第1話 『その男、筋肉』【前編】:『ハローガイズ!世界1位の黒光りマッチョ、エントリー!』
――バシィィィンッ!!!
プロローグの締め括り、モストが完璧な『マッスルポーズ(モストマスキュラー)』を決めた瞬間の炸裂音が、冒険者ギルド『東京本部』の巨大スクリーンを激しく震わせていた。
飲食スペースを埋め尽くす数百人の観客たちが、ジョッキを片手に一斉に大歓声を上げる。
「キタキタキタァーーーッ! 今日のトップバッターはやっぱりモストの兄貴だ!」
「画面の黒光り具合が今日も尋常じゃねえぞ!!」
世界リアルタイム視聴者数第1位――その絶対的な王座を示す中央の超巨大画面。
映し出されているのは、薄暗く不気味なダンジョン中層の通路だった。だが、背景の陰気さなど一切関係ない。画面の八割を占拠しているのは、服がパツパツに張り裂けそうなほどの圧倒的な筋肉のオーラ。
男は白い歯を輝かせ、浮遊するカメラドローンに向かって豪快に笑う。
「ハローガイズ! 今日も筋肉の導くままにダンジョン探索を始めようでわないか!! はーはっはっはっ!!」
『挨拶の時点で筋肉の圧が強すぎるんだよなぁ!!』『【悲報】今日のタンクトップも命が短そう』
『筋肉の導くままに(物理)』
『スパチャ¥10,000:今日も良いバルクです! プロテイン代にしてください!』
「おお、ナイスバルクなスパチャをありがとう! よし、今日のターゲットは深層の手前にいる
『オーガロード』だ! 地上の皆の安全を守るためにも、サクッとパトロールしていこう!」
モストは陽気に笑いながら、暗い通路をのっしのっしと歩き始めた。武器も盾も持たない、あまりにも無防備な後ろ姿。
だが、歩き始めてすぐに、ダンジョンの天井から粘着質の液垂れと共に、待ち伏せしていた肉食の魔物『プレデター・スパイダー』が三匹、一斉にモストの背後へ飛び降りてきた。
――キシャァァァアッ!
鋭い毒牙がモストの無防備な首筋や背中に突き立てられる。普通の冒険者なら即死級の奇襲。しかし――。
――カキィィィンッ! パキィンッ!
ダンジョン内に響いたのは、まるで鉄板にガラスが激突したかのような硬質な金属音だった。
モストの固有スキル【絶対筋肉障壁】。歩いているだけで普通の攻撃なら自動で弾き飛ばすパッシブスキルが発動し、蜘蛛たちの毒牙はモストの黒光りする肌に傷一つ付けられず、逆に自分たちの牙が衝撃でへし折れてしまったのだ。
「おっと、足元が滑るから気をつけてくれよ、蜘蛛くんたち」
モストは全く痛がる様子もなく、むしろ足元で牙を折って悶絶している蜘蛛たちを、心から心配するような優しい目を向けた。
『いや心配する方向そこじゃないだろwww』
『歩く鉄壁www』
『奇襲した蜘蛛のほうが自爆してて草』
『今日もパッシブ障壁が絶好調ですね兄貴!』
「よしよし、痛かったな。次は無理をしないように」
モストは怯える蜘蛛たちの頭を「ポンポン」と優しく撫でた。だが、彼の優しさは質量が違う。ただの頭撫でのはずが、ゴツすぎる手のひらの圧力で、蜘蛛たちはそのまま地面に「ズブッ」と深く埋まり、そのまま目を回して消滅エフェクトへと変わっていった。
『優しく撫でて即死させたァァァアア!?ww』
『撫でる(質量:数百キロ)』
『モストの兄貴、マジで悪気がないから一番タチが悪いww』
「おや? みんなどうしたんだ? 私はただ、彼らの健やかな成長を祈っただけなのだが……。まあいい、先を急ごう!」
本人はいたって真面目に、狙うことなく天然のギャグを炸裂させながら通路を進む。 すると今度、モストが踏み込んだ床のタイルが「カチリ」と沈んだ。
ダンジョン定番の『矢の罠』である。
左右の壁から、鉄をも貫く仕込み矢が数十発、凄まじい発射音と共にモストの全身へ降り注いだ。
――ガガガガガガガガッ!!!
「おおっ、なんだか背中が痒いな。ちょうどいい孫の手だ」
歩みを止めることすらなく、むしろ気持ちよさそうに背中を丸める。鋭い矢の雨は、彼の広背筋にパチパチと弾き返され、すべて床に転がっていく。
『矢の罠を孫の手代わりにするなwww』
『ダンジョン制作側が泣いてるぞ』
『【悲報】ダンジョンの罠、モストにとってはただのボディマッサージ』
『スパチャ¥2,000:ナイス孫の手!』
「ふぅ、スッキリしたぞガイズ! ギルドの罠設置班には感謝のスパチャを贈りたいくらいだな! さあ、この大扉の向こうがターゲットの部屋だ!」
通路の突き当たりにある、禍々しい装飾が施された巨大な鉄の門。普通のパーティなら、盗賊職が罠を解除し、入念な作戦を立ててから開けるべきボス部屋の扉。
だがモストは、大真面目な顔で扉の前に立つと、両手を扉の隙間にかけた。
「開かない扉があるのなら、それは筋肉が足りない証拠だ。……ふんぬぅぅぅっ!!」
――ギギギ、バリバリバリッ!!!
鍵がかかっていたはずの巨大な鉄門が、モストの腕力によって内側の固定具ごとバキバキに歪み、強引にこじ開けられた。 凄まじい破壊音と共に開け放たれた部屋の奥。そこに、今日のターゲットが鎮座していた。
ズシン、と地響きを立てて立ち上がったのは、家一軒を容易く粉砕するトゲ付きの巨大な棍棒を携えた、大魔物『オーガロード』。
「グルゥゥゥオオオオオオッ!!」
部屋全体を震わせる圧倒的な咆哮。ダンジョンの天井からパラパラと土砂が落ち、おんぼろカメラドローンがその風圧に小さく揺れる。 しかし、モストは不敵に、そしてどこまでも陽気に佇んでいた。
『キタアアアア! 本物のボスクラス!』
『モストの兄貴、扉を物理破壊してエントリーは流石すぎる』
『オーガロードめちゃくちゃ怒ってて草』
『今日も頼みますよ、世界一の筋肉の盾!!』
「ハッハッハ! ガイズ、心配は要らない! 筋肉が『戦え』とプロテインの囁きを寄越しているからな! それに、私はこれでも大真面目に自衛のために潜っているんだ。これ以上地上に被害を出さないためにも、ここで優しくおねんねしてもらおう!」
「ブルゥゥアアアッ!!」
モストのナメ腐った(と魔物には見える)態度に激怒したのか、オーガロードが凄まじい速度で踏み込んできた。一瞬で距離を詰め、超怪力で巨大な棍棒を頭上へと振り上げる。
――ドォンッ! と風が爆ぜる。普通の冒険者なら圧死を確信する、絶望の瞬間。
だが、モストの目は死んでいない。 彼は笑みを消し、野生の直感とこれまでの戦闘経験から、敵の攻撃の軌道、タイミング、そのすべてを脳内で完璧に見切った。
「ふんぬぅぅぅううっ……!!」
モストが両腕を胸の前で深く交差させる。 強敵の大技を真っ正面から打ち砕くため、狙いすました『マッスルポーズ』。 彼の固有スキル【絶対筋肉障壁】が、そのポーズと同調して最大出力で発動する――!
――ドゴァァァァァンッ!!!
(後編へつづく)
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