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困ったときの神頼み 〜神様、そうじゃないんですけど!〜  作者: まりしてん美鶴


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第2話 まだ終わりじゃない! EP2-1

 ピピピピピ! ピピピピピ!


 スマホのアラームを止める。隣にはへそ天で寝ているいなりがいる。


 個室で鍵付き、シャワーも使える。上野駅近くの宝石問屋街で見つけたネットカフェは、わたしにとっては、この世の楽園ね。


「いなり起きて、いなりってば。」

「……くらね、おはよう。」

「おはようじゃないわよ。あなた、神様の使いなんだからもっと早く起きなさいよ。」

「宗一郎に報告したり、お前の手伝いをしたりで、これでも多忙なのでな。」

「ふ~ん、へそ天でいびきをかいて寝る神の使いなんて初めて見たけど。」



「……もう出かけるのか。」

「バイトは午後から夜9時までだけど、カレーライスが無料だから早く起きていっぱいお代わりして今日も頑張るのよ。」

「太るぞ。」

「大きなお世話よ。」



 わたしはネットカフェを出てガードをくぐり、電車の音を左に聞きながら、アメヤ横丁を春日通りへ向かう。



 少し歩いた先にある路地に入り、階段を上がったお寺の本堂に向かう。

 摩利支天《まりしてん》様の前に立つと、自然に背筋が伸びた。

 わたしは静かに手を合わせる。

 

(摩利支天様、おはようございます。

 今日からのお仕事は失敗しないように、どうかお力をお貸しください。ごめんなさい、お賽銭はあとで何とかしますから。)


 そして深く頭を下げた。


「くらね、何を願ったんだ。」

「厄除けの神様だから仕事がうまくいくようにお願いしたの。」

「お前は勘違いしているぞ。」

「何をよ。」

「確かに神様は厄を祓うかも知れない。でも、お前が災いの元凶なのだから神様も扱いに困るだろう。」

「なんてこと言うのよ!」

「ま~気にするな。」


「ところで、今日からは何のバイトをやるんだ。」

「上野広小路の百貨店にあるおにぎり屋さんのお手伝いよ。」

「食べ物の話ばかりだな、太るぞ。」


(このきつね、絶対に許さない。)



 行き交う車に反射する夏の日差しを背中に浴びながら、春日通りをしばらく歩くと、大きな交差点が見えてきた。


 交差点にある信号機の看板には「上野広小路」と書いてある。ということは湯島天神はこっちの方角ね。


 わたしはその方角に二礼二拍手一礼をした。


(天之手力雄命《あめのたぢからおのみこと》様、おはようございます。

 今日から新しいお仕事です。おにぎりを千個くらい握り続ける力を、どうかわたしに。)


「くらね、今度は何をお願いしたんだ。」

「天之手力雄命様に、おにぎりを握り続ける力をお願いしたの。」

「天岩戸を開いた神様は怪力で、お前が欲しい力とは少し違う気がするぞ。」

「じゃ、おにぎり千個持てる力をお願いするわよ。」

「そうではなくて……」


 いなりは何かを諦めたように、黙って歩き出した。


「わたしの勝ちね。」


 そう言って、わたしはいなりの後を追った。


 信号待ちをしていた会社員風の人が、不思議そうにわたしを見ている。


(……また独り言だと思われてる。)



 信号を渡り、正面玄関から入った右手の階段から地下に降りる。

 新鮮な野菜を並べる青果のお兄さん、牛刀を研ぐ精肉のおじさん、威勢のいいだみ声で呼び込みをする魚屋さん、手に持っている出刃包丁はすごく切れそう。

 スーパーを抜けた総菜コーナーの片隅に、その小さなお店はひっそりとあった。


(「おふくろの味」と書いてある。)


 白いかっぽう着に、おにぎり柄のバンダナを三角巾のように巻いたお姉さんが、空になったトレイを片付けていた。

 わたしに気づくと手を止めてにっこりと笑った。三十代後半くらいかな。

 店先にある昔ながらのガラス陳列ケースの中には、おいしそうな手作りのおにぎりが少しだけ残っている。


(ここでいいのかな。それにしてもおいしそうなおにぎり。どうしよう、またお腹すいてきちゃった。)



