新・第6話:『あの日見た光の中のマッチョへ。モストマスキュラーに込めた祈り』――商店街のナイスバルクと、路地裏の小さなお散歩少女
モストは「まともな予備の衣服」に着替えて、ギルドを後にした。
◇
ギルドを出て、夕暮れ時ののどかな家路を歩く。 片手には、手慣れた手つきでシェイクされた特大のプロテインボトル。
モストが地元の活気ある商店街に差し掛かると、左右 の出店から威勢のいい声が次々と飛んできた。
「おう、モスト! 今日の配信も見たぞ! 相変わらずいい筋肉してやがんな!」
八百屋の親父が、立派なキャベツを放り投げてよこす。
モストはそれを片手でナイスキャッチした。
「感謝する、親父さん! 今日のキャベツも素晴らしいビタミン含有量だ!」
「モストの兄ちゃん! 僕も大きくなったら兄ちゃんみたいにオーガをワンパンしたい!」
「お留守番のご褒美に、僕の筋肉も触って!」
近所のわんぱくな子供たちがワラワラと集まり、モストの鋼鉄のような大腿四頭筋や前腕にしがみつく。 モストは破顔して、子供たちを両肩に軽々と乗せて笑った。
「ハハハ! いいぞ少年たち、毎日しっかりご飯を食べて眠れば、君たちの細胞もナイスバルクに育つはずだ!」
商店街の男たち、そして未来の冒険者を夢見る子供たちにとって、気さくで優しく、圧倒的に強いモストは絶対的なヒーローだった。
──ちなみに、商店街の女性陣――奥様や若い女の子たちはというと、モストが近づいてくるたびに「あら、今日も筋肉の圧が凄いわね……」「服がいつ弾け飛ぶかハラハラしちゃうわ笑」と、遠巻きに頬を赤らめながら、若干の引いた目で見守っている。 本人はその絶妙な空気感に1ミリも気づいていないが。
「ではガイズ、私はこれで! 皆も良い筋肉の夜を!」
キャベツを小脇に抱え、プロテインを飲み干しながら商店街を抜けたモスト。
しかし、住宅街へと続く薄暗い裏路地の前を通りかかった瞬間──彼の鋭い耳が、不穏な摩擦音と、震える小さな泣き声を捉えた。
◇
「おい、ジャージ。お前さっきダンジョン産の500円玉拾ってただろ。置いてきなよ」
薄暗い路地裏で、Cランクの不良冒険者たちが下卑た笑みを浮かべて凄む。
壁際に追い詰められていたのは、学校のジャージ姿をした一人の小さな子供だった。 その子供は背負った可愛いリュックサックをきゅっと抱きしめ、丸っこいタレ目を潤ませながら必死に首を振っていた。
「嫌だ……これ、お母さんにお土産買うんだもん……っ」
「あ? 生意気なんだよ。どうせお前みたいな弱虫、ダンジョンで魔物に食われるんだから、今ここで俺たちに貢いだ方が世のためだろ?」
不良の一人が子供の胸ぐらを引きずり回そうと、汚い手を伸ばした。
――だが、その手が衣服に触れるよりも早く。 路地裏の夕日が一瞬にして遮られ、巨大な『影』が不良たちの頭上を完全に覆い尽くした。
「ガイズ。少年――いや少女一人を囲んでウエイトトレーニングか? ずいぶんと負荷の偏ったメニューだな」
のっしのっしと路地裏へエントリーしてきたのは、小脇にキャベツを抱えた195センチの巨躯。 不良たちが驚愕して振り返った瞬間、彼らの視界は、はち切れんばかりに膨らんだ大胸筋と、黒光りする圧倒的なバルクの壁で埋め尽くされた。
「ヒッ……せ、世界1位……モ、モスト……!?」
「な、なんでこんなところにトップランカーが……っ!」
さっきまで威張り散らしていた不良たちの顔が、一瞬で紙のように真っ白に変色する。
モストは一切暴力を振るう様子もなく、ただ地の底から響くような大真面目な声で、不良たちの目を真っ直ぐに見据えた。
「Cランクともなれば、もう立派な大人の冒険者だ。その力をなぜ、自分より小さな者を守るために使わない?筋肉は、弱いものを虐めるためにあるのではない。……他人に優しくすると、大胸筋が喜ぶぞ」
ゴゴゴゴゴ……と、モストの全身から物理的な『筋肉のプレッシャー(オーラ)』が放出され、路地裏の空気がミシミシと鳴りを潜める。
モスト大真面目に諭しているだけなのだが、その威圧感は深層のボスモンスターのそれすらも遥かに凌駕していた。
