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ベータの俺でいいんすか  作者: 山端のは


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19 後ろめたい

 次の日、俺は屋敷に行くと、オークリー君がまだ来ていないのを念入りに確認した。

 ポストカードは透明袋に入れ、彼がよく使うベンチ兼用具入れの上に置いておくことにした。

 双方の約束を破らずに済む冴えたやり方だ。


 彼に会わないようにするには……、庭での昼休憩も諦めなきゃな。

 またオークリー君に遭遇して、礼知(あやと)さんを怒らせたくはない。それと、写真もなるべく屋内で済ませなきゃ。

 お屋敷自体が絵になるってのは幸いだ。


 ところが、赤のじゅうたんが敷かれた階段を背景に、シノワズリ風の壺を写真に収めていた時のことだ。


「あ、いた」

 玄関扉を大きく開き、その割になぜか遠慮がちに、オークリー君がこちらを覗き込んでいた。


「これ、ありがとう」

 ひらひらと振っているのはどうやら俺の渡したポストカードだ。


「あ、いえ」

「けど、直接渡してくれたらよかったのに。風で飛んでたよ」

「え!?」


 ギョッとして立ち上がると、彼はあっさり「うそ」と明かしながら玄関ホールに入ってきた。


「うそ」

 今度は俺がそうつぶやいていた。

 庭師さん、中に入ってくんの!?


「ちょっと濡れたけどね。通り雨が来たから」

 言いながら、彼は日よけ帽を取った。金髪がさらりと肩に落ちる。

「雨?」


 つぶやいた瞬間、ザーッと音がし始めて、どんどん雨脚は強くなる。玄関ポーチの庇を超えて、雨がすこし入ってしまっていた。

 そこ閉めてくださいと言える立場でもないので、俺は慌てて扉に向かった。


「意外と大胆だ。オメガとふたりきりになりたいなんて」

 青い瞳をわずかに開き、妙な冗談を言うもんだから俺はキッパリ言い放った。


「いや、そっちが入ってきたんでしょうが。それにこれは雨宿り! 緊急避難ですよね。どうか礼知さんにはご内密にお願いします」


 最後のほうは真顔で懇願って感じになってしまった。

 するとオークリー君は片方の眉をあげた。


「礼知になにか言われた?」

「もちろんですよ。接近禁止令が出ています。そういうわけなので、俺はそっちに引っ込んでいますから、雨宿りがすんだら――って、なんでついてくるんです!?」


 壺を箱にササッとおさめ、リビングに引っ込もうと思ったら、彼までついてくるので驚いた。

 靴は、ちゃんと脱いでるな。


「僕は別に、何も禁止されてないし」

「禁止しておきましょうよ礼知さん!」


 ふっと、鼻息のようなものが聞こえた。

「今、笑いました?」

 それには答えず、彼はただ「あの礼知がねえ」とつぶやいた。


「礼知は僕に命令なんてできないよ。でも、(けい)君にはできるんだ。どういう関係?」

「便利屋です。むしろ命令されないことはできませんよ」


 などと会話しているうちに、オークリー君はリビングまで入ってきてしまった。


「片付けてるとは聞いてたけど、ほんとになんにもないんだな」

「いったん空にするんです」


 彼の言った通り、リビングはすでにガランとしている。その奥のキッチンに手こずっているのだが、――まさかそっちまでついてくるつもりだろうか。


「あの、本当に困るんです。オークリー君――じゃない、さま? とは親しくするなと厳命されていて」

「くんでいいよ。年も近そうだし。仲良くやろう」

「聞いて! 仲良くなっちゃダメなんです!」

「僕、こっちに友達いないんだ」


 ポツッと、オークリー君はこぼして視線を逸らす。

 その横顔は……、相変わらず無表情だな。からかってんのか。


「知ってる? オメガは寂しいと死んじゃうんだよ」

「存じ上げません。それから、申し訳ないんですが他を当たってください」

「でも気に入っちゃったし、彗君のこと」

「気に入らんでください! そこはぜひフラットで!」


 俺は必死だった。けどオークリー君は、なにやら口元に手をやって、もう俺のほうを見ていなかった。この人の話を聞かないタイプだな!


 これ以上話をするのは危険だと察して、俺はそそくさとキッチンに引っ込もうとした。

 ところが彼は猫みたいにするっと近づいてきて、閉めようとした扉に体を割り込ませた。


 ひぃっと息をのみ、キッチンのさらに奥、勝手口を目指した。もう外に逃げるしかない。

 扉を開くと、外からさっと日差しが射し込んできた。


「あ、晴れたね」


 俺のすぐうしろでオークリー君がのんきに言った。

 そのまま外に出ようとするので、腕で遮って止める。


「ちょっ、靴」

「ん?」

「それ、俺のですから」

「貸して」

「無理でしょう」


 明らかにサイズが足りてない。オークリー君は背だけでなく、足のほうも大きかった。オメガって小柄なイメージあったんだけどな。不服が顔に出てしまった。


「雨宿りも、もう充分でしょう」


 見上げると思いがけず彼は微笑んでいた。

 ほんのすこし目じりをさげ口の端をあげただけだ。それでもいつも彼は無表情すぎるから、その些細な変化がやたらみずみずしく見えて俺はなんだかドキッとした。


 うう、後ろめたい……。


 

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