「こんにちは。」

「あら、いらっしゃい。お昼で売れちゃって少ししかないけれど、欲しいものがあったら言ってちょうだい。すぐに握れるから。」

「ごめんなさい、違うんです。今日から短期でお世話になる雪代くらねです。」

「あ~、オーナーが手配してくれたお手伝いの人ね。待っていたわ。」


 お姉さんは、ほっとしたように笑った。


「いつもの人が急に休むことになっちゃって困っていたの。助かるわ。ささ、ここから入って入って。」



 陳列ケースの脇から中に入ると、そこには6畳くらいの作業場があった。

 左手に大きな冷蔵庫が置かれ、見たこともないような形の大きな土鍋が横に2個並んでいる。突き当たりにはコンロと流し台、店先から見えにくい右側に1畳ほどの小上がり。そこに畳が敷かれている。

 部屋の中央にはステンレスの作業台が置かれ、その上にはいろいろな食器や食材が並んでいる。


「よく来てくれました、ゆきしろくらねさんだったわね。珍しい名前だけど、どういう字を書くのかしら。」

「雪だるまの雪に、先祖代々の代でゆきしろです。くらねはひらがなです。」

「最近の子はキラキラネームが多いけど、なにか歴史を感じる素敵な名前ね。呼ぶときはくらねちゃんでいいかしら、私は稲穂でいいわよ。」

「はい。稲穂さん、よろしくお願いします。」


(おにぎり屋さんで働く稲穂さん。きっと神様のお導きよ。)



「お昼ご飯はどうしたの。残り物でよければ、そこから好きなだけ持ってきて食べていいわよ。

 それと長靴と上着はここに置くわね、サイズが合うといいけど。あ、荷物は畳のところに置いといて。」

「はい。お昼は食べてきましたけど、ひとつだけいただきます。」


 胸に「おふくろの味」と刺繍された白いかっぽう着を身に着け、ぶかぶかの長靴を履いたわたしは、陳列ケースから海苔が巻かれたおにぎりを一個持ってきた。


(「おふくろの味」ってお店の名前だったんだ。求人にはなんとかフーズって書いてあったけど。)


「はい、お茶をどうぞ。ちょっと服のサイズが大きかったわね、少しだぼだぼ。でも、そこがかわいい。」

「はい、いただきます。」


 作業台に置いてくれたお茶を一口のむとおにぎりを頬張った。

 それは鮭のおにぎりだった。外はしっかりしているけれど、口に入るとお米がほろっとほどける。すごくおいしくて、なにか懐かしい、店名どおりの味だ。

 視線を上げると、作業台の端にちょこんと座っているいなりと目が合う。何か言いたそうな表情でわたしをじっと見ている。


(はいはい、食べますとも。だっておいしそうなんだもの。女の子には別腹という必殺技があるのよ。)


「どう、おいしい?」と稲穂さんはわたしを覗き込む。

「はい、とっても。わたしもこんなおにぎりを作れるようになりたいです。」

「ふふ、ありがと。夕方から売る分をこれから握るから一緒にやってみる?」

「はい!お願いします。」


 おにぎり柄のバンダナを三角巾のようにわたしに巻いてくれた稲穂さんは、かっぽう着の刺繍の下に名札をつけてくれた。

 名札には「くらね」とマジックで書いてある。


「くらねちゃん、最初に大事なことを言うからよく聞いてね。

 ひとつは、私たちの生活を支えてくれるお客さんに感謝をすること。

 もうひとつは、おいしい食材になってくれた命にも感謝し、決して粗末にしないこと。

 ……オーナーの受け売りなんだけどね。さあ始めましょう。」

「はい、頑張ります。」

「最初はくらねちゃんと私のお夕飯を握ってみましょう。

 まず手をよく洗ってからこの手袋をはめるの。手袋を少し水で濡らし、塩をかるく摘まんでから包むように握るの。」


 ギュ、ギュ、ギュ!


「できました!」


 わたしの手の中にあるおにぎりらしきものをじっと見つめる稲穂さん。


「くらねちゃん、お母さんに握り方を教えてもらったことはあるの?」

「わたしお父さんしかいなくて……、だからないんです。」

「そう、家とは逆なのね、ごめんね。じゃ、私がビシビシ教えるから、覚悟しなさい!」



「そうそう、そこで優しく包みこむように握るの。それじゃだめだめ。

 そうね~、せっかくだからお店で人気の卵黄おにぎりを握るからよく見てなさい。」


 稲穂さんは手袋を両手にはめると、海苔を手に取り、携帯コンロで軽くあぶり、皿の上においた。

 次に、水で手を少し濡らし、指先に塩を少しつけて手のひらに広げた。

 土鍋からアツアツのご飯をしゃもじですくい、左手に乗せ、卵黄のしょうゆ漬けを二個、ごはんの真ん中に乗せた。

 少量のごはんで卵黄を隠すと、握り始めた。


 きゅ、ふわっ。

 きゅ、ふわっ。

 きゅ、ふわっ。

 

