新・第18話『その少女、クラッシャー【前編】:『狂いゆく男たちの嫉妬。カメラの前で引き裂かれる純潔の危機』
お気に入りのピンクの地雷系ギャル服に身を包み、きらきらとした最先端のメイクで武装を施した姿で、恋は姿見の鏡の前に立っていた。
不器用な手つきでピンクブロンドの髪を高い位置で二つに結び、完璧なツインテールを作り上げる。 誰もいない、静まり返ったスラム街のボロ小屋。恋は鏡の中に映る自分の姿へ、いいえ、その背後に優しく佇んでいるはずの、大好きな男の子の幻影に向けて、熱を帯びた声でそっと微笑みかけた。
「今日も、ヒロくんが言ってくれた可愛いを、みんなに認めさせに行ってくるね……⭐︎」
――カチ、と彼女の精神の底で、何かが決定的に切り替わる音がした。 次の瞬間、彼女の両目の奥に、世界を分からせるための狂った執念の証明である
『鮮やかなピンクのハートマーク』が妖しく浮かび上がる。恋はヒロの遺した宝物を世界に刻み付けるため、完璧な「可愛いギャル」の仮面を被って家を出た。
◇
「ねぇ、たくみくんの今日の剣の振り方、すっごくキレキレで格好よかったぁ⭐︎ れん、後ろで見てて、胸がドキドキしちゃった!」
「え、あ、おう……! ま、まぁな! これくらいBランク上位の俺からすれば、朝飯前だろ?」
ダンジョン中層エリア。安全地帯の広場で、【インフィニティ】のリーダーである大剣使いの男・たくみは、鼻の下を限界まで伸ばし、真っ赤になった顔を隠すように豪快に笑った。
そんな彼の様子を、少し離れた場所で魔導書の整理をしていた魔術師・しょうたと、弓使いのれんじが、地の底から響くような昏い眼光で激しく睨みつけている。
彼ら【インフィニティ】に、あの超新星ギャル配信者・れんが電撃加入してから、わずか数週間。 恋の狙い通り、彼らの知名度と莫大な視聴者層を極上の『踏み台』として吸い上げた彼女のチャンネルは、瞬く間に同時視聴者数数十万人を叩き出す超大手へと大爆発を遂げていた。
浮遊するカメラドローンの下部に流れる生放送のコメント欄は、今日も尋常ではない速度でスクロールしている。
『おつれんキタアアアア! 今日もれんたん世界一可愛い!』
『インフィニティに入ってから配信の画角が豪華になって最高⭐︎』
『っていうか、インフィニティの男どもの顔、マジでニヤけすぎてて草』
『【警告】地雷原の真ん中でタップダンス踊ってることに早く気づけ男たちww』
画面の向こうの有象無象たちは、恋の愛らしいファンサに狂喜乱舞している。 だが、一番狂わされていたのは、他ならぬ同じパーティの男3人だった。
「たくみくんだけじゃないよ? しょうたくんのさっきの魔術のタイミングも、れん、すっごく助かっちゃった! ありがとね⭐︎」
「っ……! ああ、僕の計算通りの発動だからね。……誰かさんみたいに、ただ力任せに大剣を振り回すだけの脳筋とはワケが違うさ」
「あ? しょうた、お前今なんつった?」
恋が微笑みを向けた瞬間、しょうたの眼鏡の奥の瞳がギラリと光り、たくみを挑発するように口元を歪めた。
いつもは物静かな弓使いのれんじまでもが、恋の前にスッと割り込み、彼女の細い手首を掴もうと自分の手を伸ばした。
「れん。次のエリアは俺が先頭を歩く。俺の放つ矢の軌道……誰よりも近くで、俺“だけ”を見ていてほしい」
「うんっ⭐︎ れんじくんの矢、いつも百発百中だもんね! れん、れんじくんの後ろ、喜んでついてっちゃう!」
恋は一切嫌がる素振りを隠し、とびきり甘い全肯定の営業スマイルを咲かせて男たちの名前を優しく呼び、交互にその手を握っていく。男たちは完全に脳のブレーキを破壊され、
「れんは俺に気がある」
「いや、れんは俺の活躍を一番見ている」
と、勝手にガチ恋の勘違いを限界まで加速させていた。 しかし
――恋の心のピントは、やはり目の前の男たちの顔には1ミリも合っていなかった。彼女の視線の先にあるのは、男たちの背後で不気味に滞空しているドローンのレンズ。そして、そこに反射して映る、自分のピンク色のツインテールだけだ。
(早く、もっと貢いでよ、有象無象。君たちの薄汚い嫉妬も、醜い独占欲も、世界中に『ヒロくんの愛した私』を分からせるための、ただの安い燃料なんだから)
どれほど男たちの名前を甘く呼び、思わせぶりな態度を取ろうとも、恋が他人にその身体を許すことは、指一本触れさせることすら、天地がひっくり返ってもあり得ない。彼女の全肯定ムーブは世界をジャックするための冷徹な『ビジネス』であり、彼女の操操は、ヒロのためだけに捧げられた絶対の純潔なのだから。
