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与謝ログ G first story  作者: てら
最終章 亡者の目論見
21/22

Faille 20

 亜里沙の推測通り、佳志は頻繁な人格移転が生じたらしく、どうやら愛衣に『裏切られた』と勘違いした彼の精神的ダメージがあまりにも多大で、且つ多大な緊迫感を得てしまったことによって、愛衣を刺そうとするところまでは悪魔が宿るほどに恐ろしい彼のもう1つの人格が芽生えた。

 しかし、緊迫感だけではなく『もし殺してしまったら』という、元々の人格にいたわずかな葛藤が生まれ、それが邪魔となって愛衣は軽傷で済んだという。不幸中の幸いだったらしい。

 その後元に戻った佳志は何も知らない亜里沙を保護し、その一ヶ月半だけあの白アパート302号室で同居したが、タイミングが悪かったのか、運悪く佳志はそこでまた悪魔に変わる人格移転が生じようとしたが、その時の佳志は無理に耐え過ぎたため、結果悪魔と天使が混合した鬼と化してしまったということ。(決して本物の悪魔と天使が合わさって鬼になることはありません)

 普段はそんなに変わらぬ彼でも、自分の身に危険が生じた時に、悪魔の『人は殺そうと思えば殺せる』というモットーが働き、意識せずとも武器を使おうとする特徴がある。そして同時に記憶喪失ということにもなり、一ヶ月半の幸せだった時期、その他家族との幸せなひと時、そして虐められていた卑屈な時期は全て印象深い内容として記憶が抹消された。

 ゆえに彼が何も知らずにアパートから出て行き、後に惨殺事件の容疑者として逮捕された時には既に悪魔の人格移転をしており、一年後に牢の奥であの三代目の人格が目を覚めた時には言語、感覚以外は全て分からぬパニック状態から始まったということである。


 亜里沙はその話を踏まえて、ベッドの上で寝ている彼の横で座り、彼の顔を見つめた。


 次はどの人格から目を覚ますか、彼女は少し不安を抱いていた。


 彼女は彼の手をそっとつないだ。

「……正直ね、嬉しかったんだ。佳志がヨシユキだったってこと。最初は怖い人なのかなー、とかただの人でなしのチンピラなのかなー、とか思ってたけど、アンタは私にとって予想外な事をどんどん繰り返すから、気が付いた時には私、ずっと佳志のそばにいた。

喧嘩をしたと思えば、次会ったら性格一転してたし、かと思えば次の瞬間戻るし。喧嘩弱いのかと思ったらあの五十嵐を五秒で倒しちゃうし。私のカレーライスを食べると美味しいって泣いてくれるし。アンタが教えてくれたんでしょうが……バカ。

私が本職に行くとき、佳志もの凄く必死に怒ってくれたよね。警察と犯罪者は敵って私は思ってたけど、アンタはそんな関係を、関係ないって訴えてくれた。私を味方って言ってくれてありがとう。佳志が来てなかったら、私今頃また犯罪者の端くれになってたかもしれないんだもん」

 彼女は話していく内に、心も体も悲しさで凍り付いてしまった。


「私は……ヨシユキも佳志も、どっちも好きだから……。だから……目覚ましてよ……。もう一ヶ月も経ったんだから目ぐらい覚ましなさいよ……。私の話くらい聞いてよ……。何も喋らなくていいから……、覚めてよ……。もしまた記憶を失ったなら、私が思い出させるからさ……。『そうかい』とか『うるせえ』とか何とか言ってみなさいよ……」


 冷たい手を両手で握り、彼女はそこに涙を一滴一滴零した。


 どちらかといえば怖い思いの方がした記憶があるが、それでも数少ない良い思い出の印象は格別的な高さである。

 一緒にカレーライスを食べたひと時、同居しているにも関わらずお互い恥ずかしがっていたひと時、そして助け合っていたあの頃。

 これらを全部水に流せというのなら、彼といた嫌な思い出だけの方がマシだったのだ。



 そんな時、後ろから与謝野愛衣が来た。彼女もまた、悲しい形相で花束を両手に持っていた。

「アナタは……」

「先日はご迷惑をおかけして誠にすみませんでした」

 深く頭を下げる愛衣に亜里沙は謙虚にした。

「いえいえ、いいんです。ですがまさかアナタが佳志の姉だったとは思いませんでした」

「……愛衣といいます。もし弟が目を覚ましたら、この花束を渡してください」

 愛衣は亜里沙にそのきらびやかな束を渡し、亜里沙は佳志の横にそれを置いた。

「すみません、こんな時に聞いちゃ何ですけども、五十嵐潤との交際は本当だたんですか?」

「……えぇ。ですが、別に潤を好んで付き合ってる訳じゃありません。先週別れました」

「好きでもないのに、どうして……?」

「佳志はその時きっと、私が死んだと誤解しているはずなので、最も彼と関係が深い仲と言えば潤だということを知っていました。なので付き合っている間は度々潤から佳志の情報が来て、それを聞くたびに安心していました」