(すごいすごい、おにぎりが踊ってる。)


 とん、かささ。

 ぽと。

  

 握ったおにぎりを、あぶった海苔にそっと乗せた。

 くるっと巻いて形を整え、てっぺんに卵黄のしょうゆ漬けをもう1個乗せた。

 そして、できたおにぎりを皿に乗せわたしの前に置いた。



「さ、召し上がれ。」

「すごいです。稲穂さんまるで神産巣日神(カミムスビノカミ)様みたいです。」

「え、そのなんとかって、何かの神様なの。」

「日本神話に登場する命を育み、成長をつかさどる神様です。」

「そんな大それたものじゃないわよ。毎日、何百個も握っていればこのくらいすぐできるようになるわ。おだてても何も出ないわよ。」


 笑いながらわたしの手をそっと握ってきた。


「いい、握るときはこのくらいの力でやるのよ。ギュっとやっちゃだめよ。」


 稲穂さんの手はとても熱かった。でも柔らかくて優しい。


(まるでお母さんに教わってるみたい。)



 あ~ん、ぱくっ。


「一番人気の味はどうですか。」

「なにこれ、おいしい、とってもおいしいです!」

「でしょ。喜んでもらえてうれしい。」


(あ、いなりがまたこっちを見てる。お前がおにぎりみたいになるぞとでも言いたげ。解っているんだから!)



「くらねちゃんにはそのおにぎりはまだ難しいから、そこの具材から好きな物を使って握ってちょうだい。ゆっくりでいいから出来たら見せてね。

 私は売り物のおにぎりを作っているから。ひたすら練習あるのみよ。」



 きゅ。

 きゅ。

 きゅ。

 きゅ。


「できました!」

「…………」


 稲穂さんは、わたしの手の中にある四角いおにぎりから目を離せないようだった。




 店内の時計は5時を過ぎていた。買い物カゴを持って歩くお客さんの数が増えてきている。

 仕事が終わり、家に帰る前に買い物をするお客さんがスーパーのレジに並び始めている。



「くらねちゃん、そろそろ本番よ。バンダナを締めなおして。

 ふふっ、その四角いおにぎりは奥の畳の上において、あとで一緒にいただきましょう。

 うちのおにぎりはおいしい、自信を持ってお渡しするのよ。

 少しの失敗なんか気にしない。あなたはかわいいから笑顔で対応すればなんとでもなる。女は度胸と愛嬌よ。」

「はい!」



「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか。」

「卵黄とうめぼしとおかかを。」

「はい、ありがとうございます。」

「くらねちゃん、それは明太子よ、赤いから間違えちゃったのね。

 上にちょっと乗せてある具材をよく見て。」

「はい!」


「卵黄とツナマヨ、あとは牛しぐれを2個ずつください。」

「はい、ありがとうございます。」

「くらねちゃん、詰めすぎ。ひとつの竹皮には5個までだから。卵黄があるときは4個。それは4個と卵黄2個で包んで。」

「はい。」


 ちらっと横を見ると、稲穂さんはお辞儀をした後すぐに竹皮を手に取り、お客さんの注文に合わせて陳列ケースからおにぎりを取っていく。手際よく包みながら、ときおりわたしの方を見ている。

 目が合った。え、うそ、ウインクした、余裕だ。そしてちょっとおちゃめ。



(あぁ、指が滑ってレジ袋が開かない、あぁもう……。)

「くらねちゃん、あわてない。そこのスポンジで指先を濡らして。」

「はいぃ。ごめんなさい。」

「笑顔、笑顔、頑張れくらね。」


挿絵(By みてみん)


「かわいい店員さん、ありがとうね。」

「こちらこそ、お買い上げありがとうございました。」わたしは笑顔で元気よく頭を下げた。


 ごん!!


