9 敵は岩亀
敵は岩亀。
距離的に考えてファフヌル平原からではなく帝都を襲っていたやつだろうか。
こうして正対してみると、細かなところで神龍との違いが分かる。だが似ている。
「フレイ、あいつはお前の関係者か?」
「さぁ? なんか見たことあるような気もするけど、昔のことなんてよく覚えてないなぁ」
「そうか、なら戦うしかないな」
アリステアは速やかにそう結論づけた。やはりフレイはあてにならないと思っていた。
「嬉しそうですね、殿下」
クラハッドがあきれ顔をしていた。
「……そうか?」
言われて初めて、アリステアは自分の唇がつり上がっているのを自覚した。
「そうか、笑っていたか。ふふ、嬉しい、そうだな。楽しいと思っているな」
こちらの兵は元々いた神龍騎士団3百に加え、帝都から逃げ延びていた兵を多少拾い集めることが出来て合計5百。頼みの神龍は火を吐けず、歩るか走るしか出来ない。
敵の岩亀は火を吐ける。背の岩山にどれだけの兵が乗っているのかはわからないが、こちらより少ないということはないだろう。
果たしてどのような戦いになるか。ファフヌル平原で苦渋を飲まされた岩亀に意趣返しをしてやりたい。絶対してやる。
そのためには勝つために必要なことを積み重ねる必要がある。クラハッドの言葉の通り軍事とは普通を積み重ねるものなのだ。そして最後のスパイスで奇策を一振り。
この場合、まず行うべきは偵察である。
「フレイ、お前のその人型、攻撃されても平気だよな。ちょっと敵の数と陣形を見てきてくれ」
フレイが最初に姿を現した時、クラハッドの剣がすり抜けたのをアリステアはしっかり覚えていた。
「えぇー、俺が? あんなに遠くに行くの疲れるんだけど」
フレイは渋った。だがこの回答は彼が偵察ができる位置まで飛んでいけるだろうことを示している。
アリステアはそんなフレイの肩を掴んで強引に引き寄せ肩に腕を回した。
「フレイ、私は自分に出来ることをしっかりこなす男が好きだ」
「え、わ、そうなの?」
急なことにフレイの方が顔を赤くしている。
「そうだ。ちゃんと偵察をしてきてくれたら、そんな頼れる男とはデートに行きたくなるだろう」
「ほんと? デートしてくれるの?」
「あぁ、デートしてやろう」
アリステアは約束した。色気皆無のデートの約束であった。
「わかった! 行ってくるよ!」
フレイがばっと飛び出して宙に浮かび、ヴァルカニアの岩亀に向かって一目散に飛んでいった。
「いいんですか?」
デートなんていう約束をしちゃって、とクラハッド。
「必ず帰ってくる偵察兵のためなら安いものだ」
アリステアはドライに言い切った。
「そうですか。デートはちゃんとしてやってくださいよ」
「当然だ。今後も使い倒すためには必要だからな。だがなクラハッド、デートプランを作るのは手伝ってくれよ?」
「私がですか」
「私よりは経験値があるだろう? まぁ私よりそれがない者などどこにもいないかもしれないが」
アリステアは苦笑した。
「ははは、殿下、自覚あったんですね。いいですよ、手伝いましょう」
クラハッドは軽く笑って請け負った。
しばらくして、フレイが飛んで戻ってきた。
敵兵の数はおよそ1000。大半が岩亀の外周部に陣取って守りを固めているとのことだった。
「よし、突撃だ」
アリステアは脳味噌まで筋肉が詰まっていると指摘されそうな作戦を述べた。
「芸がないですが、それしかありませんからね」
クラハッドも同意すれば、この場のトップ2の意見が一致したわけである。
「がんばれー!」
フレイが能天気な声を上げた。アリステアとクラハッドの目が同時にフレイに向けられた。
「何を呑気なことを」
「突撃するのはお前だよ」
「……え?」
「当たり前だろ、あいつは火を吹くんだぞ。人間が突撃して、なんとかなるわけないだろ」
「だからって、お、俺なの!?」
アリステアとクラハッドは同時に頷いた。
「俺だって熱いの平気なわけじゃないんだよ!?」
狼狽えているフレイの肩に、アリステアがポンと手を置いた。
「私は、フレイくんのちょっといいとこ見てみたいな」
その反対の肩を、クラハッドが叩いた。
「この戦いで勝てないとデートどころじゃないぜ」
「う……」
フレイの心が揺らいだ。すかさずクラハッドが周囲にいた騎士団の兵たちに手で合図をした。
「ハイ、ハイ、ハイハイハイハイ! 神龍サマのちょっといいとこ見てみたい!」
