新・第15話『その少女、激重』――あの日、最愛の男の子(ヒロ)が遺してくれた宝物――
ヒロは恋の小さな体を突き飛ばすようにして、その華奢な身体を全力で抱きしめ、背後から迫っていたゴブリンの錆び刀を、自らの背中で真っ正面から受け止めた。 グサッ……ッ!!! と、肉が深く裂け、骨を削る生々しい鈍い音が反響した。
『ヒロ……? いや、嫌だ、ヒロ、なんで……っ!!』
『ガハッ……っ、ゲホッ、ゴホッ……!』
背中を深く切り裂かれたヒロは、大量の鮮血を吐き出しながらも、恋の体を強く抱きしめたまま、ゆっくりと地面へ崩れ落ちていく。 冷たい石床の上に、見る見るうちに広がっていく、温かくて、あまりにも生々しい赤色の池。
「嘘、嘘、嘘、嫌だ! ヒロ、血が止まらないよ! 恋のせいで……恋がこんなところに来たから……っ!!」
恋はパニックになり、狂ったように叫びながら、彼を救おうと血の池に両手を突っ込んで必死にその傷口を塞ごうとした。
しかし、溢れ出る命の赤は止まらない。
ヒロは震える手を、自身の血で汚しながらも、泣き叫ぶ恋の頬へとそっと伸ばした。
ヒロは苦しそうに呼吸を繰り返しながらも、震える手で恋のツインテールをそっと整えた。
『……ほら。ぐちゃぐちゃになってる。』
『笑うときは、ちゃんとしてないとダメだろ。』
恋は声にならない嗚咽を漏らしながら、何度も首を横に振る。
『そんなのいいよ……! ヒロがいれば、それでいいもん……!』
『何、泣いてんだよ……恋……。お前は、笑ってる顔が、一番可愛いんだから……っ』
『嫌だ! 死なないでヒロ! 恋を一人にしないで! また誰もいなくなっちゃうよぉ!!』
『笑って、よ……。俺、お前のそのピンク髪のツインテールと笑顔が……本当に、世界で一番、大好、き……だから……』
ヒロの優しい指先が、恋のピンク色の髪を愛おしそうにそっと撫でたのを最後に、すとん、と力が抜けて血の海へと落ちた。
愛する人の瞳から、完全に光が消え去る。自分を必要としてくれた、この世界で唯一の光だった存在が、自分の弱さのせいで、目の前で永遠に冷たくなっていく。
その瞬間、恋の頭の中で、何かがパキィンと決定的な音を立てて木っ端微塵に砕け散った。
『あああ……ああああ、ああああああああああッ!!!!』
世界が、精神が、完全に崩壊したその刹那。 恋の胸の奥で、最愛の人が遺してくれた「大好き」という言葉の熱量と、彼を永遠に失ったことへの狂暴なまでの絶望が混ざり合い、世界(因果律)そのものを歪めるほどの激烈なオーラとなって大爆発を起こした。
魔文を唱えるでも、武器を構えるでもない。恋の脳内を埋め尽くした「私を置いていかないで、ずっと一緒にいて」という狂気的な純愛の暴走と連動しる。
固有スキル【純愛過剰負荷】が、その瞬間に世界へと初めて顕現する。
――ズガァァァァァンッ!!!
部屋全体の空間が漆黒の超重力によって一瞬にして圧潰し、周囲にいたゴブリンたちは悲鳴を上げる間もなく地面にペシャンコに潰され、一瞬で肉片(消滅エフェクト)すら残さず消滅した。
だが、どれほど周囲の魔物を更地にし、空間を破壊したところで、冷たくなったヒロが再び目を開けることはない。
恋は彼の遺体に縋り付き、叫び、涙が枯れるまで泣き続け、暗闇の中でただ一人、永遠に取り残されたのだった。
◇
「う、ううん、泣いてないよ……。れん、笑うもん……っ」
現実へと引き戻された恋は、アイアン・ゴリラたちの消滅した静寂の中で、必死に手の甲で涙を拭った。 彼女が配信中、カメラの向こうのリスナー(みんな)に向けて、あれほど過剰にデレて笑顔を振り撒き続け、視線をそらすなと束縛し続けている本当の理由。
それは、あの日ヒロが遺してくれた
「笑顔が一番可愛いから、笑ってよ」
という約束を、今でもたった一人で、心が壊れてもなお守り続けているからだった。カメラの向こうから向けられる億の視線にヒロの面影を重ね、彼が愛してくれた笑顔を世界に証明することで、自分の心の形を辛うじて保っているのだ。
「えへへ、みんな、れんの可愛いツインテール、今日もいっぱい褒めてね⭐︎」
恋はドローンのカメラに向けて、瞳のハートマークを妖しく輝かせ、涙の跡を残したまま、無理やり最高の「可愛いギャルの笑顔」を作ってみせた。
『れんたん……っ、そんな泣きそうな顔で無理して笑うなよ……っ!』
『ヒロって誰なんだよ……。その人のためにそんな顔で笑ってるのか……?』
『もうファンサとかいいから、今日はいっぱい泣いてくれ……っ、胸が苦しすぎる』
『スパチャ¥50,000:俺たちがずっと、ずっと画面の向こうから離れないからね!』
リスナーたちは、彼女の笑顔の裏にある底知れない深い傷と狂気を感じ取り、コメント欄はいつものガチ恋全肯定を通り越して、彼女を支え、守りたいという執着の弾幕で埋め尽くされていく。
「うん、ありがと。みんながれんのこと“だけ”をじっと見ててくれるなら、れん、ずーっと笑っていられるよぉ……⭐︎」
恋は、ヒロが最期に愛してくれたピンクのツインテールを愛おしそうに指でくるくると弄った。 カメラの回る画面の向こうには、自分を見つめる億の目がある。
だが、向けられた感情に純愛を返せば、相手を過剰な重力で圧死させてしまう彼女の檻のなかで、その温もりに直接触れられる存在は、もうこの世界のどこにも一人もいなかった。
世界リアルタイム視聴者数第2位。
大画面の向こう側で誰よりも愛らしくデレて見せるその少女は、最強であり
――あるいは、あまりにも悲しい過去の暗闇に取り残された、最高に激重な規格外だった。




