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与謝ログ G first story  作者: てら
最終章 亡者の目論見
20/22

Faille 19

 ――気が付いたら俺は、実の姉の胸に持っている刃物を差し込んでいた。


 ――自分が一体何をしたのか、それは重大な罪であることを俺は十分に理解し、刃物から手を離し、とにかく逃げようとした。

 しかし姉貴は死にもの狂いで動き、逃げようとする俺の足首を掴んだ。

『……待って』

『…………』

『そのお金は……私が使うものじゃない……。あんたの……アパートにでも使ってちょうだい……』

『んだよそれ………意味分かんねえよ……』

『黄金美地区の……商店街中道通りに……女の子がずっと倒れている……』

『…………』

『それは私の借金のお金でもないし、あんたのお金でもない……。支援の資金よ………』

『なら最初からそう言えよ……。そう言ってくれなきゃ分かんないだろ……』

『そうね……あんただったら、正直に話しても……協力してくれたのかもね……。他の人には……正直に話してたところで何もしてくれないのよ……』

『……………』

『お願い……それを……その子に託して……。私なら大丈夫だから……』

 俺は考えた。

 何もせずただ逃げるだけで終わっていいのだろうか。

 それとも、姉貴の頼みを聞き入れる他ないか……。


 俺は黙って身の回りに散らばっている金を全て拾い上げ、そして俺がとった行動は……救急車を呼ぶ事だった。


 そして実家から離れた白アパートの302号室に契約し、俺は残った大金を財布にしまい、姉貴が言っていた商店街中道通りへ行った。

 するとそこには確かに、人が倒れていた。今にも死にそうな、やせ細った女の子が。どうやら自分とさほど変わらぬ年代のようだ。

 しかし格好がかなり奇抜で、それは暴走族にでも入ったのかと思うくらいだった。

『お姉さん、大丈夫かい?』


 ――彼女はもう何日も何も食べていない様子で、俺はとにかく何かしら食べ物をあげた。

 奇抜な髪色、髪型を美容院で直してもらい、服も自分好みのセンスに合わせて選び、俺は彼女に服を買った。

 あくまで自分好みなので、彼女自身が喜んでくれるかは少し不安だったが、評価は万全だった。いや、予想以上と言ってもおかしくはない。

 その女は飛び跳ねるほどに喜んでおり、俺に『ありがとう』という一言をくれた。今まで感謝されることなど一度もなかった俺に、そんな言葉をくれるのは俺にとってももの凄く嬉しい事だった。

 何より、他人の女性にそこまで慕われるとなると、俺も意を決した。


 俺はその子に告白する。

 その日、俺はその子に部屋で気持ちを伝えようとした。


 しかし、途端に自分の過去を振り返ると、それは実に残酷で、挙げ句に姉に刃物を刺した。あれは、もう絶対死んでいると思っていた。

 だから俺が彼女に気持ちを伝えることは、できなかった。

 迷路のように複雑な感情だった。姉貴が俺を、裏切ったのは事実。けど刃物で刺すほどに恨みがあった訳じゃない。そこまでする勇気さえ俺にはない。


 その日は、彼女の寝ている真横で静かに泣き寝入りするしかなかった。



 もう無理かと思っていて一ヶ月が経つとき、彼女は俺に前代未聞の告白をしてくれた。

 でも、俺が自分でやった罪、人生を思い返してみるとそれを受ける権利なんてないと自覚していた。

 だから、答えはNO。泣きたくなるほど嬉しかったが、もったいないとも思ったけど、俺があんなに良い女の子と付き合うことなんて、とてもじゃないが彼女にとって不幸にしてしまう恐れを、俺は思った。


 だからその子には、俺は捕まることを宣言した。


 ――オメエは、人を信じる権利さえないんだよ。


 その夜はどこからかそのような声が聞こえ、次第に俺は意識が朦朧となった。まるで今の意識と何か別の神経が混合するかのような――気持ち悪い感覚だった。それは発狂に値する苦悩で、俺は苦しみながら意識を失った。



 ――目が覚めたら、横に知らない女が寝ていた。



    ★



 黄金美町、黄金美地区。西南地区方面コンテナ埠頭横、廃墟工場。


 その場にいるのは失神する五十嵐潤とその他三人、そしてもがき苦しみ腹を押さえ倒れている仁神亜里沙。そして今にも泣きそうな表情をして佳志を見つめ立ち尽くす与謝野愛衣。

 そして、そんな愛衣に額に青筋を張らせ、目じりを吊り上げ、唇をひん曲げる剣幕の与謝野佳志。

 その時佳志は、あの一ヶ月半の記憶を蘇らせ、今にも元の彼に戻るところだった。

 頭を押さえて元に戻ることを恐れ発狂する彼はまっしぐらにナイフを構え、愛衣の元へ風の様に駆けた。


 感情を抑えきれず裏返った罵声を響かせ、刃先は愛衣の胸をただひたすら狙うことのみだった。


()ねえ!」



 無我夢中に飛び込むと、愛衣は恐怖に絶えない表情で腕を交差するが、まるでその愛衣の前にはもう1人の、あの佳志が両腕を横にして守っているようにも、亜里沙は見えた。


 そう、佳志は、佳志と戦っているのだ。彼の本当の敵は、彼であるということを、彼はもう分かっているはず。


 飛び込む佳志はその佳志をすり抜ける様に飛びのけ、愛衣を仰向けに倒し、そこから乗った彼は刃物を両手に、首を狙った。


 ――止めな――


 彼の心の中から、そう囁く三代目の声が聞こえた。

 それを聞かざるを得ない佳志はまるで持っている刃物を三代目の佳志に抑えられているかのように、動かすことができなかった。

 息を荒らす彼は、怖気ずく彼女の顔を見れば見るほど意識が朦朧とし始め、何としてでも刺すという勢いをつけ始めた。そしてどこかしらの記憶が芽生え、亜里沙との楽しかった日々がどんどん蘇り、それが生じれば生じるほど彼はもがき苦しむ。


