強がりの靴音
「準備できたか。」
「はい。滞りなく。」
「そうか。」
扉越しに聞こえる会話に、げんなりする。本当にこの格好で人前に?冗談きついって。
「清川さんは嬉しそうだね。」
「夢みたい……!」
「若いっていいなー……。」
順応能力高くて素晴らしい。
これから披露宴でも行われるんですか?と言いたくなるほどの、ずっしりとした布の量と鮮やかな色。フリーンさんにこれでもかというほど、ぎゅうぎゅうに絞められたコルセットがきつい。
私に用意されたのは白と水色のマーメイドドレス。清川さんはパステルカラーのピンクと黄色のプリンセスライン。マーメイドドレスなんてもっとシンプルなはずなのに、裾に幾重にもレースが重なって動きにくいったらありゃしない。清川さんは鏡の前で回って楽しそうだけど。目が回らないのかな。羨ましい。
「何をしているんですか?殿下がお待ちです。」
「殿下って誰。」
「フォルセティ殿下です。」
「あれ、その名前……あっ、ちょっ、待っ!」
とりあえず服が乾くまではここでやり過ごせないかな、なんて思っていたのに現実は甘くないらしい。いつまで経っても出てこない私たちに痺れを切らしたフリーンさんが扉から顔を出し、呆れたように溜め息を一つ。
殿下のお呼ばれに、さっさと部屋を出ていく清川さんの逞しさに感心。殿下だか何だか知らないが、ご遠慮願いたい私はどうにか抵抗を試みるも、背後に回り込んだフリーンさんにぐいぐいと押され、ズズズッと動き出す足。
もしかして、この人、怪力なんですか?
抵抗虚しく、扉は目前に。自動ドアなのかと思うくらい、ひとりでに開いて。フリーンさんの一押しで前のめりになる体。ドン、と硬い何かに鼻を強打した。
「……ったー!」
「……何をしている。」
あまりの硬さに岩とぶつかったのかと思ったわ!
強打した鼻を押さえて見上げた先の冷ややかな顔。そこから吐き出された言葉もなかなかに冷たい。返す言葉に迷う私の頭に溜め息が降ってくる。溜め息を吐きたいのは私の方なんですけどね。
それにしても。この人、ペラッと薄い体してるなと思っていたけど、実は結構厚いのだろうか。どう見ても、スラーッと見えるんだけど。この体のどこに岩の要素が?
「いつまでそうしているつもりだ?」
「……あ!申し訳ございません。」
どうやら私の体を受け止めてくれていたらしい。両手で鼻を押さえていたせいで、全体重を預けてしまっていたようだ。裾のレースを踏まないように細心の注意を払いながら体を離す。破けて弁償なんて勘弁願いたい。
「……まあ、いいだろう。」
「え、何が?」
大股二歩ぐらいの距離を保てば、上から下までチェックされて、小さく頷く美人。まあってどういう意味ですか、まあって。ツッコミがすぐそこまで出掛かったけれど、何とか飲み込む。くるりと踵を返した美人にフリーンさんが声を掛けた。
「フォルセティ殿下。」
「……殿下?」
「…………何だ。」
「フォルセティ、殿下?」
「だから、何だと言っている。」
「フォルセティ殿下!」
王子様なのか、この人!
思わず指を差しそうになって、慌てて引っ込める。勢い良く拳を突き出して、正拳突きみたいになったが、それはそれで失礼かも。いや、指を差すよりはマシだろう。不敬罪で処刑なんてなったら困るからね、うん。
私の挙動にびっくりした顔をする美人、もとい、フォルセティ殿下。気持ちがわからないでもない。私もほぼ初対面の人に急に正拳突きされたら同じ顔する自信があるから安心してほしい。
「……行くぞ。」
「あ、はい。」
眉間を摘む仕草。何かを振り切るように溜め息一つ吐き出して、くるりと私に背を向ける。投げられた声に思わず素直に頷いて、すぐに後悔。あわあわとしている私を横目でちらりと見たフォルセティ殿下が鼻で笑ったのを私は見逃さなかった。
「若さって素晴らしい。」
「何を言ってるんだ。」
意を決して部屋を出ると、はしゃいでいる清川さんの姿。剣と本の男性に見せて談笑している姿に、もう私は若くないんだなあ、なんてちょっと切なくなってしまった。
無意識に口を突いて出た、呟きを拾って、フォルセティ殿下が何か言ったけれど、聞かなかったことにする。答えが返って来ないことにもう慣れてしまったらしいフォルセティ殿下は、わざわざ談笑中の三人の間を通り抜けて、振り返り——
「皇帝陛下たちが待っている。急げ。」
それだけ言い残してスタスタと終わりの見えない廊下を歩き出す。行かなきゃダメなのか?と最後の抵抗を試みるも、やっぱり剣と本に退路を断たれて、前に進むしかないらしい。無言の圧力に負ける私と浮き足立つ清川さん。両極端の背中を見た剣の人が、ケラケラと笑いながら後ろを歩く。本の人に至っては声は聞こえないのに視線だけが背中に刺さって怖すぎる。これはもう犯罪者扱いでは?
「清川さん。」
「はい?」
後ろをチラチラ気にしながら、足取りからはしゃいでいることがわかる清川さんへ耳打ち。ここは年長者として注意をしなくては。
「棘あるよ、あの人。」
「……?はい。」
私は嫌というほどよく知っている。ああいう人に限って、厄介なトラブルをもたらすのだと。それに何度巻き込まれたことか。
前を小さく指差しながら、落とした言葉に頷く清川さん。ちょっと首を傾げていたような気もするが、きっと大丈夫なはずだ。きっと。
「……明日には帰れるかな。」
ここがどこなのかも、何が起きているのかもよくわからないけど。
少しだけ震えた手を誤魔化すように拳を握り締めて、一歩踏み出したヒールの音が、やけに耳に残った。




