表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
与謝ログ G first story  作者: てら
最終章 亡者の目論見
19/22

Faille 18

 黄金美町、西南地区方面コンテナ埠頭隣、西南工場。


 そこには四人の男達が集まっており、五十嵐は一本の煙草を口にくわえながらイライラしていた。

「おい潤、今日は愛衣が来る日じゃなかったのかよ?」

 五十嵐に問う男は、銀座の男だ。

「うるせぇ! さっきメールしたばっかりだぞ。ちゃんと来るって言ってたから、もうすぐ来るんじゃねぇの?」

「まぁ、それならいいんだけどよ。つーかお前、あんな女と何で付き合ったんだよ」

「さぁな。街中ブラブラしてたら急に逆ナンされてよ。そっからずっと付き合ってるんだが……。考えてみれば苗字聞いたことねぇな……」

「それにあの女、何か誰かに似てる気もしないでもないが」

 五十嵐は顎に手を添えて考えた。


 思いつく人間の顔が浮かばない。しかし彼自身、確かに誰かに似ていることくらいは今まで疑問に感じていた。


「それに、何か変じゃねぇか? 金持ちって言うけど見た目以外、あいつが贅沢な仕草見せるところも、贅沢なメニュー注文するところも、俺は見たことないし。お前デートとかはしたことあるか?」

