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桜吹雪の後に  作者: 片隅シズカ
三章「堅国の花」

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第二十一話「桜梅桃李 ーおうばいとうりー」①

温泉回となります。

まずは葉月視点(男風呂)です。

 竹の音が、高らかに響く。


 もうもうと立ち上がる湯気の向こうに、ししおどしが見えた。

 水を流して、その重みで石に打たせる。(みやび)さを(かも)し出すと同時に、その音で野生の獣を追い払う。雰囲気も実用性も兼ねた装置だ。


(日本の温泉って感じだなぁ。日本じゃないけど)


 絶妙な熱さ加減のお湯が、全身をじんわりと包み込んでいく。気持ちいい。

 周囲の木々は昼間の青さから一転して、夜の闇に身を潜めていた。時折揺れる風が、暗闇の中で木々をさわりと撫でる。



 日が暮れるとほぼ同時に、試合は終了した。



 最初から最後まで慌ただしかったけど、とりわけ最後の方は混沌としていた。

 ()(おう)さんの力で集まった無数の猿たちを、ひたすら狩りまくる流れとなったのだ。人と猿が入り乱れる中で、夢中で刀を振るった。


(……楽しかったなぁ)


 優勝したのは、花鶯組だった。

 しかも、ただの優勝ではない。歴代捕獲数の最高記録を塗り替えての優勝だ。


 悔しいという気持ちより先に、そうだろうなと思った。


 猿たちはあろうことか、花鶯さんの刀の嵐に進んで飛び込んでいったのだ。さながら、花の香りに吸い寄せられる虫のように。

 刀を振っても振っても、猿たちは花鶯さんへと流れていく。正直、優勝は絶望的だなと感じながら、刀を振るっていた。


 それでも、楽しかった。


 何も考えず、体をがむしゃらに動かすことが、こんなに気持ちいいだなんて知らなかった。体は疲労で重たかったのに、心は怖いくらいに軽やかだった。


 結果発表が終わると、僕と(さくら)さんは顔を合わせて笑った。

 温泉卵を得られなかったのは残念だけど、僕たちは頑張った。精一杯足掻いた。今までにない充実感で満ちあふれていた。


(また、やりたいな)


 視察の小休止ということは、来年も試合をするのだろう。しかも元の世界にいた頃と違って、来年を当たり前に迎えられる。試合が終わったばかりだというのに、今から楽しみになってきた。


 今度は優勝したい。

 桜さんと、優勝を喜び合いた――――




「温泉と言ったら、やっぱ浪漫だろ」




 耳に入ってきた()(はる)さんの一言で、試合の余韻が霧散してしまった。


鹿(しか)()もそう思わないか?」

「えっと……ごめん。よく分かんないや」

「お子様だなぁ。あれ見てみな」


 小春さんがにやつきながら、鹿男君に何かを(うなが)す。小声のつもりだろうけど、興奮しているのか声を抑えきれていない。離れたところにいる僕でも聞き取れる。


 なんとなく胸がざわついて、聞き耳を立てた。


「あれ、どう思う?」

「あれ?」

「あれだよ、あれ。穴開いてんだよ」


 小春さんが指差した方向を、鹿男君が素直に見た。気になったので僕も見る。


 確かに、穴が開いていた。

 雨風に(さら)されて老朽化したのか、女湯と男湯を(へだ)てる木製の仕切りに、人一人は通れそうな穴がある。


「あ、本当だ! 管理人に伝え――」

「いや、その必要はない」

「え?」

「あの穴はな、極楽行きの道なんだよ。そこで鹿男、お前の出番だ」

「お、おれ?」

「確か、一瞬で離れた場所に移動できるんだよな? お前の力があれば、壁の向こうの女性陣にばれてもすぐに逃げられる」

「…………まさか、のぞきに行――っ!」

「ばかっ! 声がでかい」


 小春さんが、鹿男君の口を塞いだ。


「こんな機会はそうそうないんだ。楽しまなきゃ損だろ?」

「で、でも、のぞきはまずいよ。ていうか不敬だよ!」


 普段から声の大きな鹿男君だけど、さすがに周囲を気にしてか、彼なりに声を抑えている。僕には聞こえているけど。


(ど、どうしよう……)


 巫女の僕が一声かければ、小春さんの暴走は一瞬で止まるだろう。


 だけど、声をかけづらい。

 聞き耳を立てている後ろめたさや、僕の介入で大事になったらという心配もあるけど…………それ以上に、想像してしまう。



 あの仕切りの向こうにいる、桜さんの姿を。



 ししどに濡れる黒い髪をまとめ、湯に浸る桜さん。

 蒸気でほんのり赤くなった頬をゆるめ、立ち上がり――――うわああああ!!


 (みだ)らな想像をしてしまい、僕の方がのぼせそうになった。


 止めないと! 男として!

