↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/8

第3話 枯れた井戸と奇跡の滴

 あの日、我が家の庭一面に咲き誇った奇跡の薬草——万霊草(まれいそう)。


 翌年、16歳になった春も、庭と家の畑、一面には青々とした薬草が力強く芽吹き、甘い香りを漂わせていた。


 それは隣の家の畑でも同じだった。


 だが、今年の春は違っていた。


 「……また今日も空振りか。頼む、少しでいいから降ってくれ……」


 父ガルドが乾ききった空を見上げ、深く溜め息をつく。


 空には雲ひとつなく、ジリジリと灼熱の太陽が大地を焼きつけていた。歴史的な大日照りだった。


 村を支えていた大井戸はとうに底を突き、乾いた泥が亀裂を吐いている。川のせせらぎは消え、ひび割れた田畑からは作物が立ち枯れる嫌な音が響いていた。


 もちろん、我が家の庭も例外ではなかった。


 「エルム……薬草たちが……」

 母セリアが痛々しそうに呟く。


 あれほど鮮やかだった薬草の葉が、水分を失ってぐったりと垂れ下がり、端からカサカサと黄色く変色し始めていた。


 (植物の細胞膜が維持できなくなっている……。

このままだと、浸透圧が崩壊して完全に枯死する……!)


 化学者だった前世の知識が、目の前の惨状を極めて冷静に、けれど残酷なほど明確に理解させていた。


 水分の蒸散に根からの吸収が追いついていない。村中の命も、両親が大切に守ってくれたこの薬草たちも、干上がろうとしていた。


 俺は空になった木桶を抱え、村の井戸へと走った。


 だが、滑車で吊り上げた桶が削り取ってきたのは、湿った泥の塊だけだった。


 「だめだ……どこにも水がない……!」


 村人たちが地面にへたり込み、絶望に打ちひしがれている。

 水がなければ生きられない。作物が死に、家畜が死に、やがて人が死ぬ。


 (水……水が欲しい……!)


 俺は空の木桶を強く握りしめた。


 H₂O(水分子)——水素と酸素が結びついた、生命の源。


 綺麗な、いくら使っても尽きないほどの清らかな水が、今すぐここにあれば——!


 胸の奥で、カッと激しい熱が弾けた。


 ズキン——ッ!!


 「うぐっ……!?」


 脳裏を貫く激痛。二度目の強烈な眩暈。


 前世の記憶——大学の実験室で分子構造を解明した時の歓喜と、命が尽きた瞬間の冷たさが交錯する。


 同時に、俺の両手のひらが、まるで生命の源流そのものになったかのように熱を帯びた。


 「エルム……? 手が……!」


 側にいた村人が目を見張る。


 俺の合わされた両手の隙間から、青白く澄み渡る光が溢れ出していた。


 ザーーーーーッ!!


 次の瞬間、溢れ出たのは光だけではなかった。


 圧倒的な水量と水圧を持った、冷たく澄み切った大瀑布のような清流が、俺の手のひらから怒涛の勢いで噴き出した!


 「なっ……水!? 手から水が出ているぞ!?」


 「泥じゃない! 飲める、本物の清流だ!!」


 乾ききった桶を一瞬で満たし、溢れた水が滝となって乾いた大地を濡らしていく。


 俺はそのまま村の中央へ走り、干上がった大井戸へと両手を差し向けた。


 ゴォォォォォッ!!


 両手から放たれる大量の水が、空っぽだった井戸の底へとなだれ込み、みるみるうちに水面を押し上げていく。


 絶望に包まれていた村に、歓声と悲鳴が同時に響き渡った。


 「井戸が……井戸が蘇ったぞ!!」


 「水だ! 水があるぞ!!」


 村人たちが湧き出る水に顔をうずめ、涙を流して歓喜する中、俺は一目散に自宅の庭へと駆け戻った。


 溢れ出る水を手桶に汲み、乾ききった庭の薬草たちへと惜しみなく注ぎ込む。


 極度の脱水状態にあった薬草たちが、水を吸い上げた瞬間——まるで意思を持っているかのように、葉の表面にみずみずしい緑を取り戻し、ピンと茎を伸ばした。


 みずみずしい輝きを取り戻した薬草畑から、甘い香りが風に乗ってふわりと広がる。


 「よかった……間に合った……」


 膝をつき、荒い息を吐きながら、俺は頭の中で自分のステータスを覗き込んだ。


 【名前】エルム・アスター

 【加護】六花

 【詳細】(残り:4回)


 数字が、また一つ減っていた。


 世界そのものを書き換える力——『六花』。


 村を救い、庭の奇跡を守り抜いた満足感の裏で、俺は残り「4回」となった奇跡の重みを、しっかりと噛みしめていた。


 その年は、庭に育った薬草を使って母さんが丁寧に薬を煮出し、村を訪れた旅の行商人に買い取ってもらうことができた。


 その薬は行商人から跳ね上がるような高値で取引され、貧しかった我が家にもまとまったお金が入ってきた。


 おかげでその年の我が家は、いつもより少し仕立ての良い服を着たり、食卓に珍しい肉や甘い果物が並んだりと、いつもの素朴な暮らしとはどこか違う、ささやかで贅沢な時間を過ごすことができた。


 「エルム、お前のおかげだな」


 そう言って照れくさそうに笑う父さんと、嬉しそうに料理を並べる母さん。


 村人からはハズレと笑われたけれど、大好きな家族が笑顔で過ごせる日々のために力を使えたと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。


つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。