新・第7話【慈愛の重戦車(グランド・マッチョ)】出動する。 【前編】:『ギルドの緊急警報!カメラの向こうで死にゆく若者たちを救え』
「大変です、モストさん! 至急、中層のエリア『断絶の回廊』へ救助に向かってください!」
東京本部の冒険者ギルド。厳格な受付スペースのカウンター越しに、青ざめた顔のギルド職員ひよりが悲鳴のような声を上げた。
飲食スペースで酒を飲んでいた冒険者たちの手がピタリと止まり、ギルド全体の空気が一瞬で凍りつく。
「どうしたんだい、そんなに慌てて。プロテインのダマでも残っていたか?」
「冗談を言っている場合じゃありません! 今、売り出し中の若手人気配信者パーティ【シャイニング・スターズ】が、配信画面映えを狙って無理な深入りをした結果、想定外のBランク魔物の群れに包囲されました! 現在、彼らの生放送には数百万人の視聴者が釘付けになっており、コメント欄は全滅を確信する悲鳴で大炎上しています! 近場にいる最高ランクの冒険者は、モストさんしかいないんです!」
職員の言葉が終わるより早く、壁一面の巨大スクリーンの端にあるチャンネルが、恐怖の絶叫と共に大きく乱れ始めた。
モストは、手に持っていたプロテインボトルをカウンターへ静かに置いた。いつもの陽気な笑みはどこにもない。地の底から響くような重厚な声が、ギルド内に響き渡る。
「命の危機か。分かった――我が筋肉を急がせよう!」
◇
――ドゴォォォンッ!! ズガァァァンッ!!
ダンジョン中層の通路を、黒光りする重戦車が文字通り『直進』していた。
曲がり角など関係ない。道を塞ぐ巨大な岩や、頑丈な鉄の格子扉を、モストはその圧倒的な大胸筋と肩の質量だけで突進し、木っ端微塵に粉砕しながら最短ルートを爆走していく。
――ハァ、ハァ、と荒い息を吐きながら突き進むモストの脳裏に、一人の男の笑顔が、苦い記憶と共に去来していた。
それは、配信に投げ銭機能が実装され、世界が急速に狂熱へと呑まれ始めた頃。モストと本当に仲が良かった、同期の親友の冒険者だ。
彼は本当は、小回りの利く短剣の扱いが得意な、地道で堅実な男だった。しかし、配信の同接数を増やしたい一心で、リスナーからの
『大剣使った方が映えるぞ!』というコメントに乗せられてしまった。
『見てくれよモスト! この身の丈を超える大剣、めちゃくちゃ画面映えするだろ! これでバズれば一攫千金さ!』
ギルドの酒場で、自分の筋力ではまともに扱えないほど重く、きらびやかな大剣を誇らしげに掲げていた親友。
だが、ダンジョンの現実は残酷だった。深層の魔物に襲われたあの日、親友はカメラに向かって見栄を張るために大剣を無理に振り回し、その大きな隙を突かれて武器を弾き飛ばされた。
『う、嘘だろ……? 重すぎて、うまく、構えられ……ひ、避難経路が塞がれてる!? 誰か助けてくれ! 画面の前の皆、ギルドに連絡を――ギャアアアアアッ!!!』
生放送の画面の向こうで、親友が魔物に生きたまま貪り食われ、血飛沫でカメラが真っ赤に染まっていくのを、モストはただ見つめることしかできなかった。
視聴者たちは親友の死を『最悪の神回』として消費し、数日後には何事もなかったかのように別の配信者へと流れていった。
(カメラの向こうの人間は、君たちが死んでも、明日の娯楽を探すだけだ。なのに、なぜ分からない……!)
モストは奥歯をガチリと噛み締め、さらに足に力を込めた。床の石畳が彼の踏み込みの風圧だけでバリバリと割れていく。
もう、あの日と同じ悲劇を、目の前の若者たちで繰り返させるわけにはいかない。
◇
「みんな……っ、スパチャで応援して……っ! 俺たち、まだ負けてないから……っ!」
中層最深部の広場。 【シャイニング・スターズ】のリーダー格の少年が、血塗れになりながらも、空中に浮遊するカメラドローンに向かって必死に見栄を張っていた。
しかし、周囲の仲間は全員が地面に倒れ伏し、激しい裂傷を負って息も絶え絶えだ。彼らの目の前には、十数匹の獰猛な大型魔物『デス・ウルフ』が、鋭い牙から涎を垂らしながら完全に包囲を狭めていた。
一匹の巨大なデス・ウルフが、トドメを刺そうと少年の首元へ向かって跳躍する。 風を切り裂く、死の牙。少年は恐怖のあまり目を瞑り、死を確信した。
――だが。
――バシィィィィィンッ!!!
鼓膜を、そしてダンジョンそのものを激しく震わせるような、凄まじい肉体の炸裂音が轟いた。
少年が恐る恐る目を開けると、そこには、夕日よりも赤く、不気味に燃え上がる魔物の巣窟のなかで、圧倒的な威圧感を放って仁王立ちする、黒光りする巨大な『背中』があった。
モストだ。
彼は少年の目の前へと割って入り、両腕を胸の前で深く交差させる、あの原点にして至高の構えを真っ正面から決めていた。
デス・ウルフの鋭い牙は、最大出力で発動した【絶対筋肉障壁】――完璧な『モストマスキュラーポーズ』の大胸筋に激突した瞬間、まるで豆腐を叩きつけたかのように、牙ごと頭部が消滅エフェクトへと変わって粉砕された。
「ひ、ヒッ……世界1位……!?」 呆然と見上げる若き配信者。
その少年の震える肩に、モストはゴツくて大きな手をそっと優しく置いた。
モストの瞳には、包み込むような温かい慈愛の光が宿っている。
「――もう大丈夫だ、ガイズ。よくここまで生きて耐えてくれた。君たちの命の盾(筋肉)は、今ここに到着したぞ」
その圧倒的な包容力に、少年は張り詰めていた糸が切れたように涙を溢れさせた。
モストはゆっくりと立ち上がり、周囲を囲むデス・ウルフの群れを見据え、その巨大な拳を静かに握りしめる。彼の背中にある広背筋が、怒りと共にうねりを上げた。
「さあ、まずは悪い犬たちにお片付けのウエイトトレーニングを処方しよう。……話は、それからだ」
『いや処方するのウエイトトレーニングかよwww』
『兄貴マジで怒ってるのにセリフのクセが強すぎるww』
『デス・ウルフ、今から強制マッスルパトロールされるの草』
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さあ、一緒に筋肉を鍛えよう!!




