第六十九話 結界術師、魔王軍幹部に遭遇する
第四章 桜花
第六十九話 結界術師、魔王軍幹部に遭遇する
翌日、魔王領との境界線まで向かう。俺達は魔王軍に喧嘩を売りに行く訳ではない。ただ、前線の様子を見に行くだけだ。戦うつもりはないので、サーシャも連れてきてしまった。彼女は最近置いて行かれてばかりで、かなりついてきたがっていたのだ。
前線は思っていたよりも、兵士の数が少なかった。この前線は、見張りのような役割を担っているらしい。敵が来た際には前線を少しずつ下げて時間を稼ぎながら、集落まで仲間を呼びに行くようだ。
大人数で前線を張っていては、休める者が少なくなってしまう。前線にはいつ敵が来てもおかしくない。奇襲や斥候部隊等は、気を抜いていては気付かずに近付かれる恐れがある。
そのため、常に気を張っておかなくてはならないのだ。前線は集落の少ない人数では、維持できないかい。こういった戦い方になったとしても仕方がないだろう。
さらに言えば、警戒している者達は気配等に敏感な者でなければならない。気配を上手く消せる者ならば、見つかることなく簡単に抜けてしまうからだ。
実際にフスト王国とウェンデルト王国の戦争では、俺達が情報を集めて来た。その際に、フランがチナの町の様子を見に行ったのだ。
彼の職業は暗殺者のため、スキル等で気配を消したりするのがとても得意である。戦闘狂の彼は、戦闘を楽しむ傾向があった。そのため、基本的には戦闘にスキルを使用しない。
彼の気配を消すスキルは、対面では一切不必要なスキルである。一度視線から外れる等ができた場合は別だが、殆どの場合は使いどころがないだろう。
気配を消すスキルが戦闘で役に立つのは、奇襲をする場合だ。しかし一撃で敵を仕留める戦闘方法を、彼は嫌っていた。
実際、彼が奇襲で敵を仕留めたところを俺は見たことがない。フスト王国との戦争の際にも、斥候以外では使用していなかった。一緒に育ってきたカトレアも、彼が戦闘にスキルを使っているところを見たことがないらしい。
フランの戦い方は攻撃速度重視で、防御をせずに回避と受け流しを駆使するという独特のものだ。そのため、攻撃にあまり重さはないのが欠点とも言えるが…。
動きも速く一撃も鋭いため、本当は奇襲がかなり有効なはずなのである。
暗殺者という職業に相応しい身体能力を持っている。しかし性格のせいで、彼は奇襲というスキルを活かした戦方を取ることがない。
彼は暗殺者に相応しいが、その反面暗殺者に相応しくないのだ。職業の利点は身体能力にも影響がある。彼の速度と身のこなしの軽さは、そのためでもある。スキルを使わなくても強いが、明らかにスキルを使った方が優位に戦えるはずだ。
あれだけ戦えるのは、彼の戦闘センスによるものだろう。
職業によって身体能力や魔力等に恩恵を受けることができる。しかしどれだけ能力が高かろうと、戦闘で活かせないのであれば意味がないのだ。
「ここから先は確認の取れていない場所だ。先へ進むのならば、安全の保障はできないぞ」
兵士の言葉に、俺とサーシャは足を止める。俺達を見て、カリア達が残念そうな顔をしながら足を止めた。彼等はどうやら、もっと先まで行きたかったようだ。あわよくば魔王軍と戦いたいとでも思っていたのだろう。
今はサーシャも連れてきているのだ。流石にそのような無茶なことはできない。サーシャもパーティーの役に立ちたいあまり、一時期は戦闘狂のカリアと同じ蔵くらいに戦いたいと言っていた。しかし、今はそのようなことはないようだ。
彼女は兵士の言葉にしっかりと足を止めてくれた。何が危険で何が大丈夫かということを、理解してくれているようだ。フスト王国との戦争やゴブリン討伐等で、彼女は毎回安全な場所に待機してもらっていた。
特に戦争の際には、カトレアと勝負をして負けてしまっている。そのことについて、彼女はかなり悔しそうにしていた。
恐らく俺達に付いてくるために、自分なりに考えてきたのだろう。
前線に詰めている兵士に、魔王領との境界についての話を聞く。ここ数日は魔王軍が進行して来ることはないらしい。しかし、何も来ないという訳ではない。斥候部隊や奇襲部隊等の小さな部隊が、二・三日ごとに現れるようだ。
ここは魔王領のすぐ側であり、魔物は沢山いる。本隊はやって来ないが、嫌がらせはしてくるようだ。なので、休むことができないのだろう。
魔王軍側も馬鹿ではないということだ。時間を与えると、力を付けたり準備をする時間ができる。そのため、定期的に奇襲をしてくるのだ。
