新・第42話『零の気だるげな暇つぶし』―最速の閃光と言われた男―(後編)
銀色の閃光が、迷宮の回廊を駆け抜ける。
感度掌握によって把握した最短ルートを、一切の迷いなく突き進む。
角を曲がったその瞬間巨大な狼型の魔物が、倒れ込んだ探索者へ飛び掛かろうとしていた。
恐怖で腰を抜かした若い探索者は、武器を握ることすらできず、ただ迫る牙を見上げることしかできない。
「やべ……」若い探索者が死を覚悟した、その瞬間だった。
ザシュッ――!!
銀色の刃が閃く。
狼型の魔物の首が宙を舞い、そのまま地面へ転がり、探索者は呆然と顔を上げる。
「え……?」
目の前に立っていたのは、気だるそうに首筋を掻く銀髪の男。
「立てるか」
「い、一ノ瀬零……!?」
「怪我は」
「だ、大丈夫です……」
「なら走れ」
零はそれだけ言うと、背後へ視線を向けた。
感度掌握で把握している。
さらに三体右通路から接近。
ザンッ!
ザシュッ!!
ククリナイフが流れるように舞う。
三体の魔物は悲鳴すら上げられず、その場へ崩れ落ちた。
「ぼさっとすんな」
「出口まで走れ」
「は、はい!」
探索者は何度も頭を下げながら走り去っていく。
コメント欄が一気に流れた。
『速すぎて見えない!?』
『今、三体斬りました!?』
『零様かっこよすぎます……!』
『助け方までスマート……』
『スパチャ¥100,000:零様、どうかご無事で!』
零はコメント欄へ目を向けない。
「……」
再び感度掌握。
上層の壁や床へ飛ばした遠距離スキルから、新しい情報が流れ込んでくる。
左側通路に子どもを庇う女性探索者がいる。
奥には魔物が五体。
さらに反対側には二人が瓦礫へ閉じ込められている。
「……次」
再び地面を蹴る。
ドンッ!!
身体能力を極限まで引き上げた零は、一瞬で次の現場へ到達した。
魔物の群れが女性探索者へ迫る中、女性は震えながら子どもを抱き締めていた。
「お願い……!」
その声より早く銀色の閃光が群れの中へ飛び込む。
ザザザザッ!!
四体、五体、六体次々と血飛沫が舞う。
魔物たちは何が起きたか理解することなく絶命していた。
「……もう大丈夫だ」
女性は涙を流した。
「ありがとう……ございます……」
零は頷くだけだった。
その姿を見た子どもが、小さな声で呟く。
「お兄ちゃん……強い……」
零は返事をせず、ただ踵を返す。
感謝されるために助けたわけじゃない。
助けられる命がある。
だから助ける。
それだけだった。再び感度掌握。
壁へ浮かぶ血管のような紋様が脈打つ。
ドクン。
ドクン。
新たな情報。
「……まだいる」
上層だけでも、避難しきれていない探索者が点在している。
零は舌打ちした。
「多すぎんだろ」
それでも足は止まらなず、一人また一人。
魔物へ追い詰められた探索者を助けていく。
逃げ遅れた老人を抱えて走る若い探索者や、腕を負傷した女性そして、仲間を引きずって避難するパーティ。
感度掌握で位置を把握し最短距離で駆け抜け魔物だけを切り伏せる。
コメント欄には、もう黄色い歓声はほとんど流れていなかった。
『零様……』
『お願い、ご無事で』
『どうか誰も死なないで』
『頑張って……!』
『今は応援しかできない……』
零は小さく息を吐く。
「……一花なら」
こんな時でも思い出すあの、ひまわりの様な笑顔。
泣いている誰かを放ってはおけない。そんな奴だった。
「……面倒くせぇ」
苦笑が漏れる。
「ほんと面倒くせぇ女だ」
それでもその面倒くささに救われた人間が、ここにいる。
だから零は走る。
嫌いな能力を使って嫌いな感覚に耐えながら一人でも多く助けるために。
その頃。
下層では、コメント欄を読みながら探索していた愛染恋が、スタンピートに巻き込まれ、逃げていく魔物の群れを追い掛けていた。
中層では、白雪琴音が傷ついた探索者たちを庇いながら、一人で魔物の群れへ立ち向かっている。
その想いだけを胸に戦い続ける。
そして。
入口付近では。
世界一位の探索者が、押し寄せる魔物を押し返す教え子のシャイニングスターと他の探索者の元へかけつけようとしている。
銀色の閃光は、なおも誰かを救うために。迷宮を駆け続ける。その足は、一度も止まらなかった。