「そりゃあるよ。でも愛衣の奴、確かに高級店行く割には安いモンしか頼まねぇしな……」

「本当は金持ちに見せかけた貧乏人なんじゃねぇの?」

 池袋の人間がそうバカにするような口を利くと、五十嵐は彼の胸ぐらを掴み、威嚇するように睨んだ。

「テメェ次言ったらシバくからな」

「悪かったって……。そう怒るなって……」

 そして秋葉の人間はその光景をただ茫然と見る事のみで、時は進んだ。



 すると、工場の扉が鈍い音を立てながらゆっくりと開いた。

 彼らはその扉の奥を見ると、なぜかシルエットは二つあった。

「め…愛衣が二人……?」

「いや、え……違うよな。多分」

「………とんだ茶番だな」

 五十嵐以外の人間はそう呟くが、よく見ればかなりまずい状況と言える事に、彼らは気が付いた。


「与謝野………テメェ……!」


 五十嵐の瞳に映っていたのは、金の髪の毛を引っ張り、首元に刃物を突きつけ人質にとる佳志の姿と、それをされる愛衣の姿だった。


「潤……助けて……」

 苦しむ顔を五十嵐に訴える。彼らは即座に佳志に走り込もうとしたが、そこで佳志が口を開いた。


「ではここで問題」


 鈍い歯ぎしり音を立てながら、怒りに満ちたその鬼の口が牙を剥いた。


 同時に彼ら四人は足を止め、少なくとも五十嵐以外の三人は佳志と対面するのは初めてであるため、一歩下がった。


「今から死ぬのは次の内どっちでしょう? 一、限りなく切れ味の良いナイフをこのクソアマの首元に突き付けるこの俺。二、そんな俺に人質にされているこの悪女」

 普段は二択だったが、そこで第三の選択が舞い降りた。


「三、五十嵐くんと愉快な仲間達」


 この状況、正解などまるで見当たらなかった。

「な…何だあいつ? こんな問題出して……」

「与謝野はあーいう奴だ。お前らそんなに震えてんじゃねぇぞ」

 五十嵐にとってはこれで二度目の問題。

 彼はナイフを持ちながら三本の指を立てる佳志に指を指した。

「一の、テメェに決まってんだろゴラァ!」

 四人の内の一人、五十嵐潤だけがナイフを突きつける佳志に立ち向かった。

 愛衣を巧妙に避け、見事に佳志の顔面に足が直撃し、激しく転倒した。


 蒼い血が散り、刃物を手放してしまった佳志は取り戻そうとしたが、それも五十嵐によって奪われてしまった。

「な? 正解だろ? 二度目の正直って奴?」


 勝ち誇る五十嵐に、三人は歓声を上げた。

「そりゃ三度目の正直って奴だよバカ!」

「さっすが潤! 黄金美町最強ってだけはあるなぁ!」

「…………」


 鼻から垂れる血を手で押さえる佳志に、五十嵐は形勢逆転をしたかのようにナイフを彼に突き付けた。


「終わりはテメェだよバーカ。よくも俺の女に酷ぇことしやがったな」

「フゥ……フゥ……ハハハ……バカじゃねえの」

 鬼の顔からわずかなる笑みが浮かび始めた。


 五十嵐は両手を上げて首を傾げ、呆れ返った。


 しかし三人の目は非常に驚倒していて、呆れて笑っている五十嵐はゆっくりと後ろを振り返った。

 すると、そこには見たこともない小型拳銃を片手に持っている佳志の姿が瞳に映った。


「……………マジかよ」

「残念。またも不正解でした。やっぱバカにはこんな簡単な問題も解けないのか」

「あ…アホか……。そんなのオモチャに決まって……」


 速やかに安全装置を押さえ、佳志はカラスに鋭い発砲を浴びせて秋葉の男の足を当てた。

 悶絶する様子からして、どっからどう見ても本物の鉄砲だった。

「お前ヤクザか何かか……? そんなチャカ持ってどう歩くってんだよ……」

「うるせえ。どこで手に入れたかなんて事はどうでもいい話なんだよ。さて、第二問。今から死ぬのは次の内のどっちでしょう?」

 またもや同じ問題を出してきた。


「一、この俺様。二、オメエとそこの人達。三、女」


 佳志はもう一度安全装置を押し、もはや発砲の準備は万全だった。いつ誰が殺されてもおかしくはない状況である。


 一気に怖気づく五十嵐は降参という意味で両手を上げ、ナイフを落とした。実に情けない光景であることに越したことはない。


「頼む……命だけは……」

「答えなかったら問答無用で全員ぶっ殺します」

 唾を飲み、慎重に選択肢を選んだ。


 一を選べばさっきと同じ。喧嘩を売る事になる。二を選べば紛れもなく自分が殺される。三を選べば、自分の女を売る事になる。



 すると、佳志の持っている銃に、他方から弾が当たった。

 佳志の銃ははじけ、遠いところにまで吹っ飛び、もはや彼には持つ物がなかった。

 発狂しながら手首を押さえる佳志に銃口を向けたのは、亜里沙だった。


「デメエゴラア……! ウラギッダダグゾガアアアアアア!」


 声を裏返し、呂律が回らない口で飛び跳ねる佳志に、亜里沙は冷静沈着にただ銃口を向けるのみだった。

「アンタを裏切ったつもりはないわ。私は正しい事をしているだけよ。いくらアンタが味方だろうと、私は警察。拳銃を向ける人間を止めない警察がどこにいるのよ」

「ウルゼエ……デメエモブッゴロズ……!」


 彼は天井に顔を向け、工場の外にも響く劇的な発狂を浴びせた。


 途端、佳志はまるで人が変わったかのように顔を下にし、ゆっくりと顔を前にしたときには、鬼から悪魔へと変化していた。

 真っ赤な顔色から、真っ黒な影ができるほどに威圧が伝わる顔色へと変わる瞬間である。


 亜里沙はそれが何を意味するかがすぐに分かった。


 それが惨殺の佳志であることを。



 そして、女すわりで佳志の顔をただ茫然と見ている愛衣も、その形相を見るのはこれが初めてではなかった。


 その佳志は殺したはずの愛衣を見て動揺し、『何で死んでいないんだ』といった表情で見つめる。

 相手が完全に硬直する瞬間を狙った彼は即座にダッシュし、落ちているマルチナイフを拾った。

 そしてそれを皆に突き付け、再びさっきの体制に後戻りとなってしまった。


「問題、ここで死ぬのはどっちでしょう? 答えは俺以外の人間全員でした」


 考える間も与えず答えを自分で即答した彼は五十嵐へ前蹴りし、その他の三人の内二人を刃物を所持した手で殴り倒した。

 残りのずっと黙っている男が指をボキボキと鳴らした。

「………何だお前。気でも狂ったか?」

「あ? オメェこそ何だよ……」

 そう言いながら佳志はタンカを切る途中の彼を跳んでから頭を足で直撃させた。

 結局五十嵐グループの衆は皆失神してしまい、残るは亜里沙と愛衣のみだった。亜里沙は警戒を抑えずひたすら彼へ銃口を向け続ける。

「…与謝野佳志。アナタははきっと今、この状況が何なのかを把握できていないはずよ」

「……君はこの前の奴だね……。生憎殺しそびれて今じゃ最悪な気分だよ」

「どうして私を殺そうとするの? 私はアナタに何もしていない」

 すると佳志は床に唾を吐き、冷たい笑いを浮かべがら彼女を見下した。


「そんなの、三番目の与謝野佳志をどん底まで悲しませたいからに決まってるだろ? それに俺は君を見ると吐き気がするくらい胸糞悪くなる」

 彼女は安全装置を解き、両手で銃を握った。


「……アナタは最低よ。それは私が知ってる彼の身体なの。私はアナタの事なんて知らない」

「何? それ褒め言葉? 俺の事を知っても知らなくても君は死ぬんだからいいんじゃない? 例えこの俺を撃ったところで、与謝野佳志が死ぬだけなんだからよ」

 実に憎々しい冷笑で彼はそう言った。


 次に彼は唖然と座っている愛衣へナイフを向けた。

「それと、君は絶対に殺すから。俺を裏切った罪は重いよ」

「………助けて……」

 愛衣は亜里沙の方に顔を向け、『助けて』と叫んだ。足を引きずりながら彼女は亜里沙の袖を掴んでそう訴えるが、佳志は問答無用で愛衣の方へ猛走し、右手に握りしめているナイフを立てにし、彼女を襲う。

