第109話
思いかけないアリサの提案に、ロザリアは眉を寄せた。
「何を言ってんだい。せっかく隊長様の番様が教えてくれたんだよ? それを何故余所に教えなくっちゃいけないんだい」
「美味しすぎるからよ。他のパン屋が潰れて、恨まれるのが目に見えているわ」
「教えたらあたしたちの店が潰れるかもしれないじゃないか」
「それはないわ。だって今まで潰れなかったんですもの」
アリサはパンを撫で回す。
「恨まれるより、協力してパン屋を盛り上げた方がいいわ。パン祭りなんてものは多い方がいいでしょう?」
「ふさげるんじゃないよ! 夜の妖精に気に入られているからって、偉そうにするんじゃないよ!」
リデルエリエーゼがアリサの前に立った。
「アリーのこと悪く言うなんて、私が許さないわよ」
「夜の妖精は引っ込んでな! そもそもアリサは男運も悪いんだ!」
アリサは目を見開いて、リデルエリエーゼを押し退ける。
「ヤーファの悪口を言うの!? 信じられないわ!」
「あんな男の何処がいいんだい! 騎士の成り損ないじゃないか!」
アリサは持っていたパンを床に叩きつけた。
「もういい! もういいわ! 嫌がらせを受けて恨まればいいのよ!」
そのときドアが開いて、警備兵のヤーファが入ってきた。
「すみません。遅くなってしまいました」
ヤーファはムイフレスやギットレイド、キリーベルを見て、思わず敬礼する。
アリサはヤーファを見るなり抱きついた。ヤーファは驚いた顔をしてアリサを見る。
「どうした? アリィ? どうしたんだ?」
ロザリアは気まずそうにする。
厨房から大将と呼ばれる厳ついた顔をした男が出てきた。夫であり父親である。
「アリサの言う通り、俺たち以外のパン屋に番様が教えてくれたことを教えよう」
「あんた!」
「今日は待ちに待った試食日だ。これだけ集まってくれた人たちに対して何をしているんだ」
「だってアリサが──」
「黙れ。俺も騎士の成り損ないだ」
ロザリアはハッとする。
「あたしは別にあんたのことを言ったんじゃないんだよ」
「ヤーファ君はいい人だよ」
いい人と言われ、ヤーファは目を丸くする。
「ジャンさん」
そう思われているとは思わなかったし、騎士を目指していたとは知らなかった。
「俺を一人前まで育ててくれたパン屋を俺が作ったパンで潰したくない。ロザリア。お前だって俺と結婚する前まで通っていたパン屋があるだろう? 潰れていいのか?」
そう言いながらアリサが床に叩きつけたパンを拾う。落ちた表面を手で払い、アリサに渡す。
「アリサ。食べ物に当たるんじゃない」
アリサはパンを受け取る。
「ごめんなさい。お父さん」
「あの人怖い顔」
ミーアが呟く。
「こらミーア」
エリザベータはミーアの口を押さえるのだった。




