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与謝ログ G first story  作者: てら
最終章 亡者の目論見
18/22

Faille 17

 一過性の幸せは儚く、一過性の憎悪はいつまでも続く。

 人間とは常に幸せだから、滅多にない不幸に訪れた時、それが印象深くなってしまうのだ。そして自分が幸せだったという事さえも忘れ、自暴自棄になる。


 一方佳志も同じである。彼の場合はずっと虐めを受け、とても幸せではなかったが、姉と言うただ1人の存在に泣きつく逃げ場というのがある。

 しかし、その逃げ場さえもなくなった彼はトラウマを生み、そのトラウマを今すぐにでも忘れたいと言う願いがあっという間に叶ってしまった。

 だから彼はすぐに人が変わった。


 意識を失う寸前に思ったことが現実に化す瞬間とも言える。

『人間なんて、殺そうと思えばアリのように殺せる』

 彼は知らぬ間にかおよそ五人の犠牲者を出し、警察は彼に精神的な圧迫を察知し、少年院とは伝えたが実際は完全防備の医療刑務所。


 しかし亜里沙は見たはず。彼が気持ち悪いくらいに優しく、そして臆病だったときの与謝野佳志を。


 そう、極論アレが第二の増幅人格、惨殺の佳志なのだ。

 最初はあの佳志が元の人格だと亜里沙は思っていたが、署の精神医療にあたる佳志担当者の話を聞く限り、そうではないという事が明らかにされた。


「えっと……どうしてなんですか? だってあの時の彼はとても人を殺すような人相には……」

「亜里沙さん、本質を見なければいけませんよ」

 署の診断室にて医者と亜里沙が座って話をしていた。

「あの優しさ、臆病な態度はですね、作りですよ、作り。人をアリかハエとしか見てない彼がとる戦法の一つです。分かりますよね? 話によるとあなた、あの男に意味もなく不意打ちで殺されそうになったらしいではありませんか」

 言われてみれば、確かにそんなような気がして来た。

 もし本当にあの優しさがフリなのだとすれば、十分に考えられるからだ。

 まず、惨殺の佳志は『人はアリかハエ』と目論んだ時から人格が生まれ、目の前にいる姉を殺害。後に刃物を所持したまま大通りの歩行者地獄の人間を次々と殺傷し、その一ヶ月半後に逮捕された。恐らく殺傷後は意識がなくなっていたのだろう。

 そして次に目を覚ましたのは、あの五十嵐との戦闘が終わった後、どこかであの人格が蘇ったのだろう。その時の彼の記憶に残ってるわずかな女性の顔。その佳志はその些細な記憶を任せて探し、そしてゴミ箱を蹴る仁神亜里沙を見つけた。

 最初は即座に殺そうとしたが、頭に濁るように残るその記憶が彼を邪魔し、一端殺害を止め、なるべく時間を置いてから殺害することを決した。

 ゆえに彼は亜里沙に驚くべく紳士的な対応をし、尚且つ見ず知らずの不良と出くわした際は泣きわめいた。その涙は、嘘である。

 その時の彼の企みは、泣いた自分をまず犠牲にし、不良達にやられた後の亜里沙にとどめを刺すことだった。

 しかしそこで彼は重度な目まいをし始め、何かに激しく邪魔されるかのように人格が入れ替わった。気が付いた時には、もうあの普通の佳志に戻っていた。

状況は分からなかったが、引き続き彼はただひたすら目の前にいる不良達を殴り倒した。

 しばらく惨殺の佳志は出る幕を失ったが、何度か普通の佳志に自分の感覚を押し付け、不良同士の喧嘩さえも刺殺する寸前もあった。


 が、しかし。いつしか普通の佳志の方が精神力は強くなっていき、そのキッカケを作ったのが、あの仁神組の話だった。

 その時初めて佳志に『味方』という心強い、そして衰えた精神を強くする圧倒的な保養となった。

 亜里沙という飴とムチを称した女性は、佳志の精神に大きな変化を与えた。


 だがそれに緊迫感を覚える惨殺の佳志は、自分が消える事を恐れて一気に意識を、強引に変えさせたのだ。

 そして病室に運ばれた時には既に体の神経は惨殺の佳志に入れ替わっており、救急箱を取ろうとする彼女の後ろからたまたま尻ポケットの中にあったマルチナイフを取り出して、一直線に突き刺した。

