

 むしろ……むしろ……。


 俺を見つめる、優しすぎるまなざし。肩を震わせ楽しそうに笑う姿。

 フェロモンで傷つけてしまったと、ボロボロの姿で俺をのぞき込んでいたあの時。

 彼の指で拭われた唇。


 いろんなことがバラバラと思い出されて、その度頬が熱くなって、頭まで沸騰しそうだった。


「……俺が?」


 俺はフラフラと立ち上がった。テーブルから二、三歩離れたところでハタと振り返った。

「おごってやるからさっさと失せろ失せろ。どうぞお幸せに!」

「そ、そんなんじゃないですよ!」

「いいって今更。あ、そうだ忘れるところだった。これやるよ」


 何か書類でも入っていそうな封筒を手渡される。

 谷さんは、俺にはもう興味はないとばかりにスマホに目を落としていた。

 俺の方も、もう何か言う余裕もない。

 居酒屋を出て、たまらず駆け出していた。


 どこまでも走っていきたかったけれど、無粋な信号に足止めされた。

 道の向こうに、礼知さんのビルが見えた。

 しまった。

 なんで俺、会いに行こうとしてるんだ。会ってどうしようって言うんだ。


 そのまま回れ右をしようとした瞬間、誰かにぶつかりそうになった。

 至近距離で相手を見上げ、俺は思わず「あ」と声をあげそうになった。


「――壺河様」


 俺は正直、戸惑いを隠せなかった。

 彼の目元には深い隈が刻まれ、髪も乱れている。


「今夜の相手は礼知君かね」

 ねっとりとした、人を傷つける意図しか感じられない声に怖気が走った。

 それでも俺は聞き捨てならない言葉を無視できず、真っ向から彼を睨みつけた。


「それはいったいどういう意味ですか」

「祖父と孫で男を分かち合うなんて、和倉家は本当に趣味が悪い」


 今、外が寒くて本当によかった。

 頭が冷やされて、いくらか冷静でいられる。

 こんな奴、殴り飛ばしてやりたい気持ちはもちろんある。

 だけど、先輩たちやチーフの顔が頭に浮かんで、俺はこぶしを固く握りしめた。


「根も葉もない噂を流すのはやめてもらえますか」

「本当に、根も葉もないと言えるのか?」

「言えます。俺を見れば一目瞭然だ。体を売っているように見えますか、この俺が。――俺は、キスもしたことないですから!」


 大声で言うようなことでもないが、とにかく言い返して駆け出した。

 これ以上こいつの顔を見ていたら、本当に殴ってしまう。


 俺にだって、ちゃんとわかってる。

 アルファとベータ。王子と宿無し。

 幸せになんてなれるわけがない。

 これ以上、みんなに迷惑をかけるなら、俺なんていないほうがいい。


 寮に戻ってベッドに身を投げ出した後、ふと、谷さんに手渡された封筒のことを思い出した。


「これって……、広報誌?」

 礼知さんの会社のロゴマークにそっと触れた瞬間。


 まさか――。

 慌ててページをめくると、巻頭に礼知さんのインタビューが載っていた。

 パリッとした三つ揃えに身を包み、きれいすぎる微笑みを浮かべている。

 よく知っているはずの顔なのに、なんだか、知らない人のように見えた。


 それでもこの写真はきっと、これからの俺の人生の支えになる。


 早朝、誰もいない会社に出向いて、俺はチーフのデスクに退職願と貸与のスマホを置いた。

 そしてそのまま、スポーツバッグ一つ持って始発に乗った。


 



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