20 断るべきだったんだ
「写真は渡せた?」
社長室に入るなりこの質問だ。
「は、はい! つつがなく」
答えておいてなんだが、アレって問題なかったかな。かなり接近しちゃったような……。
「で、仲良く会話をしてきたと」
「あれは不可抗力というか、通り雨が来たせいでして」
「雨……、ああ、降ったね」
「雨宿りがてら、少々お話を、しました」
なんなんだろうな、この異常なまでの後ろめたさは。
だけどそんなに怒るなら、オークリー君にも接近禁止令出しておいて欲しい。
なんて、言えるはずもないけれど。
「そうだ! 礼知さんも何かありますか? お屋敷の中のもので、思い入れのあるものとか」
苦し紛れの話題転換だったけど、礼知さんは乗ってくれるようだ。わずかに首を傾げて考えるそぶりをした。
「うーん、私はないかな。もともとあまり何かに執着するということもなくて」
「そうなんですね」
満たされているとそんなものなのかな。そんなとこもやっぱり、王子様っぽい。
「ただ、最近は少しわかる気がするんだ」
礼知さんはそこでじっと俺を見た。俺は両手をあげて降参のポーズをとった。
「わかってますって。庭師さんとはこれ以上仲良くしません。いや、ほんと気を付けますって!」
昨日のことがあったから、俺は屋敷につくと内側からそっとカギを閉めた。勝手口のほうは昨日閉ざして帰ったから大丈夫。これならオークリー君も入ってこられまい。
いつものように空気の入れ替えからはじめて、その日は平穏に昼を迎えた。
ところが、玄関先に置いてあったコンビニ弁当を取るため、ホールに降りたところで、玄関がガチャっと開いた。
「は?」
と思わず声を上げたせいで、オークリー君とバッチリ目が合ってしまった。
「あ、いた」
「カギは!?」
かけたよね。かけたはずだ。
それとも気づかぬうちに外していたのだろうか。
自分で自分が信じられなくなりかけたが、オークリー君はあっさり俺に合いカギを見せつけた。
そっかあ。一緒に住む予定なら持っててもおかしくないかー。なんだろう、この敗北感。
「お昼食べた? 一緒にトマト食べない?」
彼はホーローのコランダーを手に、こちらを覗き込んでいる。
返事をせずにいたら、靴を脱ぎかけたので俺は慌てて逃避しかけていた意識を戻した。
「待ってください! せめて外で!」
「うん。いいけど?」
しまったここは、断るべきだったんだ。
コンビニ弁当を引っ提げて庭に出てから気がついた。
ベンチに横並びで座ってしまってから、俺は頭を抱えた。
ここはオークリー君と出会う前、よく昼食をとっていたベンチだ。座る人もいないと勝手に決めつけていた場所だった。
礼知さん、すんません。俺、約束を守れませんでした。
いや、まだだ。トマトを一個だけもらったら退散する。それならギリギリセーフだろ。
「ねえ聞いてる?」
カッと目を開いた瞬間、くちびるに冷たいものを押し付けられてゾッとした。
視界に入ったのは真っ赤に熟れたミニトマトだ。
「ほらこれ。いっぱい採れたから」
まさか食べさせてもらうわけにもいかず、手を伸ばして受け取る。収穫したてのトマトは味が濃くて甘かった。
「……うまいっす」
「よかった。黄色いのも食べてみてよ」
辞退する前に、今度は頬に押しあてられる。
「あの」
文句を言おうとしたら頬のはフェイクで、右側からヒュッと口に直接放り込まれた。
コイツ、俺をもてあそんでいやがる。
二個目を食べながら口元を覆って、次のが来ないように首を振る。
「おいしいんです。けど、自分で食べられるんで」
頬に押し付けられたやつ回収しようと思ったら、オークリー君が頓着せずに食べてしまった。別に間接キスってわけでもないけど、なんだか、ものすごく悪いことをしている気分になる。
「これでもう、同じ釜の飯を食った仲ってわけだね」
オークリー君がニヤリとしながら言うので、思わず身震いした。
「未調理!」
「細かいことを言う」
「細かいことじゃないです。しっかり線引きしないとマズいんですって。前にも言いましたが、オークリー君には近づくなって雇い主から厳命されているんです。だから、もうこれきりです。トマト、ごちそうさまでした」
言い捨てて逃げてしまおうとしたら、彼はぽつりと呟いた。
「みんなそうなんだよな」
それがあまりに暗い声だったので、俺は思わず立ち止まってしまった。
「え?」
「オメガ保護法とか言ってもさ、結局みんなアルファを優先するんだ。つまんないよ」
「いや、違いますよ。少なくとも礼知さんの命令は、オークリー君を守るためですから」
彼は俺の言葉が信用できなかったのか、せせら笑うようにハッと息を吐き出した。
「彗君それは、礼知のことをわかってないよ。そっか、何も知らないんだな」
彼の言いように俺は一瞬ドキッとしてしまった。
だが、すぐに当たり前だと言い聞かせる。俺はただの便利屋なんだから必要以上に雇い主のプライベートに踏み込んじゃいけないんだから。
それでも、ひとこと言わせてもらいたかった。
「礼知さんは、オークリー君のこと、とても大事にしてらっしゃいますよ」
ぽかんと、オークリー君が口をあける。
俺はその隙に立ち上がり、ぺこりと頭を下げて屋敷に逃げ込んだ。
「トマト、ごちそうさまでした!」