集落にいた二人が、考えの違いで言い争っていた。その二人に振り回され、会議も進まずに停滞している。どうやら魔王軍の戦法は、的確に集落の者達を苦しめているらしい。それは前線の者達も分かっているだろう。実際に、彼等はその話をする際に少し苦い表情をしていた。
見張り台に立っている者が、皆に見えるように合図を出す。それを見た一人が、その者に代わって見張り台に立った。
基本的に見張りは、三人で回しているようだ。さらに待機している者が三人ほどいる。つまり、合計六人で前線を支えているということだ。
全員が黒い筒と、奇妙な形の剣を持っている。この筒と剣は、集落で名前等を教えてもらっていた。黒い筒が銃、奇妙な剣が刀というらしい。この武器は、事前に俺達が予想していた通りの性能なようだ。さらに銃から飛び出していた鉄の塊は、弾というものであるらしい。
こちらは予想とは違い、銃と弾の両方に飛ばす仕組みがあった。銃に魔力を流すことによって、弾へと伝達させる。それにより弾の底と銃の内部に空いている空間に魔力が溜まり、魔力をわざと暴発させて飛ばすらしい。
短距離用の銃はさらに、弾に仕組みをしているようだ。わざと脆い素材で作成した弾の中に小さな弾をいくつか入れておき、発射と同時に飛び散るようにしているらしい。
俺達に武器の情報を開示してもいいのかと尋ねたが、どうやら問題ないようだ。彼等はこの銃が完成形だとは思っていないらしい。銃を作っている者達が、まだまだ改善するべき欠点があると言っているようだ。
もし俺達が銃を作ろうとしても、その頃にはさらに強力な銃が開発されているのだろう。
見張り台の方から鐘の音が鳴る。再び何かの合図をしているようだ。先ほどの合図とは違うため、交代ではないのだけ分かる。
「魔王軍だ!」
俺達が戸惑っているのを見て、最後に逃げようとしていた兵士が叫ぶ。この兵士は五人目で、見張り台にはまだ兵士が残っていた。彼がギリギリまで見張り台に残り、情報を伝える役目を担っているらしい。その間に他の者は前線を下げながら、一人が集落へ伝えに行く。
後は応援が来るまで時間稼ぎをするだけだ。
何度も攻めて来る魔王軍を迎え撃っているため、今回も同じようにすれば問題ないだろうと、誰もがそう思っていた。しかし、今回は違った。
見張り台の男が退避するのを、他の兵士が遠距離用の銃で援護している。
「ぐあっ!」
だが援護していた一人が、他の者達の目の前で吹き飛ばされた。そこには二メートルくらいの大きさがある、ローブを纏った骸骨が立っている。
いつの間にあそこに立っていたのだろうか…。誰も気付いていなかったようで、突然の状況に唖然としている。
「がっ!!」
もう一人の男が骸骨に殴られ、吹き飛ばされてしまう。
「囲め!!」
流石に精鋭部隊なだけのことはある。目の前で仲間が二人倒されたはずなのに、すぐに体勢を立て直していた。そして、刀を抜いて骸骨を囲む。銃を使わなかったのは、同士討ちを防ぐためだろう。
「やめろ! やめてくれ!!」
「くそっ」
その間にも、魔王軍は近付いて来ていた。援護を得られなくなった兵士が逃げられず、魔物達に囲まれている。他の兵士が一瞬目を向けるが、誰も助けようとはしない。いや、助けられないのだ。
骸骨は、突然兵士達の目の前に現れた。それも、誰にも気付かれずにだ。ここは前線であり、奇襲に対応できる者達ばかりが集められている。その彼等が、仲間を吹き飛ばされるまで気付くことさえできなかったのだ。
刀を構えて敵を見据えているが、内心ではかなり動揺しているだろう。しかし、時間がないので早く骸骨を倒す必要がある。二人が吹き飛ばされ、一人が魔物に囲まれている。そして、三人が骸骨と対峙しているのだ。つまり、まだ応援を呼びに行けていないということである。
このまま魔王軍に進行されると前線は崩壊し、集落近くまで攻め込まれることになるだろう。
「見えましたか?」
「いや…見えなかった」
「…僕もです」
フランとカリアが、骸骨を見ながら言う。どうやら、彼等も気付いていなかったようだ。特にフランは、Aランク冒険者のサラの速度だって反応できていた。その彼が気付いていなかったのだ。
「ふむ。弱いな」
「何だと!」
骸骨の言葉に怒った一人が、刀を振るう。しかし骸骨が突然姿を消し、刀は空を切った。
「俺は魔王軍幹部のグエン。魔王様のために、お前らには死んでもらう」
何もいない場所から、骸骨の言葉が放たれた。




