新・第13話『その少女、激重』――「おつかれん〜⭐︎」涙のギャルの笑顔と、殺意を愛と呼ぶ狂気――
――ピカァッ! と、冒険者ギルド『東京本部』の巨大スクリーンのセンター枠が、鮮やかなピンクの魔力光エフェクトと共に切り替わった。
画面をジャックしたのは、世界リアルタイム視聴者数第2位に君臨する、若き天才ソロ配信者。 派手なピンクブロンドのツインテールを揺らす小柄なギャルが、空中に浮遊するカメラドローンを両手でグッと掴み、超至近距離で画面の向こうを見つめている。
「おつかれん〜っ⭐︎ ねぇねぇ、今日もれんのこと一番に考えててくれた? れんね、みんなの『大好き』の声がないと、寂しくて死んじゃうんだからね? 今日もいーーっぱい甘えさせてねっ!」
感情が高まるとピンクのハートマークが浮かび上がるその瞳をキラキラと輝かせ、これ以上ないほど愛らしく微笑む。リスナーの脳を一瞬で溶かすような、完璧な『デレ全開』のオープニング挨拶。
本名、愛染 恋。
配信名 れん
彼女が首を傾げて可憐にウインクを飛ばした瞬間、画面のコメント欄はファンの熱狂的な弾幕で一瞬にして埋め尽くされた。
『おつれんキタアアアア! 今日も世界一可愛いよ!!』
『最初の挨拶のデレが今日も全開すぎて脳が溶けるww』
『れんたんだけを見てるよ! 1秒も目なんかそらさないからね!』
『スパチャ¥10,000:今日もれんたんを愛することを誓います!』
カメラの向こうの億の人間が、その笑顔に狂わされている。 だが、大衆は誰一人として知らなかった。彼女がなぜ、血生臭い地の底でこれほどまでに必死に「可愛い笑顔」を世界に振り撒き続けているのか、その本当の理由を。
――ドサササッ!
薄暗い通路の四方から不穏な地鳴りが響いた。 れんちゃんを包囲するように姿を現したのは、Bランクの狂暴な魔物『アイアン・ゴリラ』の群れだ。
鋭い牙を剥き出しにし、血走った眼光でれんちゃんを激しく睨みつけ、通路の壁を叩き割りながら咆哮を上げる。
「ウガァァァァァオオオッ!!!」
普通の人間なら恐怖で足がすくむ、生々しい「捕食の殺意」。 しかし、その牙が彼女の体に届くよりも早く、れんちゃんは恐怖を忘れたように両頬をぽっと薔薇色に染め、うっとりと魔物たちを見つめ返した。
「――わぁ……! ねぇみんな見て? あのゴリラさんたち、れんのことをそんなに血走った目で、じっと見つめて……。そんなにれんのことが欲しいんだ? れんを独り占めして、お腹の中にしまっちゃいたい(捕食したい)くらい、れんのことが大好きなんだね……?」
狂っていた。彼女の脳内フィルターは、あまりにも過酷な孤独の果てに、完全に壊れていた。
スラム街で一人きり、誰にも必要とされず、凍えるような暗闇の中で狂ったようにダンジョンを走り続けてきた彼女の精神は、限界を迎えた防衛本能のせいで、自分に向けられる魔物の凶悪な殺意や視線にすら、かつて自分を命がけで愛してくれた
『あの男の子』の眼差しを、都合よく重ね合わせて幻視してしまうようになっていたのだ。
「うん、分かったよ! れんも、れんをそうやってじっと見てくれるみんなのことが、だーーーーい好きっ!!」
彼女が両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、魔物たちの殺意へ向けて満面の、本気の愛の笑顔を返した瞬間――。 彼女の脳内で暴走する純愛の熱量と連動し、
固有スキル【純愛過剰負荷】が、完全に無自覚なまま最大出力で発動した。
――ミシ、ミシミシミシッ!!!