 しかしそこで工場全体に銃声が鳴り響き、それは佳志が所持するナイフに直撃した。


 グルグルと回って跳び続けるその刃物は再び遠いところへ跳んでしまい、佳志が手首を押さえているところを亜里沙は彼の腹を蹴り、そして床に押し付け、挙げ句に銃口を彼の額にゼロ距離に向けた。

 同時に愛衣は距離を置いて離れた。


「私は、佳志を裏切りたくない。私はアナタなんか佳志だと思っていない! 私は彼に一生分の借りを作った。だから私をそれを返さなければいけない義務がある。だから……佳志なんて絶対殺せない。この引き金は引けない」

「だったら……銃口向けるな」

「今の佳志には向けれるのよ! 今からでもこの引き金を引くことはできる! アナタが死ぬくらいだったら私は何の悲しみも得ない! なぜならアナタは敵だから!」

「どっち道……どの与謝野佳志だろうと……敵は敵だ……」

「三代目は敵だろうと、私を守ってくれたのよ! アナタとは違って人間の心をちゃんと持っているから! 人を人と思っている価値観がまだ彼には残っているから!」

「どこにそんな根拠が……あるっていうんだこの女ァ!」

 彼は額についている銃口を握り、上にいる彼女の腹を蹴り、一瞬で立ち上がってしまった。

 佳志が亜里沙に躊躇いなく引き金を引いた。


 ――しかし、発砲されることはなく、そこで鳴った音は『カチ』くらいだった。


「このアマ……最初から俺を殺すつもりなんかなかったのかよ」

 呆れた佳志は銃を放り投げ、再びナイフへと切り替わった。


 腹を強く蹴られた衝動で苦しむ亜里沙を後に、佳志はただ呆然と立ち尽くす与謝野愛衣に体の向きを変えた。


「また殺してやるよ。ゾンビ」

「止めて……止めてよホントに……」

 彼女はゾッと腰を浮かせる。もはや声が怯えていた。


 佳志は一度ナイフを下ろし、同時に顔を俯かせた。


「………俺は所詮途中から飛び出したもう一つの人格に過ぎない。だから初めは何も分からなかった。だが、お前に裏切られたという苦しみ、悔やみだけは確実に感覚に残っている。記憶は走馬灯のように映り、まるでビッグバンのようにその記憶が繰り広げられた。そしてそこでたどり着いた結論が、人間は殺そうと思えばすぐに殺せるということだけだ。お前が俺の実の姉であって俺を裏切ったということを俺は知っている。だから……お前を殺したつもりだった」

 佳志は両手を顔の目の前にした。

「………殺した、はずだ。殺す寸前に、意識が飛んだ気もする。そこで何が起こり、そしてどうして気が付いたら外の路上で自分が座っていたのかも分からない」

 公園で亜里沙と争ったあの時の後のことだ。


「佳志……ゴメン……。あんたを裏切ったつもりはない。本当に。もう吹っ切れたのよ……。私はアンタを陥れるつもりも、裏切ったつもりもないのよ……」

 空恐ろしげに首をすくめる彼女はそう言った。

 当然佳志がそれを信じることはなく、徐々に涙まで出てくるほどにあたった。


「だったら………何で電話であんな事言ってたんだよ……」

「それは、その人たちも使って……黄金美の浮浪者支援の資金を集めるためで……」

「バカじゃねえの!? そんなの今更信じられる訳ないだろ!? 浮浪者!? お前そんなホームレス達を助けるどころか毛嫌いしてんじゃねえか!」

「だって……あんたは……私を刺した後に……私が頼んだ通りに自分が集めたお金をたった一人の女浮浪者を……助けてくれたじゃない!」

 恐怖で呂律が回らない彼女でも、最後の一言は確実に言えた。


 その時の愛衣の目は本気で、とても嘘とは言えない形相に値した。


「い、意味分かんねえ……。何言ってんだお前……。俺がそんな事するはずねえだろ……。この俺がだぜ……? はは……頭逝っちゃってんのがどっちなのかも分かんねぇや……。お前それだったら最初からそう言えよ……」

「言おうとしたらあんたが話も聞かずに刃物私の胸に刺してきたんじゃないの! 傷は浅かったから、手術で何とかなったけど……」

「意味分かんねぇっつってんだろうがコラァ!」

 彼は絶望的な漢声を身の回り全体に響かせ、目についている涙と鼻の下についている鼻水が飛び散るほどに顔を揺らした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