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「中々に厄介でしたがここまでです。いくら大魔法使いの子孫といえど、こう連発していては持たないでしょう」
頭がふらふらする。焦点は合わず、かじかんだ手が動きにくくなっている。これが、魔力切れ……。
「負け……ない!」
氷の槍を目一杯増量する。残っているものを全て使い果たすように。生贄が必要なら、生きてなければ良いのだ。
「お兄様……」
これを放てば魔力が尽きる。黒フードたちは私が放つのには間に合わない。兄に最期に告げたい言葉は――。
「だめー!!!」
「えっ……」
ヒカリの声で力が抜け、膝から崩れ落ちる。そこに彼女の頭突きが入る。
「な、なんで……?」
「友達は放っておけないよ! ねー?」
ヒカリの後ろにはグレイ殿下とオリバー、そして年下枠の攻略対象であるノアがいた。
「ルーナイト先生にノアと城まで送ってもらったの」
「不完全だったので、間違えて殿下の部屋に行ってしまったんです」
先生を苗字で呼ぶということは、先生ルートではないのかと、場違いな感想を抱く。転移ができるということは、魔法が得意なノアが先生の助手にでもなったのだろうか。二人は同僚のような距離感に見えるし。
「急に見知った顔が現れて驚いたよ」
「驚いたのはこっちよ! 二人が捕まっていたんだから! 王子様なのに!」
グレイ殿下は穏やかに話しているけれど、その目は笑っておらず、城を襲った黒フード達を睨んでいた。
「しかし、あなたがいるとは思いませんでした。アレルもエミリア嬢もやんちゃなようですが」
「せいぜい役に立ちなさい」
オリバーはメリナをちらりと見て言った。
「いるのを知っているなら助けてくれっ!」
アレルの悲痛な叫びが聞こえる。力を振り絞って手を向けようとすると、ノアが先に魔法を使ってくれた。彼が得意とするのは水の魔法。彼が水を当てた隙にアレルが窮地を切り抜ける。
思うようにいかないためか、黒フードは頭を掻きむしる。その拍子にフードは外れ、その顔が露わになる。それはゲームで国を盗った兄の宰相として後ろに控えていた男のものだった。ゲームでは、兄を倒したあと、いつの間にか消えていたけれど……。
「ちっ……魔力切れで都合が良かったが、無理は禁物か。ここは引かせてもらう」
彼はそう言って球状のものを投げた。それは煙を噴き出していて、甘い匂いが辺りに漂い始めた。咄嗟に鼻と口を押さえたものの遅かったらしく私は意識を失ってしまった。
「……ここは」
荒々しく揺れる馬車のような場所で目を覚ます。腕には重い枷が嵌められていて足は縛られている。――もしかして捕まった? それにしては口が塞がれていないけれど。
この世界では、魔法の発動は基本的に声に出して行う。そうでないとまともな威力が出ないからだ。だから捕虜にするなら口を封じるはずだけれど。
口が塞がれていないとはいっても、先ほどの無茶が祟ったせいか魔力が練りにくい。すぐに逃げ出すのは難しそうだ。
「目が覚めたようだな」
顔を上げると黒フードの主犯格の男がいた。
「無理はしないんじゃなかったんですか?」
男は何も答えない。ただ、私を連れ去る以上の無理はしなかったらしく、周りに他の人はいない。私を聖女を釣り出す餌兼生贄用として連れ去った訳か。
「ちなみにお名前を教えていただいても?」
「あん? 部下からは司教、オニイサマからは黒って呼ばれてたが」
黒――兄を悪の道に導いた元凶だ。睨みつけるが涼しい顔をして受け流されてしまった。
「魔封じの腕輪をした魔法使いほど怖くねえものはねえよ?」
どうやら手枷は魔封じの腕輪らしい。名前からしても、私の体調不良からしても、十中八九魔法を使えなくする道具だろう。
「ようやく、我らが悲願が叶う――! ようやく、ようやくだ!」
「聖女は、絶対に負けません」
既に勝った気でいる司教に吐き捨てるように言う。主人公は最後に勝つ。乙女ゲームで死亡エンドがあって良いはずがない。
「生贄になんて、なりません」
祖父による予知が頭をよぎったけれど強気に宣言する。せめて、心だけは強く持っていないと不安で潰れてしまうから。
「寝て、いたの?」
見覚えのない豪華な天井をしばらくぼんやり見つめていたけれど、状況を思い出して慌てて起き上がる。
「殿下は!? みんなは!?」
剣を床に突き刺しながら寝ている殿下を見つけてホッとする。彼はきっと寝る直前まで守ろうとしてくれたのだろう。ノアもいるし、メリナもいるし、オリバーだっている。――待って、エミリアは?
見回してみても、いない。まさか、寝ている間に連れ去られてしまった……?
敵は城を襲っていたからエミリアを攫う理由はないように思えるけど……。間違えてしまったという可能性も、私たちを誘き寄せる人質という可能性もある。後者なら死んではいないと思うけど、良い扱いを受けるとは思えないからとても心配。
連れ去られたことを否定したくて探し回っている時、私が寝ていた場所から離れたところで血だらけになったエミリアのお兄さんが倒れているのを見つけた。
「足に短剣……? 敵が使っているものとは違うような……」
疑問はあるけれど、治療が最優先。短剣を引き抜いて魔法をかけて治療する。治療を始めると違和感を覚えた。傷以外にも体の中に異物が混じっているのだ。
「もしかして睡眠薬!?」
薬で眠らされてしまったのなら急に寝てしまったことにも納得がいく。薬のせいなら、みんなの体からその成分を抜いて回らないと。
治療している間にも、エミリアは酷い目に遭っているかもしれないのに、直接探しに行けなくて悔しくて堪らない。私一人ではエミリアを救えない、だから今は足を止めるのが最善だ。分かっていても悔しいものは悔しい。私は手をぎゅっと握りしめた。
「聖女様」
「えっ、私!?」
人がいるとは思っていなくて、飛び上がって驚いてしまった。声の方を向くと、銀髪の男性が立っていた。彼の表情は暗く、具合が悪そうにも見える。急に現れたのも魔法なのかな。
「どこか、悪いんですか?」
王族でもなさそうな男性がどうしてここにいるのかな。困っているなら力になりたいけど。
男性は首を振る。彼は少し葛藤して、意を決したように言った。「娘を助けてください」と。