だが、恋が意図的に振り撒いた「偽物の愛」の猛毒は、すでに【インフィニティ】の強固だったはずの絆を、内側から完全にドロドロに溶かし尽くしていた。
次のエリアへ向かう通路を歩く間も、男3人の殺気は限界を超えて高まり、腰の武器の柄に手をかけたまま、互いを「恋敵」として激しく敵視していた。 そして――パーティの狂気が、最悪の限界点を迎えたのは、中層最深部の広場へ足を踏み入れた瞬間だった。
「ねぇ、たくみ君、しょうた君、れんじ君……? どうしたの? 魔物が目の前にいるのに、なんで構えないの……?」
異変に気づいた恋が、声を漏らす。 広場には、狂暴な中層の魔物が数匹現れていた。しかし、男3人は魔物など完全に無視して、血走った眼光を、一斉にパーティの紅一点――恋へと向けたのだ。
「……なぁ、れん。本当は、誰が一番好きなんだ?」
リーダーのたくみが、大剣を地面に突き立て、濁った目で恋にじりじりと近づいてくる。
「僕の魔法を褒めてくれたよね? 脳筋のたくみなんかより、僕の方が君にふさわしいはずだ」
「違う、れんは俺の後ろについてくると言った。……おい、ハッキリさせろよ。この中で誰のモノになるんだ?」
魔術師のしょうたが、弓使いのれんじが、完全にガチ恋の嫉妬で狂い、恋を品定めするように包囲を狭めていく。 その異常な絵面は、滞空するカメラドローンを通じて、生放送で数十万人の視聴者の前に赤裸々に映し出されていた。コメント欄が恐怖とパニックで一瞬にして大爆発を起こす。
『え、待て待て待て!? インフィニティの男たちの目がガチでイカれてる!!』
『魔物放置してれんたんを囲んでるぞ!? これ、ヤバい奴だ!!』
『配信中だぞお前ら!! 何考えてんだ!!』
『れんたん逃げてぇぇぇえええッ!!!』
恋は一瞬、いつものように彼らの邪悪な執着の視線を「私への愛(注目)」として脳内で都合よく変換しようとした。そうすれば、
固有スキル【純愛過剰負荷】が発動して彼らを床ごと押し潰せるはずだった。
しかし
――男たちの目が、完全に『一線を越えた』。
「……違う。」
「この目は違う。」
恋の瞳から、ゆっくりとハートマークが消えていく。
「ヒロくんみたいに……れんを見てくれてる目じゃない……。」
「れんを……壊そうとしてる目だ……。」
胸の奥が、凍り付く。
スラム街で何度も見た。
食べ物を奪う大人。
石を投げる男。
ヒロを失ったあの日。
――全部同じ目だった。
「いや……。」
「いやぁ……っ。」
「おい……カメラなんてどうでもいい。こんな可愛い特級品のギャルが目の前にいるんだ。言葉で言っても分からないなら……ここで力ずくで、誰のモノか、その身体に分からせてやるよ……っ!!」
たくみが下卑た笑みを浮かべて、恋の華奢な肩を乱暴に掴み、冷たい地面へと強引に組み伏せた。しょうたが彼女の両腕をがっしりと押さえつけ、れんじがその細い脚を容赦なく踏みつける。
それは、愛や執着などではない。 自分を裏切った(と勝手に思い込んでいる)女を暴力で蹂躙し、陵辱しようとする、純然たる、生々しい『悪意』と『暴力』だった。
「や……嫌だ、放してっ! たくみくん、しょうたくん……放してよぅっ!!」
恋は必死に身をよじって抵抗するが、男たちの凄まじい筋力に抑え込まれ、びくともしない。
恋の固有スキル【純愛過剰負荷】は、相手からの好意や注目を『愛』として受け取った時にしか強く発動できない。
明確な悪意、純粋な暴力、いやらしい下劣な陵辱の意図を真っ正面から向けられた瞬間――彼女の防衛フィルターは機能しなくなり、彼女の力は完全に消失してしまう。
ヒロを失って狂ってしまったけれど。どれほど男たちを勘違いさせようとも、心の底にはヒロしかおらず、身体を許すことなど絶対にないと決めていた、彼女の気高い純潔。
それが今、生放送で数十万人がリアルタイムで見つめるドローンの目の前で、狂った男たちの暴力によって無残に引き裂かれようとしていた。
恋は、ただの、力のない、155センチの怯えるだけの、普通の女の子に戻ってしまっていた――。
あの日、ヒロの背中に守られて泣くことしかできなかった、小さな少女と何一つ変わらないまま。
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次の物語でも、また会おうね♪
「ねえ……私のこと、忘れないでね?」




