黒猫 第二話
一人の物書きが書いたつたない物語ですが、どうぞ。
「少し悲しい」をテーマに書いたつもりです。
第二話になります。
「オーナーは沢山本を読むんだ。だから、見舞いの品は栞が良い。勿論、黒猫がデザインされたやつだぞ!」
そう命を受け雑貨屋を巡ること三軒目。漸く黒猫を象った栞を見つけた。長方形に切り取られたクリーム色の皮に毛糸玉にじゃれつく黒猫が印刷されたものだ。シンプルだが可愛らしい。私はいつものカフェへと急いだ。
ズズッ。
いつものように誰もいないカフェで熱々の好きでもないコーヒーを啜る。
「やぁ、今日も来たのかい。君も随分と暇だねぇ。」
折角頼まれていた物を買ってきたというのに随分な口の聞き方ではないか。と文句の一つも行ってやりたかったが、まぁ、いい。早く話をして見舞いに行きたい。
「言われたとおり、黒猫の栞買ってきたわよ。」
「おぉ!じゃあ、今日行ってくれるのかい?」
オーナーの名前は岸部順子さん。何となく、カフェのオーナーと言えば若い男性というイメージがあったため、お婆ちゃんであると聞いたときは不謹慎にも少し驚いた。
「そのために、すぐ食べられるマフィンにしたのよ。半分食べる?」
そう聞くと、猫は少し間を空けて「いや、いいよ。」と断った。最近はいつもこの調子だ。前まであんなにケーキを分けろとせがんでいたというのに、最近は進めても食べやしない。
あ、そうだ。買ってしまったが、聞きたいことがあったのだ。
「あのさ、言おう言おうと思っていたんだけど。黒猫が前を横切ると悪いことが起こるって云うじゃない。黒猫って縁起悪いんじゃないかと思って、」「何を言うんだい!」
言い切る前に、すごい勢いで猫が反論し始めた。いつも以上に長ったらしい話を要約すれば、黒猫はとある地域では幸福の象徴とされているらしい。「全く、何も知らないのに知ったような口を利かないで貰いたいね。」
正直、本当に知らなかったので反論のしようがない。本当に口達者な猫だ。
「じゃあ、行ってくる。言っとくけど、信じてもらえるかは分かんないよ?」
「ああ、かまわないさ。」
カフェから病院まではバスで30分程かかる。普段近場でしか生活しない私にとっては十分遠い。セントリア病院は流石、唯一の入院病棟のある病院というかとても大きかった。こんなに大きな物を建てるならもう少し小さい物を沢山建てればよかったのに、と思うほどに。
「あの…お見舞いにきたのですが…」
「はい、どなたのでしょう。」
しまった、見舞いには手続きが必要なのをすっかり忘れていた。本人に確認を取られれば全く面識のないことがばれてしまうではないか。
「では、こちらにご記入をお願いします。」
「面識の確認はされないのか。」
思ったよりもあっさりと手続きが済んだことに拍子抜けしつつ、感謝しつつ岸部さんの病室へ向かう。部屋は906号室だ。やはり、ここまで大きい病院だと部屋の数も半端ではない。
ガラリ。
戸を開け中を覗くとベットが6つ。個室ではないようだ。使われているのはその内の二つ。窓側のベットには女性が、廊下側のもう一つには荷物や見舞いの品らしき物はあるが、人はいなかった。どこかへ散歩でもしているのだろうか。
「えっと、岸部さんでしょうか。」
白髪混じりの長い髪を緩く結わいた、優しそうな女性だった。読んでいた文庫本から顔を上げてにこりと微笑みこちらを見やる。
「はい。そうですよ。」
よし、ここからが私の話術の見せ所だ。怪しまれないように上手く話を続けなければ。
「どうぞ、お入りになって。」
「あ、すみません。」
入院というのは、花瓶に花が活けられてて、果物の入ったバスケットがあって、と言うイメージだったが、岸部さんのベットの周りには本当に最低限の物しかないように思えた。
「何のおもてなしも出来なくてごめんなさいねぇ。そこの椅子にお座りになって。」
「あ、ありがとうございます。」
色々考えていたのに緊張で飛んでしまった。何を話すつもりだったのか…。取りあえず、自分のことを話さなければ。このままではただの怪しい人ではないか。
「あ、あの。私は桜庭みなみともうします。岸部さんのカフェにふらっと立ち寄って以来すっかり虜になりまして、今では毎日のように通っているんです。」
「まあ、こんなにかわいらしいお客さんが常連さんになってくれるなんて嬉しい限りだわ。」
岸部さんはにこにこと優しそうな笑顔で話を聞いてくれる。どうにかして、黒猫のことを伏せつつ栞を渡したいのだがどうしたものか。
「ええと、それで。私よりももっと前から通っている方に岸部さんが入院されたと聞いて、是非お見舞いに伺いたいと。」
「あらえら、わざわざごめんなさいね。」
「い、いえ。それで、その方からお見舞いの品を預かっていて…」
私の言葉はちゃんと言葉になっているだろうか。ドキドキと鼓動が速まる。悪いことをしているわけではないのだが、どうにも良心が痛む。私は鞄から栞の入った紙袋を取り出した。
「栞です、黒猫のデザインの。岸部さんは本を読まれるそうなので是非使ってほしいと。」
「そうなの。ありがとうございます。開けてみても良いかしら。」
どうぞ。と言うと、岸部さんは本当に嬉しそうに袋を封を開けた。
「まぁ、可愛い。早速使わせて貰うわね。」
そう言うと、岸部さんは本の間から黄色く紅葉した銀杏を取り出した。
「あぁ、これねぇ。栞なんて持ってきていなかったから見回りに来た看護士のお兄さんに無理を言ってね、ほらそこの大きな銀杏の木があるでしょう。その葉っぱを一枚取ってもらって栞にしていたのよ。」
デサインの指示はあの猫だが、これを選んだのは私なだけに喜んでもらえると嬉しい。
「その方にもよろしく伝えて下さいね。」
「はいっ。」
「っていう感じで、強も元気そうだったよ。」
「それはよかった。次はなにを持って行って貰おうか。」
最初に岸部さんを訪ねてから1ヶ月。私は度々岸部さんのお見舞いに行っていた。黒猫に頼まれたというのもある。でも、私が行きたかったのだ。あれから何度も訪ねて、そのたびにあの優しそうな笑顔に迎えられて。岸部さんの話を聞いているのに、いつの間にか私が悩みを相談しているのだ。岸部さんも優しいからとても楽しそうに聞いてくれて、また来なさいね。なんて言ってくれるものだから。
「岸部さんちゃんとあんたのこと覚えてるよ?やっぱりバスケットに入れてこっそり会わせてあげようか?」
「いーや。僕は行かない。」
「何でよ。確かに悪いことだけど、岸部さん喜ぶと思うよ?」
「はあ、君もしつこいな。僕は行かないと決めているんだ。」
全く、素直じゃない猫だ。
「あ、そうだ。私、次行けるの再来週になっちゃうのよ。」
「ううむ。それは随分と開いてしまうなぁ。」
大体一週間に一度以上のペースで訪ねているため、再来週というのは本当に結構あいてしまう。
「まあ、君にも君の都合と言う物がある。しょうがないさ。それまでに何をプレゼントするのか決めておくよ。」
「よろしくね。」
大した用事ではなかった。後回しにしようと思えば出来た用事。今思えば、そんな用事すっぽかしてお見舞いに行けばよかったかもしれない。嫌だ嫌だと駄々を捏ねるこの猫を無理矢理にでも連れて行くべきだったかもしれない。
連続投稿ですので、ぜひ続きもお読みください。




