Faille 11
既に彼の眉間には計り知れない電光が走っていた。虎郎はもちろん、亜里沙も面食らっていた。
虎郎は起き上がり、砂によって汚れた服をはらい、ニヤニヤと笑い始めた。
「どこの誰だか知らねぇが、ヤクザに手出してタダで済むと思ってないよな?」
彼は三十センチほどの刃を取り出した。氷刃のような白い裸の刀がぎらぎら光る。
一方佳志も尻ポケットから、お馴染みのマルチナイフを取り出した。
「ははは、このリーチの差があって、どうやって勝つつもりだ貴様?」
「武器は長さじゃなくて気合だよ」
「やれるもんなら……やってみろやボケエ!」
虎郎は佳志に刃を真っ直ぐ刺そうとし、佳志は上半身を下にして避けた。
勝負は二秒でついた。
佳志は虎郎の懐へダッシュし、脇の動脈に刃をつけた。一方虎郎の刃先は人間の肌でも服でもなく、空気だった。
「ここで問題。今から死ぬのは次の内どっちでしょう?」
「……………」
「一、鋭い刃先が酸素に触れているオールバックのお兄さん」
「貴様………」
「二、急所を完全に確保した通りすがりのチンピラ。正解したらあの世への片道切符は渡さないでおくよ」
その簡単な問題を出題された虎郎は、五秒ほど沈黙と化した。
そして出た答えは、後者だ。
「………二番の、方だ」
「大正解」
佳志は刃物をおろし、虎郎が持っている刀を蹴り上げた。回転した刀は見事に砂浜に刺さった。
ひとまず命の危険を避けることができたと安心した虎郎に、佳志は彼の顎を魚の様に跳ね上げて蹴った。
倒れた彼に佳志は顔を足で押さえた。
「二度と黄金美町に入ってくんじゃねえ。この街にはヤクザだけはいないんだよ」
「こ……小僧……、どうしてそんなに、その小娘をかばうんだ……。その娘とお前は、あくまでも……敵なんだぞ……!」
「あ? そんなの決まってんじゃねえか」
佳志は後ろにいる亜里沙に親指をたててさした。
「俺はアイツが大好きだからだよ」
そう言うと、亜里沙も虎郎も驚倒したが、後に佳志は亜里沙の方を見て、
「保護者代理人としてな」
と後付した。
「ど…どういう事だ……。保護者…代理人だと?」
「アイツは俺の世話をしてくれるただ1人の女の子だ。こんな俺を真剣に叱ってくれたのは、亜里沙ぐらいしかいなかったからよ。普通の奴は皆、自分の身を守る事しか考えず、俺を避け、誰も何も言わなかった。だから、例えどんなに痛えパンチだろうと、俺は正直嬉しかったんだよ。だからアイツだけは、俺は受け入れなければいけない義務があるって思った。だから俺は、アイツを助けて、今オメエという悪党中の悪党をぶっ潰した。だからもう、近寄んな。関わらないであげてくれ」
佳志は最後に倒れている虎郎に、深々と頭を下げた。
先日亜里沙がメイルバールたちに頭を下げたかような姿勢に、限りなく似ていた。
しばらくすると春成が目を覚まし、佳志に銃口を向けた。
「おいテメエ! 虎郎に何してんだコラァ!」
すると虎郎は立ち上がり、春成の握っている拳銃を手で押さえ、首を左右に振った。
「俺らの負けだ。諦めよう」
「何だと……!? おい虎郎、お前それでいいのかよ!?」
「あぁ。とりあえず水木組の組長には、黄金美町に彼女はいなかったって伝えておく。お前も自分の組長にそう報告しとけ」
「………………」
虎郎は春成の肩を叩き、その場を去った。
どうやら、本当に彼らは諦めたようだ。
浜辺に残された二人。亜里沙はモジモジした仕草を取りながら背を向けている佳志に声をかけた。
「あの……えっと、その……」
「ん……」
「あ、ありがとね。もしアンタが来てなかったら私、今頃またあの職に行くところだったし……」
「俺は別にいいよ。気にするな。でもお前が言ってたヨシユキって人間を裏切るような真似は二度とするなよ」
「アンタ……人の事ロクに考えないのに、どうしてヨシユキの事だけはまるで初めから関わってたかのうような口で……」
「……別に。お前にとっては大切な人だったんだろその人は? 大切だと思ってる人を裏切るのは、例え他人事だろうと俺は首をつっこむよ。俺のまわりは、別に大切な人間とかいないから、お前が羨ましいよ」
彼はそう言ってわずかに、苦笑いを浮かべた。
それに気付いた彼女も、分かり易いくらいに苦笑った。
「アンタ、何か面白いわね。タダの無神経なのかと思ったら、変なところで鋭いし、タダの悪党だと思ったら、今度は私を助けてくれるし」
「バイキンマンはドキンチャンが危険にさらされてる時、見過ごさないだろ。そしてバイキンマンはアンパンマンをやっつけるのが目的なのに、アンパンマンが本当に生死彷徨う時になると、彼はアンパンマンを全力で助けるんだ」
「何よ? そんな話あった?」
「あぁ。一度見れば分かる。どんな悪者でも、人間できてるってことだよ。俺はまだ人間辞めたつもりないからよ」
「アンタって本当面白いわー!」
亜里沙は彼の背中をポンと叩き、そう笑い上げた。
「気に入ったわ。じゃあアンタは今から私の息子代理人ね!」
「は!?」
「だって保護者の反対は息子か娘でしょ? だったらアンタは息子代理人よ! さてさて、親孝行しなさいよ」
「何だよそれ。おかしな奴だな。さすが元ヤクザ」
「だーうるさいわね! さっさと帰るわよ! 今日の夕食何がいい?」
「カレーライスしか」
二人はその時だけ、本当の親子の様な、本当の仲間のような感じがしていた。
他の人間では絶対に予測はつけないだろう。
この2人が、警察官と犯罪者という前代未聞のコンビであるということを。
そう、気付かれてはお終いなのだ。




