第四話 雨音の隙間で夢
大幅に改稿しました2026/07/10
連続投稿の一個目です
もう一度、深呼吸をする。
ムニッ。
(ある)
そして、スカッ。
(……ねぇ!)
ダメだまだ思考が追いつかない。伸びた髪を触る。
まつ毛がメガネに当たる。その不快感に思わずメガネを外した。転がっていたナイフに自分の顔が映る。
その瞳と、目が合った。
「……っ」
思わず息をのむ。
長いまつ毛。白い頬。以前よりも少し丸くなった輪郭。違う。
これは俺じゃない。
そう言い聞かせるように首を振る。
だが、ナイフの中の少女も同じように首を振るだけだった。
喉が渇く。
唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。
グッと握り締める拳。
「………っ」
爪が食い込む。紅い血が手のひらに垂れた。
それでも、
目の前の現実は変わらない。
ヒイロは、ただ黙ってその様子を見ていた。
◇
ドサリと座るレイ。
ヒイロは山賊達の持っていた干し肉をかじる。
硬い。
「………メガネも食べるか?」
「いらない」
そっぽを向くレイ。
「メガネはなんであの森にいたんだ?」
「……さぁ?」
「というか、なんでそんなメガネしてるんだ?」
「別に理由はない」
会話が続かない。
もぐもぐと肉を噛む音だけが洞窟内に響く。噛みきれない。ヒイロは黙って肉を見つめる。
「なぁ、そろそろ名前教えてくれよ」
「………」
当然のように無視。
ヒイロの口の端がピクっと動き、何かを考えるように上を向く。
数秒後。
息を吸い込み、声を張る。
「俺の名前はヒイロ!」
「好きな食べ物は肉!」
「嫌いな食べ物は…食べられないもの!」
「……はぁ?なんだ、急に」
「俺は、お前のこと知りたいと思ってる!
だからまずは、お前に俺を知ってもらいたい!」
一体何を言っているんだ、という風な顔をするレイ。
構わずにヒイロは続ける。
「趣味は人助け!感謝されると嬉しい!」
「動物も好きだ!」
「いつかドラゴンの背中に乗ってみたい!」
レイは本気で理解できないものを見る目をした。
「あと……」
言葉が続かない。
初めて、ヒイロの勢いが止まった。
「……それから」
少し、間を置く。
「俺は、俺には…」
バッと立ち上がるヒイロ。
「俺には記憶がない!3年前から!」
「はぁ?」
思わず顔を上げるレイ。
「だけど、俺の名前はヒイロだ!」
少年は笑った。
松明の光が、陽色の髪の毛を輝かせる。
「俺が知ってる俺のことは、これで全部だ!」
ヒイロの瞳が、ぐるぐるメガネの奥を捉える。
「もう一回だけ、聞いてもいいか?」
「お前の名前を教えて欲しい」
空いた口が塞がらない。
この男は何を考えているんだ。
(……)
桃色の髪の少女は深くため息をつき、
反射した鏡に映る自分の顔を見る。
目を、閉じる。
そして、ゆっくりとヒイロの瞳を見つめ返す。
「……」
ニヤリ。
「誰が教えるかバーカ」
「なっ……」
予想外の返答にたじろぐ。
「教えてくれ!」
手を差し出すヒイロ。
その手を見て、フッと笑う。
「どうしてお前の自己紹介だけで
オレはお前を信用しなくちゃなんねぇんだ?」
レイは立ち上がった。
差し出された手を無視して、干し肉を掴む。
「オレはお前を利用するだけだ」
笑顔が固まる。
ヒイロは差し出した手をグッと握り締めた。
「……あっそ!」
肩をすくめたヒイロは、レイの手にある干し肉へ視線を移す。
「あ……それ……」
何か言いかけて、口を閉じる。
ガブッ――。
勢いよくかぶりついたレイの表情が、一瞬で歪んだ。
「かっ、硬ッッ!?」
その様子を見て、ヒイロはニヤリと笑う。