「ひ、ヒーーーッ!! ごめんなさいいいいっ!!」
「ウエイトトレーニングの邪魔してすみませんでしたァァァ!!」
不良たちはその圧倒的な圧に耐えかねて、腰を抜かし、涙と鼻水を流しながら路地裏の奥へと悲鳴を上げて逃げ出していった。
「おや、もう行ってしまうのか。最後まで話せば、おすすめのプロテインの配合も教えてあげられたのだが……」
モストは不思議そうに首を傾げた後、ふぅと息を吐いてしゃがみ込んだ。
目の前には、無傷のまま、丸い目をパチパチさせてモストを見上げているジャージ姿の子供。
「大丈夫だったかい、お嬢ちゃん。怪我はないかな?」
「うん! ありがと〜、筋肉のお兄ちゃん!」
ニコニコと笑うそのジャージ姿を見つめた瞬間――モストの脳裏の奥底で、かつてまだ「黒光り」すらしていなかった、十数年前の遠い日の記憶が鮮明に蘇った。
◇
『おい、ヒョロガリ。お前の持ってるその小遣い、ここに置いてけよ』
それは、今と全く同じ、夕暮れ時の薄暗い路地裏だった。 当時のモストは、今のような巨漢とは真逆の、線の細い、いじめられっ子のヒョロヒョロな少年だった。
近所のガキ大将たちに泥まみれにされ、地面に這いつくばって泣いていたあの日の自分。
誰も助けてくれない。自分の弱さが惨めで、悔しくて、絶望の中で泥を握りしめていた少年の前に、突如として『一人の男』がのっそりと現れた。
逆光のせいで、その男の顔ははっきりと見えなかった。 しかし、夕日に照らされた圧倒的に逞しい、大きな背中。迅速に振り返った横顔からキラリと眩しく光る白い歯を、モストは今でも鮮明に、細胞レベルで覚えている。
その男は、いじめっ子たちを言葉もなく、その圧倒的な肉体の威圧感だけで退散させた。 そして、泥だらけの少年に向かって、バシィィィンッ!!と完璧な『モストマスキュラーポーズ』を全力で決めて見せたのだ。
『少年。強くなりたくば、己の肉体を信じろ。筋肉は、決して裏切らない』
男は一言そう言い残し、圧倒的な背中を夕日に輝かせながら去っていった。 あの時、絶体絶命の淵から自分を救い出してくれた、光の中のマッチョ。 あの日からモストの修行の日々が始まり、彼は狂ったようにバーベルを握り続け、今の肉体を築き上げたのだ。
◇
「……そうだ。あの時の、あの人のように」
回想から現実へと戻ったモストは、目の前の小さな頭をポンポンと、今度は本当に優しく撫でた。
【配信の始まりのポーズ】は、あの時自分を救ってくれた「憧れのあの人」に、いつか届くように。自分もあの人のようになれたという証明のための、誓いのポーズ。
【配信の終わりのポーズ】は、かつての自分のように、画面の向こう側で弱さに苦しみ、泣いている世界中の人々に「諦めるな、勇気を持て、君の傍にはこの筋肉がいる」というエールを届けるための、彼なりの祈りの儀式だったのだ。
「さあ、お嬢ちゃん。お母さんにお土産を買うのだろう? 気をつけて帰るんだぞ」
モストは立ち上がり、ジャージ姿の子供に背を向けた。
そして――あの日のマッチョと全く同じように、夕日を背に浴びながら、バシィィィンッ!!!と完璧な『モストマスキュラーポーズ』を少年のように純粋な心で決めて見せた。
特注の衣服がミシミシと音を立て、彼の圧倒的な背中が夕日に照らされて黄金色に輝く。
それは、配信画面の向こう側の億の人間ではなく、ただ一人の子供に届けるための、最高のヒーローの背中だった。
「少年――いや少女よ、筋肉を信じるんだ! グッドバイ!」
モストはそのまま、キャベツを小脇に抱えたまま、逞しい背中を揺らして堂々と去っていった。
残された子供は、その光り輝く背中を見送りながら、フンフフ〜ン♪と鼻歌を歌って、手の中の500円玉を大切そうにポケットにしまう。
「うん! 筋肉のお兄ちゃん、バイバ〜イ!」
世界リアルタイム視聴者数第1位の男、モスト。 カメラの回っていない路地裏で彼が放ったそのポーズは、誰よりも陽気で、誰よりも天然で――そして、世界で一番まともで、気高い「祈り」の形だった。
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