第6話 母のポーションと、王都の門
倒した魔狼の巨体を見つめながら、俺は御者や行商人のおじさんと顔を見合わせた。
「おいおいエルムくん、君は一体何者なんだ……? まさか上級の魔法使いか何かか!?」
「いや、魔法じゃなくて……ちょっとした特技みたいなもので……」
苦笑いしながら照れる俺を、商人たちは「謙遜までしちゃって!」ともてはやしてくれる。
そのまま放置するには惜しい素材だ。俺たちは手分けして魔狼の肉を削ぎ、上質な革を剥ぎ取って荷馬車へと積み込んだ。王都のギルドへ持ち込めば、かなりの金になるはずだ。
作業を終えて馬車が再び走り出した頃、ふと向かいに座る親子に目をやった。
母親は小さな男の子をぎゅっと抱きしめ、時折その額に手を当てては、悲痛な面持ちで溜め息をついていた。男の子の顔は赤く火照り、苦しそうに荒い息を吐いている。
「あの……お子さん、体調が悪そうですが……」
「……ええ。この子、原因のわからない重い病にかかってしまって。田舎の村ではどうにもできなくて、王都の大きな病院で診てもらうために、全財産を叩いてこの馬車に乗ったんです」
母親の目には涙が浮かんでいた。王都に着いたところで、治る保証も、高額な治療費を払える当てすら怪しいのだという。
その時、胸の奥がギュッと締め付けられた。
俺は背負っていた荷物入れから、村を出る時に母セリアが持たせてくれた革袋を取り出した。中には、あの日、我が家の庭一面に咲き誇った『万霊草』から母が大切に抽出してくれたポーションの小瓶が入っている。
「これ……飲ませてみてください」
「え……? でも、これは大切な薬では……」
「大丈夫です。俺の母さんが、庭で育った特別な薬草から作ってくれたポーションなんです。どんな病気も治すって言われている薬で……絶対に効きますから」
母親は戸惑いながらも、俺の真っ直ぐな目を見て頷き、ぐったりとした男の子の唇へ慎重にポーションを流し込んだ。
——次の瞬間だった。
男の子の肌からすーっと赤みが引き、荒かった呼吸がみるみるうちに静かになっていく。ほんの数十秒もしないうちに、男の子はパチッと目を開け、「……お腹すいた」と元気な声をあげたのだ。
「「え……? あ、熱が下がってる……!? 苦しがっていない……っ!?」
母親は男の子を抱きしめ、信じられないというように何度もその顔を見つめ、やがてボロボロと大粒の涙をこぼした。
「ああ、よかった……! ありがとう、ありがとうございますエルムさん……! あなたは、この子の命の恩人です……っ!」
「よかったね、坊や」
元気になった男の子は「お腹すいた!」と笑い、その夜の野宿では、母親が感謝のしるしにと旅の途中で手に入る食材と魔狼の肉を使って温かい夕飯を振る舞ってくれた。久々の温かい手料理に、俺も商人たちも心からお腹を満たされた。
さらに翌朝、行商人のマルコじいさんがニカッと笑いながら、ズシリと重い革袋を俺に差し出してきたのだった。
「エルムくん、これは昨日獲った魔狼の肉と毛皮の内金……『毎金』として先に払っておくよ! 金貨5ゴールド(50,000ルピー相当)だ!」
「えっ、そんなに……!?」
行商人のマルコじいさんが「肉と毛皮の内金だ」と渡してくれた、初めての大きな金貨五枚だった。
「何言ってんだ、あの量の魔狼の素材なら王都で売ればもっとになる! 残りはギルドで換金したら清算しよう。それと奥さん、これは俺からだ。無事に坊やの病気が治ったお祝いと手料理代、それと帰りの支度代として500ルピー取っておきな」
「まあっ……! 商人さんまで、ありがとうございます……っ!」
母親は涙を浮かべて何度も頭を下げていた。
俺の手の中には、ずっしりとした5ゴールド(50,000ルピー)。ハズレ加護と笑われた俺が、自分の力と家族の愛で掴み取った、初めての大きな金貨だった。
(母さん……母さんのポーション、ちゃんと役に立ったよ)
心の中で温かい両親の顔を思い浮かべながら、俺は胸を張った。
それから数日。
街道を順調に進んだ馬車は、ついに目の前に地平線を覆い尽くすほどの巨大な外壁を捉えた。
「見えたぞ! あれが王都だ!」
御者の声に合わせ、馬車の中が歓声に包まれる。
石造りの巨大な城門を潜り抜けると、そこには無数の人々が行き交い、露店が立ち並ぶ、活気に満ちあふれた王都の街道が広がっていた。
元気になった男の子と母親、そして行商人のマルコじいさんたちと温かい握手を交わして別れた俺は、手にした5ゴールドと母さんのポーション、そして父さんの短剣を抱え直し、一歩を踏み出した。
目指すは、この街の中心にある冒険者ギルド。
幼馴染のレオンとミリアがいるはずのその場所へ向かって、俺は足を進めたのだった。
つづく