「そ、そうだったんですか。そういえば浮浪者の支援金というのは……」

「NPO団体の一員ですので。あまり人に言いたくなかったので、佳志にも言いませんでした。多々多いホームレスにちょっとでも支援をしたくて、募金活動もしていましたが、それも足りず、弟に頼るという情けない行動をとってしまった……。てっきり他人事なのかと思ってそこまで期待はしてなかったんだけど……まさか罪に手を染めてまで必死に集めてくれたとは本当に思いもよらなくて……」

「実の弟は、信用するべきだと思います。わざわざ遠回しに頼まなくとも、佳志なら何だかんだ言って絶対に協力してくれるはずです。私は彼と二か月半しか関わっていませんが……」

 亜里沙は泣く愛衣にもらい泣きをし、その場は泣き声で響いた。


「成長したわね」

 愛衣はまるで亜里沙の事を最初から知っていたかのように、涙を流しながら彼女に笑顔を繰り広げ、後ろを振り向いた。

 ハンカチを口に当てながら、愛衣は病室から立ち去った。


 亜里沙は一瞬「え?」というような疑問を持つが、それを解くのには、時間が必要だった。



 彼女が退室した後もなお、亜里沙は泣きわめくことしかできず、あの頃の楽しかった思い出が走馬灯のように流れるにつれ、彼女の涙が止まることはなかった。



「うるせえ」

「え?」



 顔を上げると、そこには紛いもなく目を開けている佳志がいた。

「佳志……なの?」

「バカじゃねえの。見りゃ分かるだろ」

「普通の……佳志…だよね?」

「だから見りゃ分かるだろ。それよりこの固定してる奴取ってくれよ」

「えっ……う、うん」

 亜里沙は佳志の手首足首に巻いてあるヒモをほどいた。

「泣いてたの?」

「な…泣いてなんかないわよ!」

「目のまわりメッチャ赤いよ」

「あちゃー………」


 佳志は亜里沙の頬に垂れている涙を拭いた。同時に彼に苦笑いが浮かんだ。

「オメエ、やっぱ気に入ったわ。ちょっと面倒臭えけど、オメエほど退屈シノギになった奴は他にいないよ」

「そう。気に入ってもらえて何よりだわ」

 お互い皮肉にそう言うが、素直に伝えればかなり良い雰囲気であることを二人は知らない。


 いや、亜里沙はそれに気が付いているのかもしれない。


「……ありがとう」

「何が?」

「目を覚ましてくれてありがとう」

「………」

 意外な感謝に、佳志は頬を指先でかいてそっぽを向いた。


「……ご、ごめんな。あの時は……」

「いいよ」

「え?」

「別に、もう私は全然気にしてない。アンタの争い事なんてしょっちゅうだし、もう慣れてる身なの」

「……そうなのか」

 考えてみればその一ヶ月間で彼は何度も問題を起こしては亜里沙に止められるということがある事に気が付いた。

「問題を起こしてそれを私が止めるなんて事は別にいいのよ。私だって警察の端くれだし、それが仕事なんだから。でも……」

 彼女は佳志の頬に手を添えた。

「私の作った三流料理を美味しいと言ってくれて、私を味方と示してくれた佳志がいなくなるのだけは嫌なの。だって、アンタと同じで私にも本当の味方ってのは1人もいなかったから」

