新・第17話『純愛のハジマリ』【後編】:『有象無象の視線もただの燃料。世界をジャックするための冷徹な計算』
ヒロのお墓に星の結晶のブレスレットを供え、買い揃えたピンクの地雷系ギャル服と化粧品という名の「武装」をその身に纏った日から、恋の本当の戦争が始まった。
――おつかれん〜っ⭐︎ そう言ってドローンのカメラに向かって可憐に微笑む彼女のチャンネルは、日に日に同接数を伸ばし、ギルド内でも「期待の超新星」としてその名が知られ始めていた。
――もちろん、最初から順風満帆だったわけではない。
配信を始めたばかりの頃は、ギルドの大画面に映っても「また新人か」と興味を持たれず、コメント欄も数えるほどしか流れなかった。
『ギャル路線なんて今さら珍しくないだろ』
『可愛いだけじゃ生き残れない世界だぞ』
そんな冷たい反応を見ても、恋は一度も表情を曇らせなかった。
(大丈夫。ヒロが世界一可愛いって言ってくれたれんなんだから。世界のみんなにも、絶対に認めさせてみせる。)
だが、ただダンジョンに潜って愛らしく振る舞うだけで、この弱肉強食の配信時代を勝ち抜けるほど現実は甘くない。恋は誰よりもそれを理解していた。ヒロが世界で一番大好きだと言ってくれた自分を、世界の全員の脳裏に力づくで認めさせる(分からせらせる)ためには、使えるものは泥の破片ですら全て利用してやるという、冷徹なまでの計算と執念が彼女にはあった。
「あ、受付のお兄さん、お疲れ様です⭐︎ 今日もれんのこと、ちゃんと一番大きな画面に映るようにシステム応援してね? れん、お兄ちゃんのこと信じてるんだからぁ……っ」
ギルドのカウンター越しに、恋は瞳のハートマークを潤ませ、上目遣いで受付の男性職員の手をそっと握る。 男性職員は一瞬で顔を林檎のように真っ赤にし、ガタガタと震えながら
「は、はいっ! 喜んで!」とキーボードを叩いた。 すべては計算だ。
職員に気に入られれば、少しでも機材の融通が利き、配信のプロモーション枠やおすすめ欄に優先して表示されやすくなる。 ギルドの飲食スペースに足を運べば、今度は酒を煽っているむさ苦しい男の冒険者たちに、これ以上ないほど甘い声をかける。
「お兄さんたち、今日もダンジョンパトロールお疲れ様⭐︎ れん、お兄さんたちみたいな強い人がギルドにいてくれるだけで、すっごく安心しちゃうな。今度の配信も、ちゃーんと最前列で見守っててね?」
「おおお、おう! 任せとけ、れんちゃん! 次の配信はスパチャ弾んじゃうからな!」 鼻の下を伸ばして「あの子、絶対に俺に気があるぞ」と勝手に盛り上がる男たちを、恋は完璧な営業スマイルで見つめ返す。
しかし、彼女の視線のピントは、目の前の男たちの顔には1ミリも合っていなかった。彼女が見ているのは、男たちの背後にある端末の同接数のグラフであり、ギルドのランキング画面の数字だけだ。
(勘違いして勝手に貢げばいいよ、有象無象。君たちの薄汚れた視線も、下卑た下心も、れんの可愛い笑顔を世界中に拡散するための、ただの燃料(お金)に過ぎないんだから)
恋の心のいちばん深い場所、誰の手も届かない聖域には、永遠に、あの夕日の路地裏で微笑んでくれたヒロただ一人だけが鎮座している。
だからこそ、どれほど男たちに「大好き⭐︎」と言って思わせぶりな態度を取ろうとも、彼女が他人にその身体を許すことは、指一本触れさせることすら、天地がひっくり返ってもあり得なかった。
彼女の全肯定ムーブは、世界をジャックするための純粋な『ビジネス』であり、彼女の操操は、ヒロのためだけに捧げられた絶対の純潔だった。
◇
しかし、ソロで潜り続ける地の底は、常に精神を狂わせるほどの過酷さに満ちていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……っ……!」
ダンジョン第3階層。冷たい大気が肺を焦がす薄暗い回廊で、恋は一人、血の混じった荒い息を吐きながら壁に背中を預けていた。
ソロ配信者は、カメラの画角(映え)を一人でコントロールしながら、同時に敵の奇襲に備えなければならない。少しでも気を抜けば、あの日のヒロのように、一瞬で魔物の牙に命を刈り取られる。
その恐怖とストレスは、彼女の華奢な精神をガリガリと削り続けていた。 通路の角から、恋の放つ甘い香りと、新人ならではの微かな「弱者の気配」を察知した中層の魔物『プレデター・ウルフ』のつがいが、低く唸りながら姿を現した。
殺意に血走った四つの瞳が、恋のピンク色の髪をじっと見据える。 生々しい、暴力の視線。 その瞬間、極限の孤独と疲労のなかにいた恋の脳内で、防衛本能の狂気がカチリと音を立てて暴走を始める。
目の前の狼たちの凶悪な眼差しが、スラム街で自分を「可愛い」と見つめてくれた、あのヒロの優しい瞳に都合よく変換されて幻視される。
「あ……うふふ……。狼さんたちも、れんのツインテール、可愛いって思って見てくれてるんだ……。そんなにれんのことが、欲しいんだね……? 嬉しいなぁ、愛されてるなぁ、れん……っ⭐︎」
恋の胸が激しくキュンと高鳴り、瞳のハートマークが妖しく光る。 次の瞬間、スマホを操作するでも、呪文を唱えるでもなく、彼女の脳内の暴走と連動して、
固有スキル【純愛過剰負荷】が、完全に無自覚なまま最大出力で自然発動した。
――ミシ、ミシミシミシッ!!!
