第2話 庭に咲く奇跡
王都での騒がしい加護の儀を終え、故郷の村へ引き返す馬車に揺られていた時のことだ。
「エルムが目を覚ましたぞ、大丈夫か?」
ふと意識を取り戻すと、レオンとミリアが心配そうに俺を覗き込んでいた。窓の外は、すっかり春の陽気に満ちている。
馬車から降り立った俺を待っていたのは、村人たちの冷ややかな視線と、どこか気まずそうな噂話だった。
「聞いたか? あいつ、王都の神殿で『六花』とかいうワケのわからないハズレ加護を貰ったらしいぞ」
「しかも残り回数が決まってて、すぐ使えなくなるんだってさ」
「せっかく幼馴染のレオンやミリアがあんなに立派な加護を貰ったってのに、アスター家の息子はこれだ。似合わない大風呂敷を広げちまったな」
陰口は風に乗って耳に入ってきたが、不思議と心はささくれ立たなかった。
なぜなら、自宅の古びた木戸を開けた瞬間、その痛みをすべて洗い流してくれる温もりが待っていたからだ。
「エルム、お帰り!」
母セリアがエプロンをはたきながら慌てて玄関から飛び出してきて、俺を力いっぱい抱きしめた。
その背後からは、無口な父ガルドがいつも通りの頑固そうな顔で歩いてきて、どっしりと大きな手で俺の肩をぽんと叩いた。
「怪我はなかったか。……よく帰ってきたな、エルム」
「父さん、母さん……ただいま」
王都で浴びた冷たい視線が、両親の温かい腕の中に包まれた瞬間にスーッと溶けていくようだった。
村の連中が何と言おうと、この人たちが味方でいてくれるなら、それだけで十分だった。
その日の夕方。
一人で家の庭の土を眺めながら、俺は神殿で見た自分のステータスを思い出していた。
(『六花』……残り:6回)
「ハズレか。本当に、ただの花咲かせなのか?」
呟きながら、ふと荒れた庭の片隅に目をやる。乾燥した土の上には、野草すらまばらにしか生えていない。
「……ここに、何か綺麗で、疲れも病気も吹き飛ばすような花でも咲けばいいのにな」
なんとなく、そんな風に心の中で強く願った。
——その瞬間。
ズキン——ッ!!
神殿の時とは比べものにならないほどの激痛が、頭の中を直撃した。
(ぐあっ……!?)
激しい眩暈と共に、意識が暗転する。
薄れゆく視界の裏で、引き波のように去っていた『記憶の濁流』が一気に溢れ出してきた。
無機質なフラスコやビーカー、電子天秤の数字。
白衣を着た自分。深夜の実験室で、新薬の分子構造式を幾度となく書き換えていた日々。
そして——胸を締め付ける突然の激痛。
「……くっ、心臓、が……」
ビーカーが床に落ちて割れる鋭い音。視界が暗転し、自分は化学者として、実験の真っ最中に心臓発作で命を落としたのだという『前世の死』の瞬間が、鮮烈に蘇った。
(俺は……前世で、化学者だった……!?)
衝撃に息を呑み、荒い息を吐きながらハッと目を開ける。
すると、目の前には想像を絶する光景が広がっていた。
「……え……?」
さっきまで乾いた土がむき出しだったはずの庭。
そのあたり一面に、溢れんばかりの美しい花々が埋め尽くすように咲き乱れていたのだ。
夕暮れの風に乗って、甘く清らかな香りが庭中に広がる。
その花の形と成分の構造式が、前世の化学者としての知識と瞬時に合致した。
(これは……ただの花じゃない。どんな重い病や怪我も治し、凄まじい疲労を一瞬で癒やす超高純度の『伝説の薬草』の原種だ……!)
「エルム、どうしたの……って、まああああっ!?」
庭の異変に気づいて駆け寄ってきた母セリアが、一面に咲き誇る花々を見るなり、息を呑んでその場にへたり込んだ。
「な、なにこれ……! 庭一面に、薬草の花が……!? 夢でも見ているの!?」
セリアの悲鳴のような驚愕の声を聞きながら、俺はそっと自分のステータス画面を心の中で思い浮かべた。
そこには、先ほどまで「6」だった数字が、一つ減ってこう刻まれていた。
——【残り:5回】
(やっぱり……これはただの花咲かせなんかじゃない。俺の『願い』を、世界そのものが化学反応のように具現化させる力だ)
神々の管理システム外にある、世界そのものの絶対権限。
前世の化学者としての知識と、この恐ろしいほどの奇跡の力。
庭一面に咲き誇る花々を前に、俺はハズレと嗤われた能力の『真の恐ろしさ』と『可能性』を確信していた。
つづく




