新・第9話『その男、特別教官』【前編】:『地獄のマッスルキャンプ開幕!教官モストの命の授業』
「いいかガイズ! ダンジョン探索における最大の失敗は、プロテインのシェイカーを忘れることだ! 筋肉に栄養が行き渡らなければ、咄嗟のポージングが遅れるからな!」
「「「ハ、ハイッ……!!」」」
『名言風に言うなww』
『昨日あんなにシリアスだったのに通常運転で安心したww』
ダンジョン中層エリアの広大な大部屋。 世界リアルタイム視聴者数第1位――『慈愛の重戦車』ことモストの声が、地鳴りのように響き渡っていた。 彼の前で這いつくばり、ガタガタと腕を震わせながら過酷な腕立て伏せをしているのは、ギルドに強制招集された若手配信者パーティ【シャイニング・スターズ】の面々だ。
この様子はギルドの公的チャンネルとして全世界に生配信されており、公式大画面の下部にあるコメント欄は、朝から凄まじい速度で流れ続けている。
『地獄のマッスルキャンプ始まったあああ!ww』
『プロテインのシェイカー忘れたら失敗とか脳筋すぎる』『若手の目が完全に死んでて草』
『※ただし兄貴の指導は大真面目です』
「――よし、一旦ストップだ。全員、楽な姿勢で私の話を聞きなさい」
モストの言葉に、若手たちは泥のように床へ崩れ落ち、荒い息を吐きながら世界1位の巨躯を見上げた。モストは彼らの前にゆっくりと腰を下ろし、その澄んだ瞳に深い慈愛の光を宿らせた。
「ガイズ。君たちが昨日、カメラの向こうの数字(同接)を気にして無茶をし、死にかけたことはすでに話したな。……改めて、もう一度だけ私から大切な『筋肉の約束』をさせてほしい」
モストの大きな手が、リーダーの少年の肩をそっと、包み込むように叩く。
「配信という娯楽は、人を狂わせる。画面の向こうから浴びせられる大歓声、次々に振り込まれるスパチャ、跳ね上がる数字。それらは確かに、強烈な万能感をくれるプロテインのようなものだ。だがね、それは同時に、君たちの『恐怖』や『危機感』という最も大切なブレーキを麻痺させる毒でもあるんだよ」
若手たちは、何も言えずに息を呑んだ。昨日の自分たちがまさに、その「数字の毒」に侵されて全滅しかけていたからだ。
「いいかい。画面の向こうの数百万人は、君たちの命をエンタメとして消費しているに過ぎない。君たちがカメラの前で見栄を張り、身の丈に合わない大技を叫んで、もしそこで魔物に噛み殺されたとしても……彼らは『最悪の神回だった』と数日だけ騒ぎ、明日の朝には別の配信者を探して笑っている。君たちの死を本気で悲しみ、涙を流してくれる人は、あの冷たい画面の向こうには一人もいないんだ」
モストの言葉には、かつて配信に呑まれて身の丈に合わない大剣を振り回し、命を落とした親友への、消えない追悼の痛みが宿っていた。
「カメラを意識するな。数字を見るな。地に潜ったなら、見るべき現実は目の前の魔物と、隣にいる仲間の顔だけだ。君たちの命は、世界にたった一つしかない。カメラのために命を捨てるな。生きて、無事に地上へ帰り、大切な人とプロテインで乾杯する。それこそが、冒険者の果たすべき本当の『神回』なんだよ」
大真面目で、底抜けた優しさに満ちたモストの説教。 その言葉は若手たちの胸に深く突き刺さり、彼らは静かに涙を流して深く頷いた。そして、その様子をリアルタイムで映し出していた配信のコメント欄も、静まり返っていた。
『……兄貴の教え、全配信者が義務教育で聞くべきだわ』
『昨日まで数字を煽ってた自分が恥ずかしい』
『強さだけじゃなくて、中身が本当の聖人すぎる』
『スパチャ¥10,000:若手たち、しっかり兄貴の背中を見て学べよ!』
「よし! 心のバルクが整ったところで、次は実践的な『歩き方のレクチャー』だ! 常に大胸筋に意識を集中させ、全神経を収縮させろ! そうすれば、設置された罠の気配を筋肉が察知して――」
モストが拳を握り、再び大真面目に若手たちへ熱弁を振るい始めた、まさにその時。
モストたちのいる大部屋の頭上――吹き抜けになっている2階部分の回廊通路を、ピンクの魔力光エフェクトを纏った浮遊ドローンを従えながら、のんびりと歩いてくる『一人の地雷系ギャル』の姿があった。
◇
「おつかれん〜! ねぇ、今日もれんのことだけ見ててくれた? れんはね……みんなのことが好きすぎて、1秒でも目をそらされたら狂っちゃいそうだよぉ?」
愛染恋
――スキル名【純愛過剰負荷】
チャンネル名『れんたんのダンジョンお散歩配信⭐︎』の主役である彼女は、自分の随行カメラドローンを両手でグッと掴み、画面の向こうのガチ恋リスナーたちへ向けて超至近距離で最高のヤンデレ笑顔を振りまいていた。 彼女の瞳の奥で、感情の昂ぶりと共にピンクのハートマークが妖しく明滅する。
彼女は今、自身のソロ配信の真っ最中だった。 もちろん、下の階層で世界1位のマッチョが「命の大切さ」を熱く説いていたことなど露ほども知らない。ただカメラの向こうの「画面」だけを見つめ、脳内でドロドロとしたガチ恋妄想を膨らませていた。
『れんたん今日も世界一可愛いよ! 1秒も目なんかそらさない!』
『↑熱量高すぎて草。本当に重い人は自分が重いって気づか――って、おい待て!!』
『れんたん後ろ!! 背景の後ろの下の階、なんか映ってない!?ww』
『待て、このカメラの角度……下にいるのって世界1位のモストの兄貴じゃねえか!?』
れんちゃんの配信画面の隅、遥か階下の広場に、黒光りする巨躯を震わせて若手に熱弁を振るっているモストの姿が小さく映り込んだ。 同時に、公式チャンネルであるモスト側の配信画面でも、考察班たちが一斉に異変に気づく。
『おい、モストの兄貴の後ろの上の回廊! スマホいじってるピンクのツインテールって……』
『同接上位の愛染恋ちゃんキタアアアアア!!』
『さっきまで超感動的な授業だったのに、画面の隅の温度差で草』
『マルチウィンドウで両方開いてるけど、これ同じ部屋の上下だぞ!!』
世界中のギルドの大画面を見つめる観客たちと、ネットのリスナーたちが一瞬で大混乱に陥る。 だが、画面の中の二人は未だにお互いの存在に全く気づいていない。
「れんはね、みんなが他の女の子の配信を見たら、その目潰しちゃうぞ⭐︎……なーんてねっ!」
れんちゃんがカメラに向かってウインクを飛ばした瞬間。彼女の脳内の「もし他所見したら絶対に許さない」という激重な妄想と連動し、固有スキル【純愛過剰負荷】無自覚なまま最大出力で発動した。
――ミシ、ミシミシミシッ!!!
何百倍にも膨れ上がった"愛"が、重力となって空間を押し潰す。
その不可視の重圧は、偶然にも階下――
教官モストと若手冒険者たちが訓練する広場へ、ゆっくりと落ち始めていた。
しかし、その異変に気づいている者は、まだ誰一人としていない。
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さあ、一緒に筋肉を鍛えよう!!