 そう泣き顔を現す彼女は、彼の唇へと自分の唇を徐々に近付けさせた。

 それが『味方だから』なのか、『愛しているから』なのかは、定かではなかった。

 息をも分かるほどに口と口が近付く寸前に、佳志はその口に自分の掌を当てた。

「……止めな」

「何で……」

「俺はあくまで、女を見ると胸糞が悪くなる。お前は受け入れたが、お前を恋人というには、まだ時間と犠牲が必要」

「……………」

「初めのは他の男にしな。その方が絶対良い」

「嫌だ……」

 彼女はよりストレートに否定をし、もはや自分がヨシユキであってケイジである彼を好きであることを全面的に肯定した。

「嫌だよ……、だって佳志は、佳志は私が心から受け入れた、そして心から受け入れられた初めての男の子なんだもん……」

 我がままを言う亜里沙に、佳志が怒ることはなく、むしろそんな亜里沙の頭を撫で、自分の胸へと寄せた。


「ここで俺とお前が紛いもない交際関係にでもなってみろ。困るのはお前だけじゃない、俺もだ。どんなに良い関係だろうと、どんなに親密な仲だったとしても、俺らはあくまでも敵同士って事に変わりはない。そりゃお前にとっちゃここでキスして良いに越したことはないと思うけど」

「意味分からないよ。佳志が言ってる意味が私には分からないのよ……。警察と犯罪者じゃなくて、私と与謝野佳志っていう関係でいいじゃない……」

 そんな亜里沙に、佳志は初めて純粋に微笑んだ。

 彼女の見えない位置で初めて――。


 それは誰が見ても、笑っていると分かる笑みだった。


「なぁ、亜里沙。一つ聞いてくれるか?」

「なに?」

「俺がどうしてヨシユキからケイジに変わったか分かるか?」

「…分からない。市役所で名前を変えることができるのは、知ってるけど」

「俺は別に、変えたくて変えた訳じゃない。いや、強いて言うなら無理やり変えさせられたというところだな」

「ど、どうして?」

「黄金美町には暴力を好む不良やチンピラは多いが、人を惨殺する人間はほとんどいない。だから万が一そういう凶悪犯が出てきた場合、そいつは人権を失う。だから、俺の戸籍はもうない。様々な人間を犠牲にし、尚且つ俺はたった一年で黄金美町で自由の身になった。だから、俺に人権なんてないんだよ。だからそんな俺が、国家権力と深い関係を持つ事さえ、大問題なんだよ」


 要するに、俺とお前は友達止まりで終了。佳志は遠まわしにそう伝えた。



 亜里沙は涙を拭き、返って微笑んだ。

「アンタって本当、変わってるよね」

「ん……どういう意味だよ」

「まぁいいわ。今日は見逃してあげる。アンタ、入院期間は確か……二年くらいらしいわね。精神的なところの治療がまだ完全になってないから、部長も長官も警戒はしてるわ。でも安心しなさい。私が毎日見舞いしに行ってあげるから」

「いいよ別に。俺は地道にリハビリするよ」

「二年もあるんだからリハビリなんて楽勝よ」


 次に扉から現れたのは、佳志の父親と母親だった。


 真はキャスター箱、千春はアイスコーヒーの缶を持っていた。

「よう、元気か?」

「今目が覚めたところだ」

「そうか。話によると大分災難だったらしいじゃねーか。これ、差し入れ」

 真に手に持っている一箱を佳志に見せると、横にいる千春が黙って彼へエルボーした。

「真、佳志はまだ未成年。煙草は禁止されてる」

「いててて……、別にどうでもいいじゃんそんなの。どうせ佳志のやつ隠れて吸ってるんだろうし」

「それでも父親である君が息子の佳志にそれを渡すのは不謹慎にもほどがある」

「千春は何だかんだ言って堅いなぁ。まぁいいや、これは俺が吸うから」

 すると再び千春は彼のレバーにエルボーをした。

「真は黙ってチュッパチャップスでも舐めていればいい。煙草を吸うと身体が悪くなる恐れがある」

「俺もう四十後半なんだけど……」

「関係ない。身体に影響する」

 何とも憎めない凹み顔で、真は千春にその箱を渡した。


 千春は微笑んで佳志に缶コーヒーを渡した。

「佳志、真を守ってくれてありがとね」

「は? 身に覚えがないんだけど……」

「あいつ、無理に正社員目指して面接行って落ちた帰りにメイルバールの連中にお金タカられたそう」

「メイルバール……」


 佳志は一時釈放後の、最初の記憶を振り返った。

 確かにメイルバールのチンピラたちが絡んでいたのはスーツ姿のサラリーマンのようにも見えた。暗くて髪色までは見てなかったが。

(まさかあの時の……)

