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ベータの俺でいいんすか  作者: 山端のは


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29 どうしてか胸が痛い

「礼知さん、窓際どうぞ」

「ありがとう」


 路線バスなんて小学生のとき以来だと礼知さんが言うので、俺はひそかに驚いた。


「乗ったこと自体はあるんですね」

「授業の一環でね」


 礼知さんはのんびりと窓の外の景色を楽しんでいる。一緒に来ているのに離れるのも変かと思ってちゃっかり隣に座ってしまったが、礼知さんの体が大きいせいか思ったよりも距離が近い。


 礼知さんからはやっぱり青茶みたいな爽やかな香りがして、急に自分が汗臭くないか気になった。

 俺は膝に乗せたボディーバッグからカメラを取り出すフリで、こっそり肩を縮めた。


「それって、例の私的なカメラ? 結構ごっついの使ってるんだね」

「これですか? 中学のとき、じいちゃんがくれたんです。自分はフィルム派のくせに、お下がりだとか言って」

「照れ屋だったのかな」

「そうなんですよ」


 礼知さんは行き先を聞かなかった。本当に、俺にくっついてくるつもりでいるらしい。

 いつもは「おいで」とか言われんのに変な感じだ。


 バスを降りるとき、さりげなく二人分の支払いをしたら、礼知さんはバスが去ったあと咎めるように俺を呼んだ。


「彗。払うよ」

「でも礼知さん、小銭なんて持ってないでしょう?」

 俺の指摘に、礼知さんは押し黙る。本当に期待を裏切らないな。


「ほらね、そうでなくちゃ!」

「なんで彗は嬉しそうなんだよ」


 バス停の目の前には緑豊かな公園が広がっている。カメラを首から下げて、舗装された道路をのんびりと歩いた。礼知さんがまだ悔しそうにしていたので、俺は彼を見上げてニヤっとした。


「実は俺、とても悪いことを考えています」

「悪いことって?」

「お昼に予約したとこ、ちょっと高いんですよ。あ、俺にとっては、ですけど。だから――」

「払う」


 礼知さんはかぶせ気味に断言した。それから、「コース?」と簡潔に尋ねてくる。


「いえ、メニュー見て決めようかと」

「好きなもの食べていいから」

「デザートも?」

「もちろん」

「じゃあ、小銭は俺に任せてくださいね」


 きっちり言質を取ったつもりで気をよくしていると、礼知さんがため息をついた。さすがに図々しすぎて呆れちゃったかな。


「彗に日当を払わなきゃな」

「そんなこと言わないでくださいよ。今日はプライベートでしょう? 俺、礼知さんと遊びに来たつもりなのに。……いや、チーフに知られたら怒られるかな。今からでも仕事ってことに」

「ならないよ」


 今度は礼知さんがきっぱりと答えた。なんだかその言い方がやけに意固地に聞こえて、俺は声を立てて笑ってしまった。

「じゃあ、このことはご内密に」


 礼知さんも笑って頷いてくれたわけだけど、オフだからかな?

 それとも緑の中にいるせいか、会社にいるときよりも雰囲気が柔らかい。

 可愛いといったら失礼なんだろうけど、とにかく楽しそうだった。


 想像だけど、彼は窮屈な子供時代をすごしていて、案外こうしてぶらりと遊びに出たことがないのかもしれない。


 そう考えたら今度は別の方面からプレッシャーを感じてしまった。

 そんな貴重な機会を俺なんかに任せてもらっていいんだろうか。

 いいや落ち着け。

 大丈夫。ここは、すごくいいところだ。


 公園内には古い建物がたくさん保存されている。天文台とか、レンガ造りの倉庫なんかが、カフェやギャラリーとして活用されているのだ。大きな池もあって景色もいいし、俺は入ったことないけどコンサートホールなんかもある。

 

 あれ、でも考えてみたら、ここの保存や活用を手掛けているのって――。礼知さんのお祖父様だったかも。


「もしかしてこの辺よく来ます?」

「私用ではほとんどないな。天気もいいから気持ちいいね」

 まぶしそうに池を眺めながら礼知さんが言うので、俺は少しホッとした。


「それは良かった。実はちょっと悩んだんですよね。もっとこう、カラオケとかゲーセンとか、そういうほうが良かったんじゃないかって。けど、礼知さんにゲーセンは似合わないというか、想像もつかないですよね」


「ゲームセンターくらい、行ったことあるよ」

「ははは。まさかそんな」

「中学のときは結構行っていたし、ファミレスやコンビニだって普通に使うよ」

「え!?」


 ここにきて俺はようやく思い至る。そういえば、待ち合わせのカフェもセルフ方式だった!

