どこに行っても職業病。
無作為に敷き詰められた石の廊下を進む。足裏にひんやりとした温度が広がって、歩くたびにペタペタと裸足特有の音が響いた。洞窟みたいだ、と思った。
音がやたらと響く暗がりを先導する三人の男性。先頭はあの美人。後ろを歩く二人の内、一人は腰に剣のようなものをぶら下げ、もう一人は……本?
「ねえ、あなた、名前は?」
「……清川、星奈。」
「高校生?」
「……卒業したばかり。」
「そっか。」
前を気にしながら、こそこそと耳打ちして聞いた名前。高校生だと思っていたら、卒業したばかりとは。じゃあ、十八歳か。私と七歳も差があるなんて、と軽くショックを受けたり。
「私、永原真琴ね。」
「永原、さん。」
「清川さん、どうしてあそこで溺れてたの?」
「あれは……。」
あんな時間に、あんな所で。ずっと引っ掛かっていたこと。言い淀む清川さんの言葉の続きを待っていると、急に後ろを振り返った美人と目が合った。
「……何を話している?」
「な、何も!ね、清川さん。」
「う、うん。」
「本当か?」
「疑ってるんですか?ちゃんと前を見て歩かないと転びますよ!さあ、さあさあ!」
「…………ふん。」
……何だ、今のは。
美人の態度にイラッとしたが、今はそれどころではない。前を歩く三人の様子を伺いながら、肘でちょんちょんと清川さんを小突いて、さっきの話の続きを促した。清川さんも前を気にしながら、小さく口を開いて耳打ち。
「……引き込まれたんです、水に。」
「…………は?」
「本当なんです!急に、水が私の足を引っ張って……!」
思い出して怖くなったのか、その声が徐々に大きさを増して。こちらをちらりと見る三人の視線。慌てて、清川さんを落ち着かせるように、抱いていた肩をぽんぽんと優しく撫でる。肩が二、三度大きく上下して、清川さんが落ち着きを取り戻したのを見て、ホッと息を吐いた。
——水に引き込まれるって、何。足を引っ張られたって、水に?
反芻しても、なかなか飲み込めない。生まれてこの方、聞いたことがない単語の羅列だ。ただ、もし自分が同じような状況だったら、相当怖いだろうな、ということだけはわかる。だから、たぶん清川さんも。
「……ここから地上に出る。足元に気を付けろ。」
「地上?」
「ちゃんと前を見て歩かないと転ぶぞ。」
「……子供か!」
「ふっ。」
鼻で笑われて、ムッとする私を他所に、どんどん前へ進んでいく三人。平坦な石の道が、急に傾斜がついた道に変わり、気を付けていたのに少しだけ蹴躓いた。一緒になって足をもつれさせてしまった清川さんに申し訳なく思っていると、言わんこっちゃないと言いたげな視線が刺さる。私が悪いんじゃない。この道が悪いんだよ。
段々ときつくなる傾斜の道を登り切ると、急に開ける視界。差し込む光の刺激に、瞬きを何度も繰り返して見えたのは、古城ホテルみたいな内装だった。オーク材の床は、先ほどまでの道より幾分裸足に優しい。
——一泊、いくらぐらいだろう。
アイボリーを基調とした壁に掛けられた、よくわからないけど高そうな絵画。嫌味のないシャンデリアの灯り。調度品はアンティークだろうか。ちょっと温もりが足りないのがマイナスだな……あ、まずい。ついホテル目線で評価してしまった。今はそれどころじゃなかった。
「こちらでお召替えを。」
「あ、はい。」
案内された扉が二つ。木目調で彫りが美しく、ノブもよく磨かれて光を反射している。色々怪しいところもあるが、とりあえず着替えはしたい。美人に促されるまま、一つの扉の中へ二人で入ろうとして呼び止められる。
「……別々でお願いしたいが?」
「は?無理ですけど。」
「何故だ。」
「いやいや、普通に考えてよ。こんなよくわからないところで十八歳の子一人にできないでしょ。」
「十八歳なんだろ?」
「え、十八歳じゃないの?」
「あ、はい。十八です。」
「ほら。」
「…………これは、私が悪いのか?」
眉間を押さえて何か呟いている美人は放っておいて、私たちはそそくさと扉の中へ。閉まる直前、「おい!」と聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。
パタン、と音を立てて閉まる扉。さすがにあの人たちもこの中までは入って来ないらしい。入ってきたらどうしようかと思ったけど、一安心だ。
「清川さん。」
「はい。」
「一つ聞きたかったんだけど。」
「何ですか?」
「あの人たちが変な言葉を話してた時、もしかして清川さん——」
「お待ちしておりました、聖女様。」
清川さんと二人きりだと思っていたのに、急に部屋の奥から声がして、びくりと跳ねる肩。ギギギ、とぎこちなく声がした方を向けば、私よりいくつか上だろうか。三十前後ぐらいの女性がこちらに頭を下げて立っていた。
「ど、どちら様で……?」
「私は聖女様のお世話を仰せつかっております、侍女のフリーンと申します。」
「ジジョノフリーンさん。」
いや、名前長くない?と思っていると、清川さんがボソッと「侍女、ですよ」とツッコミが入る。だから、その「侍女」って何なのよ。
「メイドみたいな。」
「ああ、なるほど……清川さん。」
「はい。」
「さっきから私の心読んでない?」
「声に出てたから。」
「え?」
「全部声に出てた。」
「……全部。」
この異常事態に、ホテルマンとして培ってきた対人術が仕事放棄をしたらしい。今度は気を付けなくちゃ、と唇を引き結んで、漏れ防止対策ばっちり。奥に控えているフリーンさんに向き直った。
「えっと……フリーンさんはここで何を?」
「お召替えをお手伝いさせていただきます。」
「……なるほど?」
にっこり笑って掲げられた服の布の多さに気が遠くなる。あんなもの着るくらいならこのままのほうがマシなんだけど、と思ってしまった私とは違い、清川さんは目を輝かせてそれを食い入るように見つめていた。
「清川さんだけでいいんじゃないかなー……。」
「その姿のまま皇帝陛下や殿下の前に出すわけにはいきません。」
「皇帝陛下……。」
自分の姿を上から下まで見返して、私はただ、天井を見上げるしかなかった。




