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ベータの俺でいいんすか  作者: 山端のは


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23/44

23 なんか罪作りなんだよな

 次の日、会社に向かいながら俺は昨日のことを思い出していた。


 礼知(あやと)さんは、もう落ち着いたかな。

 心優しい礼知さんのことだ。アルファのフェロモンで、人を傷つけてしまったことが、よっぽどショックだったんだろう。

 トラウマにならなきゃいいけど。


 俺の方は平気そうだ。

 体の方も異常なし!

 実は礼知さんから、しばらく仕事を休むように言われているんだけど。

 それはそれとして、チーフには報告しておかなきゃ。


 古びたビルの階段をのぼり、ガタつく扉をあけると、チーフと先輩たちがじっとこちらを見た。

 なんだ、この雰囲気……。


「榎並!」

 チーフが俺を手招く。

「おまえ、とうとうやらかしたそうだな」


 俺が礼知さんのフェロモンを浴びて倒れたことは、どうやらみんな知っているらしい。


「どういう気分だ。和倉様の怒りを買うのは」

 怒ってるんだか喜んでるんだか微妙な顔つきで、チーフは眉をピクピクさせた。


「反省はしてますけど、礼知さんは怒ってはいませんよ。むしろ謝られちゃいました」

「どんな状況だろうと、アルファを激怒させたんだ。悪いのは我々だ。榎並、おまえのせいでこの会社は終わりだよ。だが、従業員は守ってみせる。いまから謝罪に行くぞ!」


 チーフは例によってほとんど俺の話を聞いていなかった。バサリと上着を羽織る。いちいち芝居じみた動作だった。怒ってないって言ってるのに。

 そのとき、戸口付近で先輩が叫んだ。


「チーフ、和倉様がお見えになりました!」

 和倉様って、まさか礼知さん? ふしぎに思って首を伸ばしていたら、礼知さんが俺に気付いた。


「彗! 休んでって言ったのに、どうして出歩いているんだ」

 うお、怒られた。ずんずんこっちに近づいてくる。


「社に報告義務がありまして。いえ、終わったらすぐに帰ります」

 モゴモゴ言い訳する前に、チーフがあいだに入った。


「和倉様!」

 チーフはさりげなく、俺を隠す位置に立つ。


「これから謝罪に向かおうと思っていたところだったのですよ。この度はうちの榎並が大変失礼いたしました」

「必要ないと言ったはずです。謝罪をしなければいけないのはこちらのほうだと」


「いいえ、とんでもない! どうせ榎並がやらかしたに決まっていますから。こいつは本当に困ったやつでして。謝罪などもったいないことでございます!」


 チーフそれ、逆効果!

 礼知さんの目つきが冷ややかになっちゃってる。


「私は、御社の社員を危険にさらしたことを詫びに来ました。ですがあなたは、それを必要ないことだとおっしゃる。本気ですか? 彗がこんなところで働いているなんて……」


「礼知さん礼知さん」

 空気が凍り付いちゃう前に、俺はチーフのうしろからひょいと顔をだし、彼が持ってる紙袋を指さした。

「それ、もなかっすか? 前に一回だけ食べたことあります。すっげえおいしいやつ」


 チーフが、たましい抜けたみたいな声で俺を呼んだけど、今は無視。

 礼知さんのことなら俺の方がよく知っている。ほら、機嫌を直した。


「好き?」

「はい!」

「そう、よかった。じゃああげる。本当にごめんね、彗」

「受け取りました! 受け取ったんだから、礼知さんももう蒸し返しちゃダメですよ?」


 ニカッと笑うと、彼も微笑んだ。苦笑いというには優しすぎる笑みだ。


 ふっと横を見ると、チーフが泡吹いて倒れそうになってる。フォローしとかないとダメだよな。職場の存続のためにも。


「礼知さん。チーフのことあまり悪く思わないでくださいね。フツーのアルファはああいう言い方をしないと怒るんです。怒らない礼知さんのほうこそ少数派なんですよ」


 すると礼知さんは、チーフに視線をやって何事か考え込んだ。そしてまた俺に視線を戻す。


「……彗は、この会社が大事なの?」

「そりゃ、恩がありますからね。俺がいろいろやらかしてもまだ便利屋でいられるのは、チーフたちが骨を折ってくれたからです!」

 ちょっと胸を張ってしまった。

 先輩たちからヤジでも飛んでくるかなって思ったんだけど、彼らは無言でうんうん頷いていた。


 威張るなとか適度に突っ込んでくれないと、調子が狂っちゃうな。

 俺はポリっと頬をかいた。

「礼知さん以外のアルファには、とことん評判悪いっすからね、俺」


「彗は私の専属なんだから、他の人の心配なんてしなくていい」

「専属?」

「ああ、もちろん。彗が嫌でなければ、引き続きお願いしたいということだけど」

「嬉しいです。仕事を途中で放り投げたくないですから」


 いつの間にやら専属扱いになっていたのは驚きだけど、嬉しいのは本当だ。

 ん? なんだろう。礼知さんがほんの一瞬微妙な顔をしたような……。

 気のせいかな。さみしそうに見えたなんて。


「話はこれで終わりだ。帰るよ、彗」

「あ、待ってください。……もなか」

 せっかくなので持って帰りたい。休んでいるあいだに全部なくなってたら悲しくなる。


 ぺりぺりと包装紙をはがしていたら、先輩が言ってくれた。

「え、榎並。そのまま持って帰っていいんだぞ」


 こんなにずしっとしてるのに? さすがに多いだろう。

「せっかくですからみんなで食べましょうよ。あ、三種類あるんだ……。どれにしよう」


 すると先輩たちはくちぐちに、「全種類持っていけ」とか、「俺のもやるから」とか言い出したので俺は笑ってしまった。

 ひとつ手に取って、くるっと礼知さんを振り向いた。


「ほらね、みんな優しいんですよ」


 礼知さんはじっと俺を見下ろして、真顔のまま俺の頭をなでた。

「うん。よかったね」

 なんか、子ども扱いされてないか?

 食い意地を張りすぎちゃったかな。


 そのあとは、礼知さんは運転手付きの車で、俺を寮まで送ってくれた。

 車内で礼知さんは、ポツポツと俺に話しかけた。今日は書類を読まなくていいのかなって思いつつ、俺は彼の質問に答えていた。


「彗は和菓子が好きなの?」

「はい。好きです」

「ケーキは?」

「好きです」

「チョコレート」

「好き……礼知さん?」


 尋ねておきながら、礼知さんは車の外の景色を眺めている。興味があるんだかないんだか。


「礼知さんはどうなんですか?」


 和菓子かケーキか尋ねる前に礼知さんは振り返り、俺をじっと見つめた。そしてやたらといい声で言った。

「私も、好きだよ」


 俺は車のシートからずり落ちそうになった。

「しゅ」

 主語が抜けてますよ。そう指摘する前に、静かに車が停車した。

「到着いたしました」


「あ、ハイ! ここまで送ってくださってありがとうございます。では失礼します!」


 ばびゅっと外に飛び出し、玄関前で深々と頭を下げた。

 車が走り出しても俺はなかなか顔をあげられなかった。

 びっくりした。まだ心臓が早鐘を打っている。

 ふわふわした気持ちのまま、ガラガラと玄関扉をあけたとき、社名入りの姿見に俺のまぬけ面が映り込んだ。


 いつものポロシャツ姿。頭はぼさぼさ。

 ちょっと頬が赤くなっているのが気持ち悪くて、いっぺんに目が覚めた。

 

 危ないな、妙な勘違いをするところだった。

 なんか罪作りなんだよな、あの人。




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