 以前夕食をごちそうになったときも、別に個室とかじゃなかった。


 ショックのあまり口元を抑えていると、礼知さんが俺の額を突いた。

 よろめいた先にベンチがあって、すとんと座らされてしまった。そうかと思うと、俺の両肩に礼知さんの腕が乗る。日差しが彼の体に遮られ、よそ見ができないほど間近に彼の顔が迫ってくる。


 え、なんだこの距離感。


「彗はずけずけ言うわりに、人のこと、変な目で見ていない?」

「へ、変な目とは……?」


 礼知さんの眉がキュッと寄る。いつもみたいに分厚い前髪で隠されていないから、それがよくわかって俺は大いにうろたえた。


「嫌なんだよ。特別扱いされるのは。和倉の家は確かにここら辺では少々声が大きいけど、たかだか街ひとつの話じゃないか。それを大げさに言われるのは」


 彼の瞳が潤んで見えて、俺はなんと言い返せばいいかわからなくてただ口を開け閉めした。


「彗は、遠慮がないからいいんじゃないか」

 何も言えずにいると、礼知さんは俺の隣に座った。すっかり拗ねちゃってる。


「えっと、すみません。確かに俺は、礼知さんのこと王子様みたいだって思ってます。でもそれは見た目やふるまいのことで、話してみたら案外気さくだってことは、知ってます」


 ゆっくりと考えながらそう言うと、礼知さんはわずかに首を傾げた。

「つまり?」


「礼知さんは絵になるから、あんまり変なところにいてほしくないっていう願望はやっぱあります。けど、それを押し付けるのはダメですよね。ごめんなさい。似合わなくても好きなものは止められませんよね。ゲーセン、いいじゃないっすか。行きましょう!」


「別に好きではないけど」

「遠慮しないで! 俺のうかつな発言のせいで、礼知さんが好きなものを諦めるなんてそっちのほうがダメですよ!」


「わかった! 白状するよ。ゲームセンターには遊びに行ってたわけじゃない。市場調査に行ってたんだ!」

「……中学生で?」

「そう」


 すごいとか、さすがだなと思う前になんだかホッとして、そうしたら笑いがこみ上げてきた。

「うん。そっちのほうが、しっくりきますね」




 じゃあ気楽に楽しんでしまえ。

 マーケットを冷やかして、天文台をカメラに収めつつ、湖をぐるりと回る。そのうち、木造二階建ての洋風建築が見えてくる。


 白い壁に水色の屋根と窓枠が愛らしい建物は、百年以上前に建設されたもので、かつてはホテルや結婚式場として使われていたという。

 正面のバルコニーをみあげて俺は何気なくつぶやいた。


「あそこでウェディングフォトとかもいいですよね」

 やっぱり礼知さんに似合うのはああいう場所だよな。

 カメラを構えて記念に一枚パシャリと撮っておく。


「うん、そうだね」

 思いがけず同意がもらえて、つい勢い込んで真正面からのぞき込んでしまった。


「そのときは是非! 俺に撮らせてください――いや、プロが入りますよね。だったら、写真だけでも見せてもらえませんか。見たいです、礼知さんの花婿すがた――」


 礼知さんの顔つきが、険しいを通り越して虚ろになってきたので、俺はしょんぼりうつむいて数歩下がった。

 やっぱ図々しいか……。


「実物は見ないの?」

 優しく問いかけられて顔を上げると、彼はひんやりした笑顔を浮かべていた。

 なんか怒ってる!?


「そ、そりゃ見られるものなら見たいですけど」

「飾りつけをしたい、とも言ったよね。カメラ係をしたいとも」

「叶うなら、です」

 というか付き添い役(グルームズマン)をやりたいとか言った。こっちの方がよっぽど図々しいな。


「君さえ頷いてくれれば簡単だ。一番近くで見たくない?」

「それはつまり……牧師!」


 福音だ! どこからともなく教会の鐘の音まで聞こえたように思うのに、礼知さんは顔を覆って深い溜息をついた。


「もう行こうか」

 

 違うのか。

 だけど、他に思いつかないぞ。まさか隣に立てとは言わないだろうし。隣はもう、決まっているもんな。


 思い浮かべたのは、白いタキシード姿の礼知さんとオークリー君がケーキカットをしているところだ。

 うん。やっぱりお似合いだ。

 そう思うのに、どうしてか胸が痛かった。


 いや、オークリー君は違うんだっけ?

 それとも、彼の大学卒業を待つつもりなのかな。

 そこのところは、まだはっきり聞けていない。



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