新・第5話 『受付嬢ひより、胃がキリキリ痛む推し活報告業務日誌』:『「お願いですから、まともに避けてください……っ!」』
私は今、全人類に向けて常時生配信されている『チャンネル1』のホログラム画面をデスク越しに見上げながら、深く、本当に深く頭を抱えていた。
空間に浮かび上がる画面の中で、世界1位の圧倒的トップランカー──剛力モストさんが、また大真面目な顔をしてボスの大技をノーガードの筋肉だけで受け止めようとしている。
(モストさん……お願いですから、1回くらい普通に盾を使うか、まともに避けてください……っ!)
ギルドの受付嬢になってからというもの、私の胃薬の消費量は右肩上がりで増え続けている。
今日も配信の始まりの挨拶の圧だけで、随行ドローンの特注最高級レンズをパキッと叩き割っていた。
あの高精度ドローン、ギルドの備品として1機いくらすると思っているのだろうか。 毎回、涙目で始末書を何枚も書かされる私の身にもなってほしい。
でも……画面の向こうをリアルタイムで流れていく「兄貴ナイスバルク!」「大胸筋が世界遺産すぎる!」という、世界中からの怒涛のスパチャの弾幕を見ていると、不思議と胸の奥が熱くなるのも事実だった。
この人はいつだって、誰も傷つけないために、たった一人で、地の底の孤独な暗闇の中で戦い続けているから。
──ピキピキ、とレンズに痛々しい亀裂の入ったカメラドローンが、主人の後を健気に追うようにして、ギルド公式本部の重厚な自動扉をくぐり抜けた。
ダンジョンから配信を終えたモストさんが、東京本部の広大なエントランスへと帰還した瞬間。
飲食スペースを埋め尽くしていた何百人もの冒険者や一般の観客たちが、ジョッキを片手に一斉に割れんばかりの大歓声を上げた。
「兄貴おかえり! 今日のオーガロード戦も最高にスカッとしたぜ!」
「最後のモストマスキュラー、画面のオーラが凄すぎてマジで家のテレビの調子が悪くなったわ笑」
「おい誰か、ひよりちゃん! 兄貴に冷えた特大プロテイン持ってきてやれよ!!」
まるで熱狂的な酒場と化した空間の中、モストさんは195センチの黒光りする巨躯を堂々と揺らし、白い歯をキラリと輝かせて陽気に皆へ手を振り返す。
そして、大騒ぎする屈強な男たちの間を流れるようにすり抜け、私のいる厳格な受付カウンターへと真っ直ぐに向かって歩いてきた。
彼が近づくだけで、周囲の空気がみっちりと引き締まり、カウンターの頑丈な木がミシミシと物理的な質量で鳴っている気がする。
「ハロー、ひより嬢! 今日も素晴らしい受付バルクだな!」
「モストさん、おかえりなさい。あと、受付バルクってなんですか。私、ただ座ってパソコン叩いてるだけです」
「ハハハ、キーボードを叩くその前腕の収縮、実にキレているぞ!」
「いいから、これ以上ドローンのレンズを壊すのやめてください。私の始末書の山がナイスバルクに育っちゃいます」
私がジト目で睨みつけると、モストさんは「す、すまない……本当に悪気はなかったんだ」と、その規格外の巨体に似合わず、ひっそりと眉を下げてしょんぼりと肩をすぼめた。
この誰もが愛おしくなってしまうような、無自覚なギャップが本当にずるい。
すると、モストさんは大きなゴツい手のひらをカウンターに出し、オーガロード討伐後に手に入れたばかりの、淡く神秘的な輝きを放つ超高級ドロップアイテムをコト、と優しく置いた。
「これをひより嬢に預かってほしいんだ。深層の入り口で採れた【超高純度の回復ポーション】だ。無料救護所に全額寄付するよ」
「えっ……!? モ、モストさん、ちょっと待ってください……っ!」
私は思わず椅子から立ち上がり、目の前にある淡い輝きを二度見した。
「これって市場に出せば高級外車が1台、下手をすれば都内に一戸建てが買えるレベルの激レアアイテムですよ!? 本当に売らずに、そのまま寄付しちゃうんですか?」
普通の冒険者なら、自分の装備を新調するため、あるいは一攫千金を狙って絶対にオークションに流すほどの代物だ。
だが、モストさんはどこまでも大真面目な顔で、包み込むような慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「お気になさらず! 衣服のキャパシティが筋肉の情熱に耐えきれないように、大金もまた私の器には余るものだ。それよりも、これで今日ダンジョンで怪我をした沢山の若手冒険者たちが無償で助かるほうが、世界全体のプロテイン濃度が上がって良いことづくめだからな!」
「ぷ、プロテイン濃度……? はあ、もうよく分かりませんが……」
私はガックリと肩を落としながらも、胸の奥がじんわりと温かいもので満たされるのを隠せなかった。
この人はいつだって、自分の利益なんて1ミリも考えていない。口を開けば筋肉筋肉言っているけれど、差し伸べられた他人の魔法支援を弾いてしまう孤独な肉体を背負いながら、誰よりも優しくて、気高い人。
「……いつも本当にありがとうございます、モストさん。怪我をした子たちのために、大切に使わせていただきますね」
「うむ! よろしく頼む! では私は、予備の衣服に着替えて家路につくとしよう!」
そう言って、モストさんは爽やかに更衣室へと消えていった。 私は誰も見ていないのを確認して、ポーションを丁寧に抱き抱えながら、小さくため息をつく。
(もう……本当に、最高に不器用で、最高に心優しい私の自慢の推しなんですから……)
ひよりがそんな密かな応援の宿った独り言をカウンターの裏で呟いていることなど露知らず、モストは「まともな予備の衣服」に着替えて、活気ある地元の商店街へと向かうのだった。
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