第4話 大地の声と、新しい風
17歳の春が巡ってきた。
去年の大日照りを救った俺の手のひらの水は、村では「やっとエルムにやどった加護の奇跡」として処理されていた。ハズレ加護のエルムが水を作れる様になったと——村人たちの認識は、そんなものだった。
だが、俺自身はハッキリと理解していた。
(15歳の春は、庭一面の薬草)
(16歳の春は、村を救う清らかな水)
そして、17歳になった今年の春。
薬草の芽摘みをしている最中、ふと頭上をかすめる影があった。
見上げると、一羽の大きな鳥が、澄み渡る春の青空をどこまでも自由に羽ばたいていた。
風に乗り、雲を抜け、果てしない世界へと飛んでいく姿。
(……すごいな。あの空を、あんな風に飛べたらどんなに気持ちいいんだろう)
前世の化学者だった頃も、今世の村の少年としても、味わったことのない絶対的な自由。
「俺も、あの空を飛んでみたい」
その瞬間——胸の奥底、いや、足下の『大地そのもの』が、ドクンと大きく脈動した。
ズッキーン——ッ!!
三度目の強烈な眩暈。
だが今回の眩暈は、前世の記憶だけではなかった。頭の中に、どこか懐かしく優しく、けれど途方案もなく壮大な「声」が直接響き渡った。
『——聞き届けましたよ、小さき芽よ——』
(っ……!? この声は……?)
脳裏に浮かんだのは、神殿の絢爛豪華な象徴などではない。
この大地の深奥に太い根を張り、世界そのものを支える巨大な大樹——世界樹ユグドラシルの姿だった。
急に鮮明になる記憶、その包み込むような温かい声は、どこか前世の記憶にある母親の声のようだった。
神々が作った「加護」という矮小なシステム。
その枠組みを借りて表示されている『六花』の正体は、神々の管理外にある「世界の大樹そのものが聞き届ける願い」だったのだ。
しかも、その理が頭に直接流れ込んでくる。
(年に一度……初詣のように、その年の始めに一番最初に胸に抱いた純粋な願いだけを、ユグドラシルが叶えてくれていたってことか……!)
だから15歳の時も、16歳の時も、春に最初に行った願いだけが成就し、その後いくら試しても何も起きなかったのだ。
ふわり、と体が軽くなる。
気づけば俺の足は地面を離れ、風を纏って空へと舞い上がっていた。
「うわ……っ! 飛んでる……俺、本当に飛んでる……!」
村の家々が小さくなり、遠くの山々や、見たこともない広い世界が視界一杯に広がる。
空を飛ぶ鳥と同じ目線で風を切りながら、俺は自分のステータスを確かめた。
【名前】エルム・アスター
【加護】六花
【詳細】(残り:3回)
数字は「3」に減っていた。
(残り……あと3回。1年に1回しか使えない、大樹の権限……)
空から地上を見下ろした時、ふと、遥か遠くの街へと伸びる街道が目に入った。
一足先に村を出て、冒険者として外の世界へ飛び出していった幼馴染のレオンとミリア。
そして、この温かい村で俺を愛し、守り続けてくれた父さんと母さん。
「俺は……この力と、前世の知識と、父さんたちに貰った愛で……外の世界へ行こう」
自分が世界から何を託されたのかはまだ分からない。
けれど、いつまでも村で守られているだけの存在じゃいられない。大切なものを守り、恩を返すために、俺は冒険者として自分の足で歩き出す決意を固めた。
——その瞬間、目の前のステータス画面が激しく明滅した。
(え……? 画面が書き換わっていく……!?)
文字が流れるように再構築され、今まで見たこともない【称号】の欄が突如として浮かび上がってきたのだ。
【名前】エルム・アスター
【神の加護】前世の記憶
【大地の祈】六花(残り:3回)
【称号】
・『万霊を芽吹かせし者』(奇跡の薬草を咲かせた証)
・『生命の源泉を喚びし者』(湧き出でる清流を創り出した証)
・『天空を翔ける者』(風を纏い空を飛んだ証)
(俺がこれまで起こした奇跡が、そのまま称号になって刻まれている……!)
神々のシステムを書き換えるように刻まれた3つの称号。それは、俺が歩んできた証そのものだった。
地上へとゆっくり舞い戻った俺を待っていたのは、すべてを察したような両親の顔だった。
空から地上を見下ろした時、ふと、遥か遠くの街へと伸びる街道が目に入る。
一足先に村を出て、冒険者として外の世界へ飛び出していった幼馴染のレオンとミリアを思い出していた。
自由な空の風を受けながら、俺の胸の中には、二人への眩しい憧れと「外の世界を見てみたい」という強い想いが溢れ出していた。
「俺も……二人のように、自分の足でこの広い世界を歩いてみたい」
俺が抱いたその憧れと決意を、父さんと母さんはすぐに見抜いていた。
翌年の春——18歳を迎えた朝、両親は俺の背中を温かく押し出してくれたのだった。
「花摘みの収穫の時期までには一度戻るから!」
俺はそう言い残し王都へ向う乗合馬車に乗った。
つづく