 計り知れない金切り声を浴びせた。

 痛みが徐々に治まった亜里沙は汗を地面に垂らしながら死にもの狂いに立ち上がり、一刻も早く佳志を止めることを決した。

「佳志……止め――」

「うるせえ! 俺はケイジじゃなくてヨシユキなんだよ! テメエは黙ってろ!」

 息を吸っては吐いて、吸っては吐いてを露骨に繰り返す彼は、甲高い叫びと共にその折り畳み式ナイフを彼女の首元に振り下ろした――。



 ――目を閉じていた私は、痛みなどなかった。かと言って刺された感覚もなかった。死んだときは痛みさえないと思っていたが、ほんの二秒前とさほど変わらぬ恐怖心と変わらず、私は恐る恐る、ゆっくりと閉じていた目を開けた。


 ポタ……ポタ……


 私の目の前には、己の腹に一突きの刃物を刺す与謝野佳志がいた。


 腹から流れる蒼い血は私の服へと伝って行き、彼は前かがみに、そして私の方へとゆっくり倒れた。




 亜里沙は、その姿をただ茫然と、立ち尽くすしかなかった。


 止めることが、できなかったのだ。


「……佳志…? ねぇ、佳志……起きてよ……」


 亜里沙は倒れている彼の身体をそう揺さぶって聞くが、反応はなかった。

「佳志! 起きてってば!」

 顔をこちらに向けると、それはもう、魚のように無表情だった。

 それでも亜里沙は諦めず、独り言のように、そして自分を励ますかのように笑顔となった。

「そ、そうだ! いつもの病室運べば何とかなるよね? ここからじゃ凄く遠いけど、私こう見えても意外と力持ちだしさ! アンタを運ぶことだってもうこれで三回目だし! 過去に二回もあるんだから余裕よ、余裕!」

 佳志は苦笑いなのかどうか分からぬ、わずかな苦笑いを、することもなかった。

 徐々に虚しくなってくる彼女は、肩の力を抜き、耐えていた涙を流した。愛衣はそれを、ただひたすら見届けるほかなかった。彼女は彼女で、いくら自分を殺そうとしていた者でも、弟は弟。悲しい結末なのだ。

 悲哀の思いを味わうそこにいた二人に、鬼でも悪魔でもない、ちょっとそっぽを向きやすい天使の彼が戻って来ることはなかった。



  ★



日本、都内。そこには新宿、渋谷、秋葉原、銀座、その他色々とあるが、その中に一つ、とてつもなく治安が悪い事で有名な街があった。


 黄金美町。



 そんな物騒な治安を保護する、警察。その内の公安部は街のストリートギャングの抗争を食い止めるのに精いっぱいで、人手が足りないことでも有名である。

 一時期、優秀な男がその一課に入っていたという噂が広まっていたが、それも今では悪い噂と化し、公安部に偏見を持たれている。


 例の一ヶ月間、不良集団はある歯止めによって抗争が止められ、一時は平和に戻っていたこともあった。一般人に大きな迷惑がかからなくなった裏腹に、決まった人間に大きな迷惑を与えたのは事実である。


 そのたった一人の男のニュースを、黄金美町内のニュースでは朝昼晩と放送していた。それを見る、仁神亜里沙はテレビの電源を切った。


「最近また物騒になってきたよなー」

 追い詰められた表情をする亜里沙に、金司がそう声をかけた。

 気が付いた彼女は笑顔を浮かべ、「そうですね」と答えた。


「まぁ黄金美町はあまりにも抗争が多いってことで傷害罪や暴力罪は他の街と違って撤去されてるから、それがまた厄介なんだよなぁ」

「本当にややこしいですね。毎回パトロール中に怪我人見つけるので大変ですよ私も」

「はは、ご苦労なことだな。それよりもうパトロール終わったんだろ?」

「は、はい。もう全部完了しました」

「じゃあ見舞いでも行ってこればいいんじゃないか?」

「……………」

「今日も目覚めなかったら、明日も見に行けばいいんだよ。声かけたらその内目覚めるさきっと」

「あ…ありがとうございます。残業は明日まとめてやりますので、今日はお先に失礼します」

「おう、行ってこい」


 彼女の楽しみ、それは、自分を助けてくれた息子代理人の顔を見る事。

 会話もできれば、それは彼女にとって幸福といえるだろう。



 黄金美赤十字病院、○○○号室。

 扉を開けると、そこには昨日も見た彼の寝姿だった。ちなみに入院費は公安部の保険で降りている。契約上、そういうことになる。

 酸素ボンベが口に、腕には点滴を刺しており、いざ起きた時にも安静させるよう、手首足首を厳重に白い紐で縛られている。

 彼のベッドの横には心電図があり、何とか心臓はわずかながら動いている。


 医者の話によると、傷は内臓までは刺さっておらず、命に別状はないとのこと。しかし大規模な精神衝動によって未だ意識が回復する保証はない。つまり、物理的なダメージより精神的なダメージの方が大分大きいということだ。下手をすれば植物人間となる可能性もなくはないらしい。

 彼を担当する精神科の医者、そして彼を一年間医療刑務所で診ていた精神医療の医者も昨日病室に上がり、亜里沙に細かく事情を説明した。

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