 心当たりはあった。

 佳志は真を見てみると、下手な口笛を吹いてそっぽを向く彼の姿があった。つまり、図星ということ。

「お前メイルバール相手にそんなに弱いのかよ」

「るえぇ! ふざけろバカ野郎! あの時は面接で凹んでただけであって俺が弱かったわけじゃねぇんだよ!」

「まぁ何でもいいけど街中歩く時は十分気を付けろよ」

 すると亜里沙が手元に持っている書類を持って読み上げる。

「確かに黄金美町を歩く際は今後十分に気を付けた方がいいわ。佳志はあのストリートギャング三組からして、抗争の歯止めだったらしくて、あの一ヶ月間、一度もチーム同士の抗争はなかったらしいの。逆に言えば佳志が一時釈放されるまではずっとチームは睨み合いの毎日で、とても平和とは言えない現状だった」

「佳志は嫌われてんなぁ相変わらず」

 真はバカにするかのように言うが、佳志が怒る事はなかった。

「………そうかい。別に俺も抗争には興味ないからアイツらがどう動こうとアイツらの勝手だよ。俺は正義の味方じゃないしな」

「アンタは不良って言ったら嘘になるしね。あそこの世界とはまるで縁がないようにも見えるわ」

「事実縁はないよ」

 真がその言葉を聞くと、わざとらしく驚いた仕草をする。

「はぁ!? お前がヤンキーとかじゃなかったら、誰がヤンキーなんだよ!?」

「うるせえなお前」

 亜里沙も真のノリには乗らず、佳志を肯定した。

「確かに佳志は凶暴な人間ですけど、彼はバラードやメイルバールみたいに、人の迷惑になるような日常を送っていません。せいぜい図書館で本読んでるだけですよ」

「オメエ見てたのかよ」


 場面ではなかったが、彼は時折図書館で読書する日常も送る。そんな佳志を亜里沙はひそかに見ていたが、その時の彼のキャラはまず凶暴とは絶対言い切れぬ姿であった。


「一体あの時、何を読んでたの?」

「面白い本だったんだよ」

 すると佳志は懐から一冊の本を取り出し、その表紙を三人に見せた。


「与謝日記ってやつ」


 真はその本へ指差し、酷く動揺し始めた。

「あ! それ俺が書いた奴じゃねぇか!」

「いやー面白かったよこれ。四百ページくらいあったから読むのに時間かかったけど何だかんだ言ってお袋の名前が一番多かったな」

 赤面する真は持っている本を奪い返そうとするが、その光景はもはや食べ物を追い続ける猫と同じだった。

 しかし疲れて息切れのあまりむせた真に佳志は深刻な表情で本を見せる。


「それと親父、何でこの本、後半から俺が登場してんだよ?」

「そ、それは……」

 その問いには千春も動揺を隠せなかった。

「も、物語だからだよ。お前が登場すると面白いかなーって思って……」

「まぁ俺は別にいいんだけどさ。ここまで悪者じゃねえぞ」


 佳志が登場する描写は魔物でも出て来たかのような表現が揃っており、佳志本人が呼んでも不快になる一方である。


 そうして、ほのぼのした会話は終わり、真と千春は退室した。

 亜里沙はカバンからアイスコーヒーを取り出し、それを佳志に渡した。


「またね」


 彼女は手を振って、ゆっくり扉を開き、姿を消した。

 独りになった佳志はため息をし、本を隣にある机に置き、眉間にしわを寄せた。


「……これでいいんだろ」


 そう言うと、カーテンの陰から一人の男が現れた。


 荒田広行だ。

「ご苦労だったな。お前は事実人を殺した。そして記憶を全部取り戻した以上は、懲役刑が言い渡される」

「随分姑息な真似しやがって。記憶がない人間には刑を下せない。だから俺を一度記憶を取り戻すきっかけをつくる、仁神亜里沙のいる公安部に渡した。最初から俺を自由の身にするつもりなんかなかったのかよ」

「ふん、仕方ないだろう。まぁ確かにお前がいなくなれば街の抗争も再開されてしまうが、お前はしばらく黄金美町から姿を消さなければ、連中も体制がつく恐れがある」

 荒田は三本の指を立てた。

「三年だ。懲役三年以下の判決が昨日下された」


 同時に扉から、複数の警備部隊が現れ、佳志の車輪式ベッドを運び始めた。彼は抵抗せず、ただガラガラと運ばれる様を、ジッとするのみだった。


「………無念だな」



 亜里沙は何も知らず、明日も会えるという楽しみを踏まえてルンルンとスキップ足で白アパート302号室へ帰った。

 彼女は今夜も自分でカレーライスを作った。


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