重い扉
ゴゴゴゴ、と聞いたことのない音を立てながら開く扉。巨人でも通ることを想定して作ったのかと聞きたくなるほど大きくて、首が痛くなった。
前を歩くフォルセティ殿下に倣って、扉の前で一礼。辺りをキョロキョロと見渡していた清川さんも慌てて、一拍遅れて一礼した。
「成功したのか、フォルセティよ。」
やたらと音が反響するホールの中心へ歩み出たフォルセティ殿下に向け、見上げるほど高い場所に置かれた椅子に腰掛ける五十代ぐらいのおじさんが声を掛けた。顎に蓄えられた真っ白な髭は見れば見るほどサンタクロース。
「はい、陛下。」
この人だろうとは思っていたけど、やっぱりそうなのか。
言葉を返したフォルセティ殿下に、確信。陛下、と呼ばれたおじさんの横では涼やかな顔をした女性が扇で口元を隠し、私たちをじっと見下ろしている。値踏みするような視線を真っ向から受け止めれば、ぴくりと眉尻が動いたのがここからでもよく見えた。
「聖女の召喚の儀は成功しました。ただ——」
フォルセティ殿下の声は静かなのに、よく響く。
「召喚された者が二名おります。」
「二名……?」
「はい。こちらの二名です。」
「ほう?」
この視線にも、もう慣れてきたな。
立派に蓄えた髭を手で撫で付けながら目を細めて、こちらを見る皇帝陛下。自然と右手を左手で覆って、接客の基本姿勢。私と清川さんを見比べ、スッと視線が私の頭でピタリと止まる。あ、なんか、これって。
「そなたが聖女か。」
やっぱり。予想通りの答えに、頭を隠したくなる。
……たぶん、私じゃないと思うんだけどなあ。
横目で清川さんを一瞥。上手く説明は出来ないけれど、何となく、それは私ではなくて、清川さんの方じゃないの?と。
とりあえず否定の声をあげたいけれど、声を出していいものなのか判断がつかない。相手の主張も、聖女がどういったものかもわからない今、黙って成り行きを見つめることにして、唇を引き結んだ。
「どうして。」
その声は私のすぐ横で聞こえた。一気に視線が声の主に集中する。周囲の視線など気にも留めてない様子の清川さんの声は、真っ直ぐに皇帝陛下へと向かっていった。
「どうして、この人が聖女だと言い切れるんですか?」
「……何。」
「二人の内どちらが聖女なのか、わかるんですか?」
「ちょ、ちょっと清川さん!」
詰問口調の清川さんに急いでストップをかける。近くにあった服の袖を軽く引き、訴えるようにぶんぶんと首を振るも全然伝わらない。
「はっきりさせないと!」
「いや、でも!でもね、清川さん!相手は皇帝陛下なんだよ!わかってる?!」
「大丈夫です。」
「どこが!?」
大丈夫な理由を教えて欲しいんだけど!
全く大丈夫な状況ではないのに、一人空気の読めていない清川さんに胃がキリキリし始める。チラリと皇帝陛下に視線をやれば、心なしか眉尻が上がっているように見える。どうか気のせいであって欲しいと祈る私の願いを砕くように、清川さんは追撃の手を緩めない。
「何か理由があるんですか!おかしいじゃないですか、私もいるのに!」
「……そなた、歳はいくつだ。」
「十八歳です。」
「そなたは。」
「え……あ、に二十五歳です。」
「そうか。それならば、明白となったな。」
「それじゃあ……!」
「そなたが我々が呼び寄せた聖女だ。」
「私?!」
清川さんの予想を大きく裏切って、指を差されたのはやっぱり私だった。思わず声をあげてしまい、慌てて手で口を覆う。数歩前にいたフォルセティ殿下と何故か目が合ってしまい、すぐに逸らされて少しムッとした。
皇帝陛下はただ静かに私と清川さんを見下ろして、頬杖。どうして私なのか聞きたいけど、怖くて聞けない。躊躇する私の代わりに、やっぱり口を開いちゃう清川さんに頭を抱えた。
「何で私じゃないの……!」
「古文書に記された内容と違うからだ!」
隅々まで響き渡る、怒声にも似た声。あまりに唐突にこの場を占拠した声の大きさにびくりと肩が跳ねた。発信源を目だけで探れば、そこにはあの場所であった体格の良いフォルセティ殿下の兄の姿。皇帝陛下の隣にどっしり構えて仁王立ちしている。
何故あんなところに?と、ふと頭を過ったが、よく考えればフォルセティ〝殿下”の兄だ。つまりは彼も、そういうことだろう。
「昔、君たちと同じように二人同時に聖女召喚されたことがあった。」
「……。」
「我々の祖先は、そなたのように年若く、見目麗しい方を聖女だと判断してもう一人を冷遇した。」
「冷遇……。」
「だが、それが誤りだったのだ。本物の聖女は冷遇した、年上の黒髪の女性だった。」
ああ、だから。
異様なくらい頭を見比べられ、その上で聖女は私であると言われた理由がわかった。フォルセティ殿下のお兄さんと皇帝陛下が告げた内容に納得するも、だからって全部そのケースに当てはまるとは限らないのでは?確証はないけど、召喚された聖女は清川さんだと思うし。
「我々はもう二度とそのような過ちを犯してはならない。」
のっぴきならない事情があるんだろう。皇帝陛下の深刻な様子にそれだけは何となく感じ取ることができた。それなら尚更、黙っていることは出来ない。
唇を噛み締める。逡巡の末、乾き切った唇を舌で湿らせて口を開けば、しんと静まり返ったこの場を私の声が駆け抜けていった。
「私、たぶん違います!」
思いの外、大きく出た声に自分でも驚いた。天井に向かって真っ直ぐ手を伸ばし、宣誓のポーズ。私に集まる視線の痛さに背筋が震えたが、グッと足の親指の付け根に力を入れて、その場に踏ん張った。
「聖女じゃありません!」
語尾だけ切り取られて反響した声。ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ唾液が、ゆっくり胃の方へ流れていった。




