第72話
「ムイ。ボクはアリサに美味しいパンを教えるの。そしてエルアーノに食べさせるの」
「私?」
「前にギットレイドと約束したの。でね。色々とあったエルアーノがパンが好きだって。本当は聖女になるかもしれないアリサに恩を売ろうとしたの。でも聖女にならないみたいだけど、エルアーノに元気になってほしいの」
「そうなのか。礼を言う。ありがとう。ユーファレッシーノは妹君と私を重ねている節があるからな」
エルアーノはぼんやりしているアクセルが何処かに行かないように腕を掴む。
「番が見つかったんだが、すでに妻子持ちでな。相手はそのことを言わず妹君と付き合ってな」
トトトゥーナは顔を歪める。
「酷い男なの」
「相手の奥さんが妹君の家に乗り込んで発覚したんだが、妹君はまったく知らなかったようでな。奥さんを追い出した後に自殺未遂をしたんだ」
「助かってよかったの」
「ああ。心配したユーファレッシーノが家に行きと、湯船で腕を切っていたらしくてな。奥さんはそのことを知って、慰謝料は請求しなかったようだがな」
「奥さんはその男と別れたの?」
「みたいだな。番は妹君と何事もなかったように付き合おうとしたんだが、妹君は拒絶したようでな。まあ番は人族なので、竜人族である妹君をどうこうする力がないのが救いだがな」
トトトゥーナは胸を押さえる。自分のごとく痛い。
「今、妹さんはどうしているの?」
「確か、針子として働いているはずだ」
「妹さんも美味しいパンを食べてほしいの。でも時間がかかるの。酵母を作らないといけないし、元種にするにも時間がかかるの」
「ならまず酵母と元種だけ話をしよう。美味しいパンは後日にして」
トトトゥーナは頷き、ぼんやりしているアクセルが何処かに行こうとするのをエルアーノは引き戻す。
「ベルベルトは邪神教の奴らの報告をしたらいい。番殿は私が責任を持って届けよう」
「ボクは平気なの」
「俺が平気じゃない」
「邪神教の信者たちを早く報告した方がいいと思うの。それにボク。モリス・ランリーさんに伝言を伝えたいの。ボクが言おうとするの、ムイ、睨みつけるでしょう?」
「モリス・ランリー」
ああ、とムイフレスは思い出す。
「落ちぶれた商人か」
ムイフレスはそっとトトトゥーナの手を取る。
「トゥの願いを叶えよう」
ムイフレスはトトトゥーナの手にキスをした。