 彼女は寸前に刃物を避けるが、その時の佳志は言葉などまるで聞かず、歯ぎしりを立てながら亜里沙に刃物をジリジリと構えた。

 ――この女は絶対に殺す。邪魔だ。

 そう目論んだ彼は亜里沙を追いかけ回し、それは公安部の事務所にまで響く壮絶な鬼ごっことも言える。


 尻もちをついた彼女にとどめを刺すと同時に、強引に這い上がった普段の佳志がようやくそこで意識を取り戻した――。



 二つの佳志のアリバイは、そこで終了した。


 これは全部、担当者の話と自分の推測、そして人格衝動が起きる以前の佳志の記憶を束ね合わせた結論になる。



 ――なぜそのような男が、荒んで倒れていた私に手を差し伸べてくれたのか。


 それだけはどの人格の佳志に当てはめても、推測しようがなかった。



 事務所のオフィスでそう独りで抱え込んでいる亜里沙の後ろから、ホットコーヒーが頬に触れた。

「あつっ……」

 妙な殺気を感じ後ろを振り向くと、そこには両手に缶を持っている佳志の姿があった。

「そんな顔してどうしたんだよ」

「い…いや、別に……」

「オメエも悩みがあんなら、ちょっとは俺に相談しろよな」

「ふん、犯罪者に利く口じゃありません」

「んだとコラ……」

 都合がどんどん変わる亜里沙に佳志は腹を立てたが、それはすぐに消えた。佳志の横からしかめっ面の金司が現れた。


「………お前、この前の事分かってるよな?」

「………………」

 どう見ても怒っている表情だった金司は佳志の肩をポンと叩き、苦笑った。

「まぁ事情はよく聞いた。安心しろ、約束は守る。俺の言う任務を一つたりとも失敗しなかったら、お前は黄金美町に限り自由の身だ。そして残り一週間もないわけだが……」

 金司は佳志にある書類を渡し、再び眉間にしわを寄せた。


「今回は手ごわいぞ」


 書類を見てみると、そこには見覚えのある顔の人間が二人、写真として載っていた。


 一人は男。金髪のモヒカン、顔の至る箇所にピアス、体格は佳志以上の、五十嵐だ。


 そして2人目は――姉だった。


 彼は書類を限りなく凝視した。

「ど……どういう事だよこれ……?」

「読めば分かる。佳志にとっては……不幸中の幸い、あるいは幸い中の不幸というべきなのか……」

 座っていた亜里沙もその場で立ち上がり、書類の内容を読み上げた。


「五十嵐潤と……与謝野愛衣は肉体関係であり、それは今もなお続いている事が判明」

「待てよ……姉貴は……」

「………死んでないって事になるわね」

 その場で笑っている人間は誰一人いなかった。


 二人がいる場所の目星はない。


 佳志は追い詰められた表情で自分のオフィスに座り、色々考えた。そもそもなぜ五十嵐と自分の姉が交際しているのか。

「佳志、俺はお前の事よく分からないが、五十嵐の居場所は大体目処がついているぞ」

「教えて」

「西コンテナの横にある工場だ。奴は一匹狼と記されているが秋葉や新宿、銀座の最強の不良達と溜まっている習性がある」

「つまりその五十嵐って男は人気の少ない西南地区にいるってことか」

「まぁ確かにあそこは黄金美地区よりは断然平和だからな。五十嵐は暴走族の一人でもないし、原付は持っているがうるさくはない。西南地区の住民には迷惑をかけていないが、この前亜里沙が補導した時に知ったわずかな情報だ」

