第五十四話 東の戦い-1
第三章 歪んだ国
第五十四話 東の戦い-1
カリア視点
陽が昇ると、フスト王国の軍が進軍を開始した。自分達の方が強いと信じて疑っていないようで、彼等は真っ直ぐにこちらへと向かってくる。数は兵士と冒険者合わせて五千程度だ。こちらはエルフと妖精の混合群で、全員合わせても二百程度しかいない。
「私達も行くぞ!」
私の号令で、混合群が動き始める。私が司令塔のような存在となっているが、実際はタイミングを指示しているだけだ。作戦自体はクロウとウェンデルト王国の国王の二人が考えたものがあるので、そちらをすでに皆に伝えてある。そのため私がタイミングを指示するだけで、皆が勝手に動いてくれるのだ。
私が先頭に立ち、その後ろを皆が付いてくる。エルフも妖精も前衛職がいないので、私が一人で先前衛を担うことになる。私以外は全員、種族特有の職業である森の守り人とフェアリーだ。
「おい! エルフだぞ!!」
「あっちはまさか…妖精か?」
私達の姿を見て、フスト王国の軍が余裕な笑みを浮かべる。これは私達との数の差を見て浮かべた笑みではないだろう。亜人であるのを見て、笑みを浮かべたのだ。クロウの言う通り、本当にフスト王国では亜人差別があるようだ。
ウェンデルト王国とフスト王国の差は、勇者がいるかどうかだ。人類最強と言われる勇者がいることで、亜人が下に見られているのだろう。亜人だって強い者は沢山いる。今回集まったウェンデルト王国の冒険者の中にも、Cランク以上の亜人冒険者は何人もいた。
元々人間以上の身体能力を持っているため、戦士でなくても比較的強いのだ。
「これは楽勝だぞ!!」
「捕まえて奴隷にするか?」
冒険者の中に嫌らしい笑みを浮かべた者がいる。それを見た私の後ろにいる皆が、その冒険者に引いていた。クロウに亜人差別があると皆も聞いていたが、ここまで酷いとは思っていなかったのだろう。彼等の戦意を高めてくれるので、ある意味では有難い。
「突撃! エルフは魔法が得意だが、接近戦は雑魚だ!!」
「ははっ! 死ね!!」
「雑魚種族が!」
位の高そうな兵士が号令をかけると、兵士達が叫びながら私達の下へと駆けて来る。冒険者もそれに倣って、兵士の後ろに続く。
「雷付与」
私は剣を抜き、その刃に雷を纏わせる。雷付与は周囲を電気で痺れさせることができるので、集団と戦う際に一番効率がいい。エルフである私が剣を構えるのを見て、突撃してきた兵士達が足を止める。
「エルフが剣を持ってるぜ」
「一人で前衛をさせられてるとか、かわいそうだな」
兵士達が面白いものを見たかのように笑う。冒険者達もそれを見て、同じように笑っていた。魔法が得意で接近戦は不得意、種族の特徴はそれが正しい。だが、全員がそうである訳ではない。私のように、育ち方によっては例外もいるのだ。
差別をして亜人を見てこなかった彼等には、それが分からないようだ。
「何だ…あの職業」
「危なそうだな…」
中には、警戒を浮かべている冒険者もいた。未知のものに対して様子を窺う様は、戦闘慣れした冒険者のように感じる。今私を警戒している彼等は、優秀な冒険者なのだろう。つまり、軍の中でも特に厄介な存在という訳だ。
「放て!!」
私の近くで止まったことで、少し彼等に隙ができた。本当は軍をかき乱している間に弓部隊が一斉射撃する作戦だったのだが…。
流石はエルフの里随一の弓使いであるササリアだ。彼女に弓部隊の指揮を任せたのは、間違いではなかった。一切隙を見逃さずに、咄嗟に攻撃の指示を出せるというのは素晴らしい。
前が止まったことで、後ろも詰まって団子状態となっていた。身動きが取れない彼等は、弓部隊にとってはただの的だ。矢を射かけられた兵士や冒険者が次々と倒れていく。
「いつの間にエルフが!?」
「魔法が飛んでくるぞ!!」
いくらエルフが魔法に関して優秀だったとしても、この数相手に前衛職一人で止めることは不可能である。そのため、私達はすでに戦場に細工をしてあった。それをこのタイミングで発動したようだ。
本当は私が飛び込むと同時に発動する予定だったのだが、降ってくる矢で混乱してる間に発動することに決めたのだろう。
妖精と弓部隊以外のエルフが合同で用意した認識阻害魔法だ。主軸は認識阻害の魔法が得意な妖精で、エルフがサポートに回っている。エルフも里の周りに、認識阻害の魔法を用意できるレベルで使いこなすことができるのだ。
