第1話 運命の神殿
ガタゴトと揺れる辻馬車の木輪が、石畳の跳ね返り音を規則正しく鳴らしていた。
田舎の泥道とは違う、整然と並んだ灰色の街並み。馬車の小窓から覗く景色のすべてが、15歳になったばかりの俺——エルムにとって目新しく、どこか眩しかった。
「おいエルム、顔が引きつってるぞ! 緊張してんのか?」
目の前に座る幼馴染のレオンが、いたずらっぽくニヤリと笑いながら俺の肩を小突く。
その隣では、もう一人の幼馴染であるミリアが膝の上で小さく拳を握りしめ、ふーっと深呼吸を繰り返していた。
「緊張してないって言ったら嘘になるよ。……二人こそ、顔が強張ってるじゃないか」
「な、なに言ってるのよエルム! 私は全然平気だし!」
強がるミリアの声が少し裏返る。
俺たちは今年、揃って15歳を迎えた。この国では15歳になった春、王都の大神殿へ赴き、一生に一度の『加護の儀』を受けることになっている。
どんな能力を授かるのか。剣の才か、魔法の才か、あるいは生産の才能か。
村を出る今朝の出来事が、頭をよぎる。
『エルム。どんな加護でも、お前はお前だ。胸を張って行ってこい』
村中が「どんなすごい加護がもらえるか」と浮足立つ中、父ガルドは無口に俺の肩を力強く抱き締め、母セリアは包んでくれたお弁当を手に「気をつけてね」と優しく微笑んでくれた。愛されて育ったという確かな温もりが、今も胸の奥を温めている。
「……着いたぞ!」
馬車が止まり、御者の声が響いた。
扉を開けて外へ踏み出すと、視界を埋め尽くしたのは天を突くほど巨大な白い石造りの大聖堂——王都神殿だった。
「すげぇ……これが神殿か……!」
レオンが目を見張り、ミリアも息を呑む。
案内されるまま、全国から集まった大勢の同い年の少年少女と共に、天井の高さに圧倒される大聖堂の内部へと進む。中央には、神の祝福を映し出すとされる巨大な魔導水晶が鎮座していた。
一人、また一人と名前が呼ばれ、水晶に手をかざしていく。
「『剣聖の影』! 上位戦闘加護だ!」
「『治癒の光』! 素晴らしい、上級の回復適性だ!」
神官たちの歓声が上がるたび、列がどよめく。
そして、ついにレオンとミリアの番がやってきた。二人が授かったのは、まさに神官たちが喝采をあげるような見事な戦闘と支援の加護だった。誇らしげに、けれど少し気恥ずかしそうに胸を張るふたり。
「次——エルム・アスター!」
呼ばれた。
俺は一歩を踏み出す。緊張で喉がカラカラだった。両親の顔を思い浮かべながら、ゆっくりと冷たい魔導水晶に両手を重ねる。
——次の瞬間。
ズキン!
頭の奥底を、鉄の杭で貫かれたような凄まじい激痛と眩暈が襲った。
(ぐ……っ!? な、んだ……これ……?)
視界がぐにゃりと歪む。激しい立ちくらみと共に、脳裏に見たこともない景色が、濁流のように流れ込んできた。
高層ビル群、アスファルトの道路、走り去る車のライト、そして——自分が全く違う世界で生きていたという、『前世の記憶』の断片。
激しい頭痛に耐えかねて膝をつきそうになったその時、神官の困惑した声が聖堂内に響き渡った。
「……ん? これは……『六花』……?」
眩暈に耐えながら見上げたステータス水晶には、見たこともない文字が浮かび上がっていた。
【名前】エルム・アスター
【加護】六花
【詳細】(残り:6回)
「ろ、ろっか……? 聞いたことがないな。属性攻撃か? いや、魔力の波調が全くない……」
神官たちが首をかしげ、ひそひそと顔を見合わせる。
「おい、ステータスに『残り6回』って書いてあるぞ? 回数制限のある加護なんて聞いたことないぞ」
「なんだそれ、6回使ったら消えるゴミ加護か?」
「ハズレだな。せっかく王都まで来てハズレかよ」
周囲の少年少女たちから、ひそひそとした嘲笑と哀れみの視線が注がれる。
レオンとミリアが「そんなわけないだろ!」と怒りそうに身を乗り出したが、俺はただ、自分の手を見つめた。
薄れゆく記憶のなか少しずつ引き波のように引いていく意識。
俺の胸の奥には、周囲の嘲笑とは全く違う「異質な感覚」が芽生えていった……。
つづく