 今、立ち上がったら、絶対に聞き耳を立てていたことがバレるけど、そんなこと言ってられない。このままでは桜さんの貞操が危な――――




「だったら、このまま地獄に連れて行ってやろうか?」




 仕切りから目を離し、小春さんを見たのとほぼ同時だった。

 小春さんの肩に、(さぶ)(ろう)さんの手が置かれていた。


「さ、三郎さん? 後で入るのでは……? ていうか、なんで服――」

「うるさい黙れ。その(けが)らわしい口を開くな」


 小春さんの声が一瞬で封じられた。湯けむりの中でも、その麗しい顔から血の気が引いていくのがよく見える。隣にいる鹿男君も、同調して一緒に震えている。


 三郎さんはといえば、遠目からでも分かるほどの殺気を放っていた。

 二人が顔面蒼白になるのも頷ける。風呂場で服を着ている理由なんてどうでもよくなる迫力だ。ひぇ……っ。


「姫様の御体を一目でも見てみろ。死んだ方がましだと懇願させてやる。それが嫌なら……分かっているな?」


 口を開くなと言われたからだろう。小春さんは無言で必死に頷いてみせた。


「鹿男。この馬鹿を見張っておけ。こいつが乱心したら、お前も道連れにする」

「えええぇ!! そりゃな……分かりました」


 殺気に当てられたのか、みるみるうちに鹿男君が小さくなっていく。理不尽な道連れ候補となった鹿男君には、同情するほかない。



 三郎さんが立ち去り、説教という名の脅しが終わった。



 すっかり疲弊しきった小春さんを、鹿男君が気まずそうに慰めている。

 このまま静かになるかと思いきや、今度は怖すぎる三郎さんの話題で盛り上がり出した。それをぼんやりと聞きながら、湯の心地よさを堪能する。


(…………にぎやかだ)


 普段は巫女専用の風呂場を使うから、誰かと一緒に入ることがない。たまに落葉さんと一緒になっても、相手が相手だけに会話はないようなものだ。


 ただし、今回だけは違う。

 視察中の息抜きということで、従者は巫女と湯を共にすることが許されるのだ。聞こえてくる内容はともかく、近くに人がいるという事実にほっとする。


(この体が女の子だったら、桜さんと一緒に――――)




「おい()(づき)! ちょっと面かせや」




 向こうの風呂で泳いでいた(さい)(うん)君が、こちらに移動してきた。「よっ!」と湯船に飛び込んだ勢いで水しぶきが顔面にかかり、我に返る。


「おい、なんか顔赤いぞ。大丈夫かよ?」

「う、うんうん!! だだだ大丈夫!」

「ならいいけどよ」


(危なかった……!)


 思考が小春さんと化していた自分に、密かに身震いした。

 こんな下心、桜さんに知られるわけにはいかない。間違いなく軽蔑される。


「小春のやつ、また説教されたのかよ」


 彩雲君が若干声を抑えながら、小春さんたちの方を見た。


「三郎とすれ違ってよ、なんか小春死ねとか言ってた」

「あぁ……」


 三郎さんは短気だけど、規律を重んじる寡黙な人だ。普段なら、公共の場で暴言を吐き散らす真似はまずしないだろう。すれ違う彩雲君を気にする余裕もないくらい、頭に血が上っていたらしい。

 

 そして彩雲君はというと、いじるネタを見つけたと言わんばかりにニヤニヤしている。平和だなぁ。


「で、何やったんだ?」

「あそこにある穴から、女湯を覗こうとしたみたいで……」

「ははっ! 三郎いんのにできるわけねーじゃん」


 彩雲君が馬鹿にするような笑い声を上げた。


 その笑い声で、こちらの会話の内容を察したのだろう。小春さんと目が合った。

 気まずさを感じたものの、すぐに目を逸らされた。何事もなかったかのように、鹿男君と談笑している。どうやら、聞かないことにしてくれたらしい。


(あ、そもそも心が読めるんだった)


 別の意味で気まずさを感じたけど、そればかりはどうしようもない。僕もあえて考えないことにした。


「小春ってあれだな。マジでねーよな。ガクシュー……なんとか?」

「学習能力?」

「そうそれ! この前も女をナンパしてぶん殴られてたしよ」

「そ、そうなんだ……」


 彩雲君が、僕の周りをゆらゆらと泳ぎ出した。落ち着きのない子供そのものだ。

 ちなみに彩雲君は、毎日のように何かしらやらかして、その度に三郎さんの拳骨を食らっている。正直、人のことは言えないと思う。


「……珍しいね。彩雲君の方から、僕に話しかけてくれるなんて」


 忙しなく泳いでいた彩雲君が、ピタリと止まった。

 僕の顔をチラチラと見ながら口ごもっている。こんな彩雲君、初めてだ。


 少し間を置いて、なぜか僕を睨み付けてきた。


「お前、見たよな」

「え?」

「とぼけんじゃねー。見ただろ」

「ご、ごめん。本当に分かんない」

「一回目に会った時だよ! 俺が、虹に、その……」

「…………もしかして、お姫様だっ――」



 彩雲君が鬼気迫る形相で、僕の背後にある岩に手をついてきた。



 いわゆる壁ドンだ。

 初めての壁ドンがされる側で、しかも相手が彩雲君……て、何この状況!?


「その言葉を口に出したらぶっ殺す」

「あ、はい」


 頷くほかなかった。せっかくの温泉で暴力沙汰は嫌すぎる。


「誰かに言ったか?」

「い、言ってないよ」

「本当か?」

「本当! 本当だよ!!」


 興奮しているのか、彩雲君の顔が見るからに赤い。さながら温泉に浸かる猿のようだ。話している内容がお姫様抱っこの件じゃなかったら、そして彩雲君が子供じゃなかったら、いろいろと誤解を生みそうな光景だと思う。


(…………ん?)


 彩雲君が、岩に手をついたまま動かない。表情は必死なのに、視線に力がない。虚ろというかぼんやりしている。


「さ、彩雲君?」


 顔が赤いのに、青ざめているように見える。

 もしかしてと思った次の瞬間、彩雲君がもたれかかってきた。

②に続きます。

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