一斉に手を叩いて取り囲む兵士たち。以心伝心、騎士団長の無言の指示を完璧にこなす兵士たち。これが帝国軍最精鋭たる近衛の実力である。
「攻ーめて、攻めて攻ーめて!」
「デート?」
「攻ーめて、攻めて攻ーめて!」
「結婚?」
周囲でまくし立てられるコールとアリステアの視線に、ついにフレイは折れた。
「しょ、しょうがないなー! 俺のかっこいいところ見せてやるよ! 惚れるぜ?」
ちょろい神龍様である。
「よっ、帝国一のイケメン!」「頼りになる!」「そこにシビれる憧れるぅ!」
兵士たちは囃し立てながら元の場所へと戻っていった。
「よーし。じゃあ行くぞー。アリー、見ててよね?」
神龍が巨体を震わせ、前脚が地面を掻いた。
巨体が岩亀に向かって動き出し、走り、次第に速度を上げていった。
敵の岩亀は火を吐いて迎撃してきた。
神龍めがけて放たれた火球は、真正面から神龍の頭、角の先に当たった。
「ふんっ」
神龍が頭を振って、その角で火球を打ち払った。
「あっつ!! 熱いよ!! こなくそ!」
フレイが城壁の上で頭を押さえて叫んでいる。かっこよく締められないのはもはや彼の性なのだろうか。
だがその様子を見てアリステアは拳を握った。
「よし、いける」
接近にあたっての最大の問題となると思われた火球は防げる。
「ほんとに熱いんだぞ!?」
フレイがなにやら騒がしい。
「騒げるうちは大丈夫だ!」
アリステアが請け合った。
「かっこいいぞ! 頑張れ!」
クラハッドは励ましている。
岩亀が吠えた。また火球だろうか。
いや、違う。岩亀は頭を低く下げた。
その首の上の岩山の壁面が真ん中から割れ、中から筒状に見える何かがせり出してきた。
(何をする気だ?)
アリステア達が訝しみながら注視していると、そこから大きな何かが飛び出して来るのが見えた。
「なんのぉー!」
フレイが叫び、神龍の首が動いた。
がん、と大きな音がしてその角が何かを弾いた。
しばらくして神龍の近くの地面に何かが落ちて土埃を上げた。
「いったぁい」
フレイが頭を押さえている。
「何があった?」
「あいつ、石の球を打ち出してきたんだよ! あー痛い。あんなの聞いてないよ!?」
「……そうか。防げるなんてさすがだな」
アリステアは賞賛を口にした。彼女には何をしてきたのかほとんど見えなかったのだが、それに反応できたフレイはすごいと思ったのだった。
「ほんと!? かっこよかった!? 惚れた!?」
「惚れない。そういうこと言わなければかっこよかったんだがなぁ」
「なん……だって……!?」
フレイは落ち込んだ。
「ほら、早く走って距離を詰めてくれ」
「アリーちょっと俺の扱い雑じゃない!? くそー、行くぞー!」
神龍が速度を上げて岩亀に向かって行った。
「いいぞ、そのままぶつかれ!」
岩亀は慌てて向きを変えて突撃を避けようとし始めているが、もう遅い。
「総員、衝撃に備えろー!!」
クラハッドの命令が飛ぶ。兵士たちが城壁や砦の出っ張りにがっしりとしがみついた。
神龍と岩亀、2つの巨体が激突した。
砦が揺れる。
避けようと斜めになったところで左肩から神龍の激突を受けた岩亀は、より大きく体を揺らした。
「上から抑え込め!」
アリステアの指示のもと、神龍はその左前足で岩亀の首を踏みつけ、右前足を背に乗せて上から重さをかけた。
神龍の背の砦が岩亀の背の岩山に寄せられた。すぐそこに倒れたままアリステアを見てくる敵兵の姿があった。
「よくやったぞ! クラハッド!」
アリステアは斜めになった城壁の上で剣を抜いた。クラハッドの名を呼べば、クラハッドは、もちろんやるべきことをわきまえていた。
「全軍、飛び移れー!」
クラハッドが叫びながら助走をつけ、岩亀の背をめがけて飛び込んで行った。狙うは岩山の中腹、小さいながらも平らになっているスペースである。
ヴァルカニア兵は激突の衝撃で倒れ、多くの者が起き上がれていない。
クラハッドは冷徹に彼らにとどめを刺して回った。
アリステアもまた岩山の別の場所に飛び込んだ。レイナと共にそこにいた敵兵を一蹴する。
「上へ! 山頂を目指せ!」
アリステアは帝国兵にそう声をかけながら岩山を駆け上り始めた。
事前の偵察によれば、山頂に敵将らしき男が布陣していたのだ。
激突の衝撃から立ち直る前に敵将を討ち取るか生け捕るかしたい。数で負けている以上、アリステア達の勝機は速攻あるのみである。
アリステアは全力で駆けた。続々と飛び移ってくる騎士団員がそれに続いた。