「…………」

 佳志はハンガーからシャツを取り出し、それを着衣した。

 行くことを察した亜里沙も立ち上がる。

「独りで行くのはあまりにも危険よ。行くなら私も付いて行く」

「危ない目に遭うぞ」

「警察なんて危ない目に遭ってナンボよ。アンタと違って私は経験積んでるのよ」

「……。いや、俺一人で行く。これは俺だけの問題だよ」

 それでもついて行こうとする彼女に佳志は肩を押して「ついてくるな」と指示した。


 佳志は左腕のシャツに腕を通し、事務所の扉を開けた。



 彼は西方面の工場を歩いて行った。近くはない。自転車も車もないからだ。署から工場まで歩く時、佳志は儚く散っていくその葉と紙きれを、炎で燃やしていた。その時に吐いた煙はまるで、今から散る自分にも思えてくるぐらい虚しく感じる。

 ハッキリ言ってしまえば、勝ち目などない。相手も話を聞いてくれる相手ではないという事ぐらい承知の上である。


 だが、自分の姉が今の自分と会った時、どんな顔をするのか、それを知りたかっただけなのだ。

 もしかしたら、自分は姉など殺していないのだろうか。そう疑問を抱くくらいになる。

 そんな時、歩道の信号を待っている間。


 背後から妙な殺気を感じ取った。しかしその気配は爆裂的な殺気で、振り向くこともできないくらいである。

 その背後の足音が徐々に自分に近付いて行き、鼻息さえ聞こえる至近距離に陥った。

 香水の匂い。それは女性である根拠の一つ。鼻息が肩で感じ取れるほどに女は佳志に近付き、金縛りにでもあったかのように硬直する佳志の耳に舌を当てた。

 瞬時に彼は後ろを振り向き、これまでにない胸糞悪さが生じた彼は透かさずナイフを取り出した。

「ちゃお」

 満面の笑みを浮かべて佳志に手を振る女は、彼にとっては見覚えのある人間だった。

 しかし、佳志が笑い返すことはまずなく、ナイフさえも仕舞うことはなかった。

「テメエ……」

「そんな怖い顔しても何も出ないよー」

 女は紛れもなく、佳志の姉だった。

 それは誰が見たって同じことを思うはず。

 なぜなら、その二人は瓜二つだから。


 同じ髪型、同じ顔、身長もさほど変わらぬ者同士が今、交差点の歩道で立ち会っている。相違点は金髪であることと胸があるということのみ。

 佳志は危害を加えられないと試み刃物を一度降ろした。


「……オメエ、五十嵐って奴と交際してんのは本当か?」

 愛衣は純粋な笑みから急に憎々しい冷笑へと変わった。

「潤と? うん、そうだけど? ていうか紛れもなく肉体関係だけど?」

「どうやら話によると、俺は奴の下についてた人間だったらしいが、もしかしてオメエそれ知ってたのか?」

「当たり前じゃん。アンタが潤に弟子入りする前からずっと付き合ってたし。アイツ金ないから私が逆玉しようと思ったのよねー」

「…………このクソアマが」

「何とでも言えば? それよりあんたいつの間に刑務所から出れたんだ。まだ十六歳って歳なのに刑務所とか、マジ笑えるんですけど」

「俺はオメエを殺したはずだぞ。オメエこそ何でいつの間に生き返ってんだよ」

 すると愛衣は胸元を彼に見せつけた。

 そこには厚いサラシが巻いてある。

「あんたのせいで手術代に手込んだのよ。これ、さっさと払いな?」

「……あ? オメエ俺の集めた金持っていかなかったの?」

 すると彼女はわずかに動揺し、かけていたカバンを落とすところだった。

「うるさい。今すぐ二百万、渡せ」

 そう掌で佳志に要求する。


 その時佳志の心境は大きく揺らぎ、最終的には激昂へと頂点が増した。

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