第86話
何もない所から女性が現れた。
腰まで届くストレートの黒髪に黄金の瞳。
冷たいほどの無表情をした女性はトトトゥーナたちに頭を下げた。それからロキフェルドに顔を向ける。
「お休みのお時間です」
「もうそんな時間だっけ?」
「はい。いつもこの時間にお休みになっております」
女性は表情が変わることなく淡々と言う。
「そっかそっか」
「ロキ。具合でも悪いの?」
「疲れているだけだよ。どうしてここまで疲れているのか覚えてないけど」
「帰る前にムイの傷を治して」
ロキフェルドは初めて悲しそうな顔をした。
「傷を癒すこともできなくなっちゃったんだね」
まあ、僕もだけど、とロキフェルドは付け加えて、女性を見る。
「彼女はシグレ。シグレ。トゥーナの番の傷を治しなさい」
「分かりました」
シグレはムイフレスに向けて手を伸ばす。
魔方陣が構築され、ムイフレスは肩から手を離すと穴が塞がっていく。
ロキフェルドはトトトゥーナににっこりと笑う。
「会えてよかったよトゥーナ。またね」
ロキフェルドの姿が消えていった。
「これでよろしいでしょうか?」
シグレが完全にムイフレスの肩の穴を塞いで確認する。
「シグレ。ロキはどうしたの? 前のロキなら傷を癒せたし、疲れたなんて、三日間はしゃいで寝なくても大丈夫だったのに」
シグレはそれは、と躊躇う。
「教えてほしいの」
「あなたには番がいるのに、ロキフェルド様のことが気になるのですな?」
そこで初めてシグレは表情を崩して睨みつけてきた。
トトトゥーナはそこで悟る。シグレの想いを。
「心配しないでなの。ボクはロキの姉なの」
「あ、ね?」
「姉、なの」
「あ、ね……姉!?」
シグレは目を丸くする。
トトトゥーナは頷く。
「そうなの。腹違いの姉だけど、姉なの」
「お姉様だとは知らず、すみませんすみません」
「ボクたち似てないから、言わないと分からないの。それで教えてほしいの。ロキはどうしちゃったの?」
ゴホンとエドモントが咳払いする。
「人払いしましょうか?」
エドモントは職員とアンズに顔を向ける。
「エマーマを地下室に運びなさい」
職員がエマーマを背負い、アンズが支えながら部屋から出ていった。
シグレは目線を落とす。
「私は、私は、魔女狩りで、火炙りにされました」
「魔女だったの?」
「はい。森でひっそりと暮らしていました。そこに薬草を求めて青年が魔獣にやられていたんです。大怪我を負った青年を助けました。その青年が私が栽培していた薬草の畑を見て仲間に言ってしまったんです。豊富な薬草があると。私は邪魔者になり、魔女として捕えられて、火炙りにされたんです。畑が欲しいばかりに」
「火炙りからロキが助けてくれたの?」
「はい。ですが私はほとんど死にかけていました。ロキフェルド様はほとんどの力を使って死にかけていた私を蘇らしてくれたんです。その際に番だと分かる直感力が失われ、記憶障害も起きてしまったんです」
「ロキとあなたは番なの?」
シグレは悲しげな顔をする。
「はい。ですが今のロキフェルド様は私が番だと認識していません」
「言わないの?」
「怖くて言えません。あの人はあなたしか執着していません。私が今ロキフェルド様といられるのは、迷子ということにしているんです。一時的だから一緒にいられるのです」
「ロキは、ああ見えて気に入ったものは大事にするの。それに気に入らなければ一時的でも側に置かないの。ロキは番としてあなたを忘れてしまっても、気に入ってると思うの」
トトトゥーナは思い出す。ロキフェルドのことを。
ロキフェルドと初めて出会ったのは路地裏で、ロキフェルドは自分が半神の男神であることを知らなかった。
ロキフェルドは人族と男神から生まれた半神だった。
そして腹違いの弟だった。