「あ、それ硬い肉だから気をつけて!」
「言うのが遅ぇよ!」
「ごめんごめん!」
ヒイロは大袈裟に手を合わせて謝る。
「どうせ信用してもらえないと思ってさ」
「……」
◇
少しブカブカになった服を引きずる。
ズボンが落ちそうだ。床に転がっている山賊からベルトを奪おうと歩き出す。
カシャンッ。
何かが当たる音。振り返る。
ーー鏡だ。鏡の破片。
(……あの時の音)
破片を手に取る。
(何かが割れたような音だった)
破片の縁が指先を切った。
「っ……」
血が一滴、鏡の表面に落ちる。
キラリと怪しく光る破片。
「なんだそれ?」
いつのまにか後ろにいたヒイロ。
「カガミ……?」
ヒイロは眉をひそめる。
「なんかどっかで……」
「…!?」
一瞬、顔を歪めるヒイロ。
「あ!思い出した!聞いたんだ!今朝!!」
「聞いた?」
「ああ」
ヒイロは鏡に近づく。
「この森で、俺を吊るしたやつら」
鏡の破片をじっと見つめた。
「なんか変なこと言ってたんだ」
「変なこと?」
「ああえっと」
少し考えるように頭を押さえる。
「確か……鏡がどうとか」
「反転…いや、逆転だったっけ」
「なんか、そんな感じ」
ヒイロは首を傾げる。
「あと」
「儀式がどーたらこーたら、とかも言ってた」
レイの喉が鳴った。桃色の髪を触る。
「……そうか」
レイは山賊の懐から何かを取り出し、ヒイロへ放った。
「ん? なんだ?」
「報酬だ。さっき言っただろ」
数枚の硬貨がヒイロの足元に落ちる。
「え?」
「……一応な」
「いいか、オレとお前は他人だ」
「これがその、証明だ」
そう言ってコインをもう一枚、ヒイロに投げた。
チャリン。
音を立てて床に落ちたそれを、ヒイロは受け取らなかった。コインを投げ終えたレイは、そのまま洞窟の出口へ歩く。
「チッ……嵐じゃねぇか」
レイは洞窟の出口の扉を開けた。
雨が地面を叩きつける音が響く。
レイは荒れた外と、洞窟内を交互に見る。
外はもう夜だった。
◇
「いいか、オレが寝てる間は絶対にこの線に入るんじゃねぇぞ」
そう言って地面に線を引くレイ。1番出口から近い場所を確保して、そこに座る。結局2人は洞窟内で嵐が止むのを待つことにした。
「え!恋バナとかしないのか?」
「脳みそ溶けてんのか?」
「ひどい!」
「外に出されないだけ優しいと思え」
先ほどの鏡をもう一度見つめるレイ。
割れた鏡。長髪の男。全滅した山賊。そして、自分の体。
「……反転」
桃色の髪の毛をギュッと握る。関係ないわけがない。この身体が変わってしまったことと。
(コイツが吊るされていた場所……)
何かあるかもしれない。元に戻るための、ヒントが。
「分かった!枕投げならどうだ?」
まだ諦めていなかったらしいヒイロが声を上げる。レイは鏡を床に置いた。
「いや枕ないだろ」
「た、確かに」
「あってもやらねぇよ」
しゅんと眉尻を下げるヒイロ。
(記憶喪失……ねぇ)
だが、それならこの男の常識の通じなさにも納得がいく。とぼとぼと山賊の使用していたであろう布団に入っていく男をを見つめながらそんなことを思うレイ。ヒイロが寝息を立て始めたのを見届けて、ナイフを手に持ちながらうとうととし始めた。
数分後、静寂が訪れる。雨音と雷鳴が響く。
キラリ、と何かが光った。
『バキンッ』
◇
激しい雨音。
「っ……!」
苦しげな少女の呻き声。
桃色の髪が揺れる。
ナイフを振り下ろす。
ボタッ。
温かい血が頬に飛ぶ。
首から血を流しながら、それでも男は笑っていた。
気味が悪い。
男は少女に馬乗りになり、その喉へ手を伸ばす。苦しい。
息ができない。
稲妻が走る。
一瞬だけ、陽色の髪が白く浮かび上がった。