空間そのものが重圧で歪み、目に見えない漆黒 of 超重力が広場全体へズドンと降り注ぐ。
れんちゃんの「私も大好き」という本気の愛の熱量に比例し、周囲の空間の重力が突由として何百倍にも跳ね上がったのだ。
「ぶ、ぶふっ! T――ガ、ハッ……!?」
さっきまで獰猛に吠えていたアイアン・ゴリラたちが、れんちゃんに一歩近付くことすら許されず、空間の圧力に押し潰されて床へとペシャンコに叩きつけられた。
鋼鉄の皮膚を持つはずの肉体が、自身の自重に耐えかねてメリメリ、バキバキと音を立てて陥没していく。 しかし、彼女の純愛は止まらない。
相手を愛おしく想えば想うほど、彼女の意思とは無関係に、超重力はさらに際限なく重くなっていく。
「ねぇ、もっと近くに来て? ずっと、ずーっとれんの傍にいてね……っ?」
――バキバキバキバキィッ!!!
れんちゃんが愛おしそうに一歩近づくたびに、空間の重力はさらに倍化し、ゴリラたちの強固な骨は完全に粉砕され、肉片(消滅エフェクト)へと変わっていく。
愛した対象が、自分の愛の重さに耐えきれず、目の前で自滅していく。その凄惨な現実を突きつけられた瞬間、れんちゃんの綺麗な瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。
「あ……あれ……? なんで……? なんでみんな、れんがこんなに大好きなのに、すぐに壊れちゃうの……っ? 嫌だ、行かないで……っ! れん、ただ愛したかっただけなのにぃ……っ!!」
魔物たちが完全に消滅し、静寂が戻った薄暗い広場で、れんちゃんはその場に泣き崩れた。床にぽたぽたと涙を落としながら、震える声で、ドローンの高性能マイクが鮮明に拾ってしまうほどの声で、ポツリと呟く。
「……ヒロ……っ」
配信のコメント欄が、その聞き慣れない名前に一瞬にしてざわつき始める。
『え……今、誰かの名前呼んだ……?』
『ヒロ……? 誰だそれ』
『れんたんが泣きながら呼ぶ名前とか、ガチで動揺するんだが』
『考察班急げ! 過去のコラボ相手や関係者にそんな奴いたか!?』
そんなリスナーの動揺を知ってか知らずか、れんちゃんの脳裏には、かつてあの暗闇のなかで男の子が最期に遺してくれた、決定的な言葉が蘇っていた。
――『何泣いてんだよ、恋は、笑顔が一番可愛いんだから笑ってよ』
「う、ううん、泣いてないよ…….れん、笑うもん……っ」
れんは必死に両手で涙を拭うと、浮遊するカメラドローンに向けて、無理やり、引きつるような笑顔を作って見せた。 瞳に涙をいっぱいに溜めながら、それでも「一番可愛い笑顔」を作ろうと必死に健気に笑う彼女の姿。
画面の下部は、リスナーたちの畏怖と、彼女の切なすぎる本質への理解、そして守ってあげたいという感情の弾幕で埋め尽くされた。
『……ガチだ。これ、ウケ狙いのヤンデレじゃない。本気で愛して、本気で悲しんでるんだ……』
『向けられた感情に純愛を返した結果、相手を圧死させるスキル、あまりにも悲劇すぎるだろ……』
『ピュアラブロードの「過剰負荷」って、そういう意味かよ……。愛が重すぎて世界が耐えられないんだ』『れんたん、泣かないで……。俺たちは画面の向こうから絶対に離れないから……っ』
「ううっ……ひっく……。みんな、優しいコメントありがとう……。でもね? …人もね……みんな、れんの前からいなくなっちゃうの……」
れんちゃんは派手なピンクブロンドのツインテールを揺らしながら、寂しそうにポツリと呟いた。 ドローンのカメラは、彼女のそんな、世界で一番孤独な純愛の横顔を映し出している。
視聴者には決して見えない彼女の記憶の奥底には、かつて彼女が「パーティクラッシャー」
と呼ばれるきっかけとなった、あのスラム街での『切なくも凄惨な原点』の映像が眠っていた。(後編へ続く)
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