認識阻害の魔法が特化ではないと言っても、エルフは普通に魔法が得意な種族なのだ。しっかりと準備できる時間があれば、そこらの魔法使いよりも優れた魔法が使える。
兵士や冒険者は、認識阻害の魔法で同士討ちを始めていた。彼等には、そこにエルフがいるように見えているのだ。
やはり、中には魔法が効いていない者もいる。彼等は耐性付きの防具を着けているのだ。CランクやBランクの冒険者にも、認識阻害の魔法に掛かっている者がいる。耐性付きの防具が希少ということもあるが、自分の力に自信を持っていたのだろう。
上位の冒険者は力があるということなので、同士討ちに参加してくれるのは特に有難い。魔法に掛かっていない者達が同士討ちに巻き込まれている中、私は抜けて来る者達のみを狙っていく。流石に身一つで全員相手にすることはできないので、こういった戦い方をするしかない。
「炎の刃」
フスト王国側の冒険者が放った中級魔法が、私の横を通り過ぎていく。彼にはそこに敵が見えていたのだろう。
「いやっ!」
「氷の壁」
通り過ぎた炎の刃が偶然、一人の妖精へと向かっていった。それをエルフが、防御魔法を発動して止める。森の守り人は防御や回復魔法に関して、特に得意としている。さらに水属性魔法は強化されるため、初級魔法である氷の壁でも中級魔法を止めることができた。
水属性は攻撃魔法に向いていないため、攻撃魔法を使う際は他の属性の魔法を使う。遠距離攻撃でエルフの防御を越えることは、そうそうできることではない。近付かれなければ、こちらは安全な場所から攻撃することが可能だ。
「儂等で魔法と矢は必ず止める。他の者は認識阻害の魔法を絶対に切らすな」
魔法部隊を纏めるのはエルフの里の長老、アルマ・フビである。彼のカリスマ性は他の者とは一線を画すものがあった。そのため、彼が皆から選ばれたのだ。
魔法部隊の中でも、特に優秀なエルフの魔法使いは周囲を警戒している。エルフは妖精のサポートなので、ある程度の余裕があるのだ。その者達は防御部隊としてこの場にいた。先ほどのように流れ弾が来ることは予想できていた。
認識阻害の魔法が効かなかった冒険者が、魔法や矢で遠距離から狙ってくることも考えられる。なので、予め防御部隊を用意しておいたのだ。
「まだまだこちらが優勢だ! 進め!!」
先ほどから命令を下している者は、周囲が見えているらしい。彼は位が上の兵士なので、耐性付きの防具を持たせてもらっているのだろう。
しかし、彼の命令はあまり正しいものとは言い難い。無理に進もうとしたところで、さらに被害を増やすだけだ。現在遠距離攻撃で私達を襲うことは、防御部隊がいるのでできない。だが、認識阻害を受けて暴れている兵士や冒険者を撃つことは可能なのだ。
人としてその判断はよろしくないが、彼は軍の命運を握っている存在である。非情だがこの状況においては、それが最善の選択だろう。
無理に攻めようと前進してきた者達が認識阻害の魔法を受け、さらに暴れている者達が増える。そして、それはさらなる混乱を招くこととなった。人数が増えたことにより、こちらへ抜け出してくる人数が一気に減る。
同士討ちをしながらその場に留まる者達を、ササリアが率いる弓部隊が襲う。人数が多いので、あまり狙いを定める必要がない。そのため、範囲攻撃のスキル等を速度重視で放っていた。
「邪魔だ! そこをどけ!!」
目の前にいた冒険者や兵士が吹き飛ばされる。そして、その中から棘の付いた鉄球がこちらへ向かって来ていた。
咄嗟にそれを回避すると、鉄球は持ち主の下へと戻っていった。どうやら鉄球に鎖が付いていて、それで引き戻しているようだ。
「先ほどからいい動きをするな」
言葉から推察すると、彼は今まで様子見をしていたようだ。確か、あの武器はモーニングスターというものだったか…?
重い鉄球が速度を付けて飛んでくるため、かなり強力な一撃となるだろう。全身に重そうな鎧を着ているので、その場で鉄球を振り回して戦うスタイルのようだ。
「俺はAランク冒険者のラウダという。お前の名は?」
「私はカリアだ」
彼はAランク冒険者らしい。この男を止めないと危険だ、と私の勘が言っている。明らかに、実力は周囲の者達よりも上だろう。
「炎付与」
集団と戦うことが得意な雷付与から、攻撃力重視の炎付与に切り替える。そして、彼へと一歩踏み出した。




