第5話 指先に宿る鉄の閃光
「……行くんだな、エルム」
父ガルドは多くを語らなかった。ただ、無言で一本の古びた短剣を俺に差し出した。
かつて父が冒険者時代に愛用し、大切に手入れし続けてきた、鈍い銀色に光る堅牢な短剣だ。
「お前は俺たちの自慢の息子だ。どこへ行っても、胸を張れ」
「エルム、これを持っていきなさい」
母セリアはボロボロと涙をこぼしながら、小さな革袋を俺の手のひらに握らせた。
そこには、あの庭の奇跡の薬草から大切に抽出して作ったポーションが、いくつかの小瓶に分けられてぎっしりと入っていた。
「辛くなったら、いつでも帰ってくるのよ。体に気をつけてね……!」
村から追い出されるのではない。
追放ではなく、最高の愛と涙で見送られる旅立ち。
「……行ってきます。父さん、母さん!」
父の短剣を腰に差し、母のポーションの小袋を大事に抱えて、俺は故郷の村を後にした。
胸に刻まれた3つの称号と、残された『あと3回の奇跡』。そして両親の温かい愛を抱きしめて——ハズレと嗤われた少年の、本当の冒険が始まった。
村を出て数日。王都へと向かう街道を走る乗合馬車の中に、俺は揺られていた。
馬車の中には、行商人の男や、小さな幼子を抱えた母親の姿がある。素朴で温かい乗客たちと旅の会話を弾ませていた、その時だった。
ガタゴトッ! ヒヒヒィィンッ!
「な、なんだ!?」
御者の悲鳴と同時に、馬車が大きく横揺れして緊急停止した。
小窓から外を覗いた瞬間、俺の背筋に冷たい汗が走る。
「ガァァァァッ!!」
街道を取り囲んでいたのは、大人の背丈ほどもある漆黒の巨大狼——魔狼の群れだった。その数は十頭を下らない。凶暴な赤い目をギラつかせ、今にも馬車へ飛びかかろうとしている。
「ひ、ヒィッ!? 魔物だ! 誰か助けてくれ!」
「嫌ぁぁっ! 坊や、目を瞑っていなさい!」
馬車の中で商人が腰を抜かし、母親が子供を必死に抱きかかえて悲鳴をあげる。
俺は空中へ逃げる選択肢——『天空を翔ける者』の力で自分だけが上空へ退避することは瞬時に頭に浮かんだ。だが、それではこの馬車も、乗客の親子も商人たちも、一瞬で噛み殺されてしまう。
(ダメだ……俺だけ逃げるなんてできるかよ! 父さんの短剣じゃ、あの群れは捌ききれない……!)
みんなを救う、圧倒的な距離と威力の攻撃手段。
その時、俺の頭の中に前世(化学者)の記憶が鮮明にフラッシュバックした。
金属の銃身、薬莢、黒色火薬の化学反応が生み出す猛烈なガス圧、そして超音速で撃ち出される鉛の弾丸——【ピストル(拳銃)】の構造式とイメージ。
(この手を……あの群れを打ち払う鉄の銃身に……!)
『大地の祈』へ、18歳の春の『最初で純粋な願い』を解き放つ。
ズキン——ッ!!
「うぐっ……!?」
四度目の激痛と眩暈。足下の大地がドクンと脈動し、世界樹の温かい波動が右手に集中していく。
俺は馬車の扉を押し開き、群がる魔狼たちの前へ飛び出した。
「エルムくん!? 駄目だ、危険だ!」
商人の叫びを背に受けながら、俺は右手の示指(人差し指)を銃身に見立て、魔狼の群れへとまっすぐ向けた。
(撃ち抜け——!!)
ドォォォンッ!!
耳を刺す爆音と共に、俺の指先から眩い火花と超音速の『衝撃弾丸』が放たれた。
先頭の魔狼の頭部を一瞬で穿ち、そのまま背後の大木ごと吹き飛ばす凄まじい威光!
「ガアッ!?」
驚愕する魔狼たちに向け、俺は指先をスライドさせる。前世の知識がもたらす無制限のイメージ——リロードも熱量限界もない、無尽蔵の弾丸の連射!
バン! バン! バン! バン! バン!
「ガオォォンッ!?」
指先から繰り出される見えない鉄の拳が、次々と魔狼の群れを穿ち、薙ぎ倒していく。
ものの十数秒で、街道を埋め尽くしていた恐怖の群れは一頭残らず駆逐されていた。
静寂が戻った街道で、馬車の中の親子や商人は、ただただ口を開けて呆然と俺の指先を見つめていた。
「す、すごい……指先から、魔法でもない『光の弾丸』が……!」
「助かった……命拾いしたぞ……!」
安堵の溜め息をつきながら、俺はそっと己のステータスを確認した。
【名前】エルム・アスター
【神の加護】前世の記憶
【大地の祈】六花(残り:2回)
【称号】
・『万霊を芽吹かせし者』
・『生命の源泉を喚びし者』
・『天空を翔ける者』
・『鉄の閃光を放ちし者』(NEW)
数字は「2」へ。
前世の記憶と大地の祈りが融合した、圧倒的な遠距離撃滅のチート能力。
仲間を、人々を守るための新たな力を手に入れた俺は、深く胸を撫で下ろしながら、幼馴染たちの待つ王都へと馬車を進めていくのだった。
つづく




