33 彼のものを纏っている
「俺もパーティーに出るんですか!?」
関係者を招いて行うレセプションパーティー。てっきり俺には関係ないと思っていたのに、急に言われて驚いてしまった。
すると、功斉様は大げさに眉を上げた。
「もちろんだとも。これはもう、君の作品じゃないか」
「並べただけですよ!」
「いいや、わしのコレクションをさらに面白いものにしている。これは君の個性だ。賞賛に値する、君の作品だ」
「えええ」
「スーツは持っているかね」
「はい、一応!」
ペラペラの奴だけど……と口に出したわけではなかった。
だが、功斉様は「ふむ」と顎に手を当て、次の瞬間には歩きだしていた。
「行くぞ、彗君」
「は、はい」
どこへ?
いや、こういう時、雑兵は疑問を口にしてはいけないのだ。
……ハッキリ言って、口にしたほうがよかった。
功斉様が向かったのはデパートで、なにやら到着するなり店員さんが挨拶に出てきて、VIPルームに案内された。
なんだここ。こんな部屋、存在したのか。
そわそわしながら待っていると、VIPルームに持ち込まれたのはスーツの山だった。
その中から功斉様が適当に選んで、店員さんが俺の体にあてがう。
「功斉様! 俺、金ないっす」
「はっはっは。何を心配しているんだ。君は期待以上の働きをした、これはいわばボーナスだよ」
「待ってください、値段! 家が買えちゃう!?」
「犬小屋にでも住むつもりかね」
「和倉家の犬小屋なら普通に身分不相応ですよ! じゃなくて、本当にいただけません。ボーナスの範疇超えてますよ! 三十年くらいお仕えしないと無理です!」
「それはいい! 先払いということで、どうだね」
「そもそも俺、期間限定レンタル品ですよね!?」
「買い取ってしまおうか」
「そういう冗談止めましょうよ! すみません、キャンセルで!」
必死に抵抗したおかげで、功斉様は何とか折れてくれた。
「しかたない。だったらこうしよう。礼知が中学の時に着ていたスーツが残っているはずだ。それを着なさい」
「え、礼知さんの……? 中学生時代!?」
なんだそれ、見たいな。写真とかあるかな。
邪な考えが過ぎったせいで、不覚にも功斉様がさっさとワイシャツとネクタイを購入しちゃっていることに気づかなかった。
礼知さんは中学生でも俺より背が高かったらしい。肩幅とか裾とかが余ってしまう。
それを理由に今度こそ固辞をしようとしたのだが、すでにお直しの職人が呼ばれていた。
アルファのスピード感、怖っ。
そして迎えたパーティー当日。
俺は場違い感に震えていた。
そうだよな、功斉様が招待する人だもんな、ザ・重鎮って感じになっちゃうよな……。
役職に『長』がつく人ばっかりだ。
それはまあ、いいんだけど……。
挨拶待ちの列の中に、会いたくない人を発見したのは、ちょっとマズいよなあ。
和やかな雰囲気の中、そこだけ暗雲が渦巻いているみたい。
「功斉様、俺、少し席を外してもいいでしょうか」
逃げるみたいで嫌だが、パーティーに水を差すわけにはいかない。
と思ったのに、功斉様の隣を離れた途端、声をかけられてしまった。
「ずいぶんと偉くなったものだな、榎並彗」
「壺河様……」
「礼知君だけでなく功斉様にまで取り入ったのか。ベータの分際で、オメガの真似事でもしたのか」
辺りがザワッとした。
俺は一瞬、言われたことの意味が分からなくて、キョトンとしてしまった。
遅れて、体を売ったのかと言われたのだと気づいた。
「怖っ、なんですかその発想! 礼知さんも功斉様もそんな悪趣味じゃないですよ!」
すると壺河様は、せせら笑った。
「どうだかな……」
頭湧いてんのかな、この人。
思わず喧嘩を売りかけたその時、カツンカツンと足音を響かせて、礼知さんがやってきた。
い、今の変なやり取り聞かれちゃったわけじゃないよね。聞かれたくない。
俺の祈りもむなしく、バッチリ礼知さんの耳に入ってしまったようだった。
「ベータの分際とおっしゃいましたか、壺河さん。その言葉、娘さんの前でも言えますか?」
「娘とそこの雑種を一緒にするな!」
すると礼知さんは鼻で笑った。あの、品行方正な礼知さんが!
「私も祖父も、彗の働きを認めただけです。彼は優秀ですよ。まあ、壺河さんのおっしゃる通り、少々生意気なところはありますが」
それを含めて気に入っていると、言い出しかねない口ぶりだった。そして功斉様は、
「そうか? わしは生意気だとも思わんが。むしろ自分の意見を持っていると、評価しておる」
と言葉を引き取った。
二人は、俺を挟むように立って、肩に手を乗せた。
その様子を見て壺河様は目をむいたが、功斉様の手前無理やり抑えた様子だった。
荒く息を吐いて、頭を下げた。
「今日は挨拶だけで失礼します、功斉様」
俺は何と言っていいか分からなくて、ぽかんと二人を交互に見た。
「その……、ありがとう、ございます」
そんなに評価してもらえていたなんて、知らなかった。
俺は、街で一番評判の悪いベータなのに。
礼知さんは、微笑んでうなずいた後、ふと顔つきを変えた。
「それより彗……」
え? スーツを見てる?
ヤバい、これ、やっぱり無断拝借だったのかな。
俺に合わせて改造されちゃったよ。
それに、彼のものを纏っているという背徳感が、今の俺にはちょっと痛い。
事実無根とはいえ、あんな変なこと言われた後じゃ……。
「おじい様、少々彗を借ります。ついておいで」
俺はビビりながら、彼についていった。
人気のない廊下まできて、礼知さんは軽い仕草で俺を壁際に追い詰めた。
「そのスーツ」
「や、やっぱり不快ですよね、俺が礼知さんのお古を纏うなんて!」
「うん? 私の」
「あれ? 記憶にないです? 中学生のころ着ていたものだそうですけど」
「言われてみれば……。え、でも、なんで彗が」
礼知さんはちょっと混乱しているみたいだった。
俺は考えをまとめながら、ゆっくりと答えた。
「功斉様が超高級なスーツを買おうとするので、固辞したんです。結果、礼知さんの思い出を強奪することになってしまい、えーと」
すみません、は違うかな。幸いそれほど愛着のある品でもなかったみたいだし。
「あのこれ、功斉様はこのまま俺にくださるというんですが……。礼知さん的には、オッケーですか?」
「もちろん。よく似合ってる」
さっきまでと一転。やけにキリっとした顔で頷いた。
「だったら……、大切に、します」
「うん」
空気がふっと緩んだ隙に、俺はもう一つ大事なことを確認した。
「あ、それと! ワイシャツとネクタイは買っていただいちゃったんですけど、これって本当に貰っていいものなんでしょうか!?」
「ワイシャツとネクタイを、祖父が贈った……?」
うわ、やっぱり不快そう。
でも着ちゃったんだから返品ももう無理だ。
「けど、スーツは私のもの……か。うん、ちょっと複雑だけどそのまま貰っておくといい。けど、今度はちゃんと先に言って。彗のスーツなら一式私が用意するから」
「しばらくはこの一着があれば大丈夫です!」
「遠慮しなくていいのに」
礼知さんは、なんでかちょっとむくれた。
なんか、すごく疲れたな。もう帰りたいや。