空間が悲鳴を上げ、目に見えない漆黒の超重力が通路にズドンと降り注ぐ。「ぶふっ!?」と狼たちが一歩も近付くことすら許されず、床へとペシャンコに叩きつけられ、その頑丈な骨をメリメリと粉砕されて消滅エフェクトへと変わっていった。
愛した(と勘違いした)対象が、自分の重力の重さに耐えきれずに壊れていく。その光景に、恋はポロポロと涙を流してその場にへたり込んだ。
『れんたん泣かないで! 俺たちがずっと画面の向こうにいるから!』
『愛が重すぎて周囲を圧死させるギャル、マジで最高にゾクゾクする』
『今日も同接数が狂った速度で跳ね上がってるぞww』
『スパチャ¥30,000:今日も世界一可愛いよ、れんたん!!』
「……ひっく、みんな、優しいコメントありがとう……⭐︎」
恋は涙を拭うと、ヒロの遺した言葉を胸に、カメラに向かって無理やり、完璧に可愛いギャルの笑顔を作って見せた。 しかし、ソロでの活動が軌道に乗り、ギルド内での知名度が高まるにつれて、彼女の周りには、より露骨で、より邪悪な「下心」を持った男たちが集まり始めていた。
「おーう、噂の新人ちゃんじゃん。ソロでそんなに泣きながら潜るなんて、可哀想に。なぁ、俺たちのBランク上位パーティ『インフィニティ』に入らない? 強い男たちに守られながら配信した方が、もっとたくさん稼げるぜ?」
ギルドの酒場に戻るたびに、ギラついた嫌らしい目で恋の身体をなめ回すように見てくる、実力だけはある上位探索者の男たち。 恋は最初、彼らの誘いを冷ややかに一蹴していた。一人で画面(同接)を独占している方が、圧倒的に配信映えが狙えるからだ。
だが、執拗に迫る彼らのチャンネルの「登録者数」と「莫大な視聴者層」のデータを突きつけられた瞬間、恋の瞳の奥のハートマークが、これまでとは違う、冷徹な捕食者の色を帯びて妖しくきらめいた。
(――待って。この実力だけはある有象無象の配信にれんが乗っかれば……今一人で地道に稼ぐよりも、何十倍も早く、もっと多くの人間に、私の可愛いを、ヒロの愛した私を、強制的に認めさせられる(分からせられる)じゃない)
(ヒロ。見ててね。れんは今日も、世界中を利用してでも、あなたが『世界一可愛い』って言ってくれた恋を、世界そのものに認めさせてみせるから。)
彼ら全員を、世界へ羽ばたくための最高の『踏み台』として利用してやる。 恋は心の中で冷たく嘲笑いながら、目の前の男たちに向けて、今日一番の、とびきり甘くて可愛い全肯定の営業スマイルを咲かせてみせた。
「うんっ⭐︎ れん、お兄さんたちみたいな強い人に守ってもらえるなら、すっごく嬉しいな! これからずーっと、一緒に行こうねっ?」
その瞬間、男たちは「勝った」と確信して下卑た笑みを浮かべた。 自分たちが、世界で最も危険な激重地雷を、内側からすべてを狂わせて圧潰する
【パーティクラッシャー】を、自らの手でパーティへ招き入れてしまったことなど、1ミリも気づかずに――。
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次の物語でも、また会おうね♪
「ねえ……私のこと、忘れないでね?」