「痛った!」

「あらら、たいへん。大丈夫?」

「……はひ。」


「くらねちゃん、おでこを見せて……

 少し傷になってる。念のため絆創膏を貼っておきましょう。さぁ、もうひと頑張りでお店も終わり。やりましょう。」


「くらねちゃん、そこはこうやって。」


「くらねちゃん……。」



 店内に蛍の光が流れ始めた。あっという間に閉店の時間だ。

 稲穂さんはレジを締めてレシートを打ち出し、電子マネーの端末を片手に、何かの用紙を書きこんでいる。


「くらねちゃんは陳列ケースのトレイを全部下げて、流しで洗って作業台に伏せて置いてちょうだい。

 私は売り上げを締めてスーパーの管理の人に渡してくるから。」


 そう言うと稲穂さんは手提げ金庫と用紙を持ち、スーパーの事務所へ向かって行った。




「ただいま。洗い物は終わりみたいね、ありがとう。

 それじゃ、くらねちゃんが握った四角いおにぎりを食べてみましょう。」

「なんか恥ずかしいです。」

「いいのいいの。気にしない、気にしない。」

 と、おにぎりを頬張る稲穂さん。


「あら、けっこういけるじゃない。見た目はかなり斬新だけど味は大丈夫。まずは三角形にするところからね。」


(稲穂さん、笑いながらおいしそうに食べてくれてる、うれしい。)


「こんなにたくさん握っちゃいました。食べきれないかも……。」

「そうね、家に持って帰って響子にも食べさせようかしら。」

「響子さんて、ご家族ですか?」

「私の娘よ。来年は高校を受験する中学生。」

「えぇー、稲穂さんお母さんなんですか!とてもそうは見えないです。」

「うれしいこといってくれるわね。いろいろあって、今は響子と私の二人暮らしなの。」

「じゃ、早く帰らないと響子ちゃん待ってますよ。」


 稲穂さんは店内の時計をちらっと見た。時計の針は9時になろうとしている。周りのお店も順番に照明を落とし、店員さんも帰り始めている。


「でも、明日の仕込みをしないといけないし。何より、生活に困っていた私を雇って、握り方を仕込んでくれたオーナーのためにも働かなきゃ。

 くらねちゃん、今日は一生懸命働いてくれてご苦労様でした。もう上がってちょうだい。」

「でも、わたし……、もう少しお手伝いしていきます。」

「気にしないで。具材の仕込みはくらねちゃんには無理だし、いてもらっても見てるだけになっちゃうから。」

「でも……。」

「平気、平気。仕込んでゴミを片付けるだけだから、すぐ終わるから。お店を出て左に向かうと従業員用の出入り口があるから。ささ、上がって、上がって。」

「……はぃ。」


 長靴を脱ぎ、上着とバンダナを畳んで小上がりにおいた。

 

 陳列ケースの脇を抜けて通路に出て作業場をのぞくと、稲穂さんは冷蔵庫から食材を取り出し仕込みを始めている。

 

「稲穂さん、お先に失礼します。」

「は~い。ゆっくり休んで、明日も元気な笑顔で来てちょうだい。」


 わたしは早歩きで通用門を出ると、春日通りを小走りで通り抜けた。


 空に浮かぶお月様がにじんで見える。


 アメヤ横丁を過ぎガードをくぐってネットカフェに飛び込む。


 受付で鍵を受け取り食堂でカレーライスを大盛によそう。自分の部屋へ入るとそれを全力で食べる。


(なんでこうなっちゃうんだろう、もう泣きたい。)



「ねえ、いなり。」

「どうした。」

 いなりはわたしをじっと見ている。

「わたし、何の役にも立ってないよね。失敗ばかりで。」

「摩利支天様でも祓いきれないほどの厄だったんだろうな。」

「何よそれ!」


 むしゃむしゃ、ぱくぱく。


「くらねは小さいころから、何かあるといっぱい食べるな。太るぞ。」

「そりゃあ食べるわよ。お腹いっぱいにしないと、明日も頑張れないじゃない。」

「それでいいと思うぞ。」


「ねえ、いなり。」

「なんだよー。」

「稲穂さんを神様レベルに育てたオーナーさんて、神様を超える存在?」

 

「我にもわからない。神様は八百万だが、人間も負けずに83億いる。神を超える人間がいてもおかしくはないだろう。」


(八百万……83億……。あぁ、指の数以上は考えたくない。)


「もう寝る。」

「ああ、お休み。」


 くらねの目じりをそっと舐めたいなりは、尻尾を丸めてくらねの首元に寄り添い、眠りについた。 


最後までお読みいただき有難うございます。


相変わらずおっちょこちょいで失敗続き。でも、いなりとともに頑張ります。

よろしければEP2-2もご覧ください。

くらねといなりの修行の旅に応援のほどよろしくお願いします。

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