8 にらみ合い
元輝17年5月4日、皇太子エルアクス・ロナール・フレイガルドはディアタイザを治めるバトニア伯爵との連名で諸侯に決起の檄文を発した。
皇太子エルアクスは、帝国が存亡の危機にあるとし、ラガトニア公の迅速な決断と愛国心を賞賛しつつ、自身が生きているので帝位については心配いらないことを示し、共同して外敵を討つことを訴えるものであった。諸侯には、速やかに自身またはラガトニア公の元に軍を結集し、ヴァルカニアを撃退する協力を望む旨記されていた。
「踏み絵ですな」
バトニア伯爵は、食後に蒸留酒を傾けながらエルアクスと懇談していた。彼は帝国貴族であり、商人のように協力を断れる立場にはなかった。この機に自身の勢力を強くする方向で積極的に協力するしかなかったのである。
「敵味方は明確にしておく必要があるからね」
懇談、といっても話しているその内容は政略そのものである。
エルアクスにしてみれば、ラガトニア公の元に集まった諸侯は将来敵となりうる。迷うくらいならあちらに行ってくれた方が立場が明確になっていいのであった。
ラガトニア公に先手を取られた以上は、数ではなく質で勝負することを選んだのである。
「あちらに集まりすぎても厄介ではありませんか?」
「烏合の衆である限り問題はないだろう。軍事的には、こちらにはクラハッドとアリステアがいる」
「……殿下、妹君は信用できるので? 周辺の町で義勇兵を募らせると聞きましたが」
今日の昼にザルツゲーツ商会を訪問した後、アリステアはエルアクスと別れて町を出ていた。バトニア伯爵には周辺の町を回って兵を集めるためと説明したが、実際は町の近くまで移動させていた神龍の元に帰っているのである。
「我が妹はね、人を裏切れない。まっすぐで、そして優しすぎるのだ。 “武を好まぬ優しい兄上”を裏切ることなどできない。だから離しても使える。クラハッドも一緒だしな」
「左様で」
伯爵はエルアクスがそういうのであれば、と意見を引っ込めた。
エルアクスはその後も伯爵と相談を続けた。集まるだろう兵の数、何よりも必要な兵糧をどう確保するかなど、課題は山積みなのだ。
ちょうどそのころ、アリステアはディアタイザから少し離れた場所に隠した神龍の元に戻る道中であった。
「ところで姫様」
「ん?」
レイナが馬を寄せてきた。
「エルアクス殿下に扮して姫様が身代わりになるという作戦をやろうとしたと耳にしました」
「……どこから?」
「そんなことは問題ではありません。そういう役は私がやります」
「いや、体格がだな」
レイナはエルアクスよりも背が高い。代わりを務めるのは無理がある。
「縮めて合わせます」
「無茶を言うなよ」
「姫様のためなら不可能さえ障害ではありません」
レイナは断言した。
「姫様が最前線に出ることは、お止めいたしません。私の力及ばず、姫様として戦死なさるなら受忍いたします。しかし、誰かの名を被って亡くなられるのはダメです。あとできれば私より先に死なないでください」
「わかった。しかしお前、イゼルに変な影響受けてないか?」
「何のことでしょう」
平然ととぼけた。
その後、神龍が見えてきた。足元にたどり着くと、人型のフレイが文字通り飛んできた。
「アリー、おかえり! ご飯にする? お風呂にする? それとも―――」
フレイがそう口にしかけたところで、フレイの目がイゼルを捉えた。
「アリー、何その女」
一段低くなったその声に、イゼルが反応した。
「アリステア様、この無礼で不潔な男は何ですか?」
2人とも一瞬で喧嘩腰である。視線がぶつかって激しい火花が散っている。
「新しく味方になった、イゼルという者だ。お前のためにわずかながら魔石と魔鉱石、そして魔導銀まで持ってきてくれたんだぞ」
「新しい、仲間……?」
フレイの顔に『信用できるか』と大きく書かれていた。
「イゼル、道中話しただろう。こいつがフレイだ」
「そうですか。この男が!」
イゼルの顔には『負けられない』と出ていた。
「アリステア様、駄目ですよ! こんな男に気を許したら骨の髄までしゃぶられて捨てられてしまいますからね! どうせなら私にしておきましょう!?」
アリステアはイゼルのよくわからない発言をまるっと聞き流した。
「二人とも私の頼りになる味方だ。できれば仲良くしてほしいと思っている」
その言葉を聞いた瞬間フレイとイゼルが固い握手をした。
「よろしく、2号さん」
「よろしく、片思いくん」
融和は遠そうである。
しかし二人とも表立っては深刻に対立しないことを選んだようだった。どちらもアリステアに嫌われたくない一心である。
その様子をレイナが冷ややかに見ていた。
アリステア達はさっそく神龍の体内空間の都市へとやってきた。
イゼルが家に製作材料として溜め込んでいた魔石等をフレイに食わせるためである。
「そこの穴に放り込んでくれよ」
フレイがそう言うと、一行の目の前に白い穴が現れた。
「こう?」
イゼルが鞄一つ分の魔石をザラザラとそのなかに流し込んだ。
「そうそう。うーん、いまいちな質の魔石だなぁ」
文句をいう資格のないやつがうるさい。
「魔導銀、あるんだろ? くれよー!」
イゼルはちらりとアリステアの顔色をうかがった。魔鉱石を精製した魔導銀は特に高価なのである。
「すまないが、たのむ」
アリステアがそう言えば、イゼルに否はない。イゼルは別の鞄から小石大の魔導銀の欠片を取り出すと、穴の中に放り込んだ。
「これもいまいちだなぁ。ちゃんと精製してる?」
「食べるだけの人は文句言わないでください」
イゼルが反射で毒を吐いた。
「働くために必要なんだからしょうがないだろ」
にらみ合い再発。
「フレイ、いいから教えてくれ。いまのでどれくらい溜まった?」
「……満腹までのってことならほとんど変わらないよ」
「火を一発吐き出すなら?」
「今の10倍」
「そうか、やはり規模の大きな魔力補給が必要だな」
それほどの量は持っていない。アリステアは、腹案を実行に移すことを決めた。
「少し遠いが、魔鉱石鉱山へ行こう。魔鉱石も魔石もそこならある程度あるはずだ」
「買うお金の方はどうするのですか?」
アリステアたちの資金力不足を知っているイゼルは当然の疑問を口にした。
「鉱山は帝室財産の一つだ。普段は販売した利益を納付させているが、現物を貰っていっても問題はない」
アリステアは敢えて単純化した。本当のことをいえば採掘業者との契約に基づく利権もあり、そう簡単なものではない。ただ、アリステアは緊急事態を前提として押し切り事後処理で解決するつもりだった。
「こいつの腹をある程度でも満たしてやらねば戦いにならん。魔力が満ちれば例の体内空間も膨らんで、食糧問題も解決できる」
アリステアはフレイに指示をし、魔鉱石が採れるブルロック鉱山へと神龍を移動させた。
もうすぐ鉱山につくという頃になって、アリステアは兵士に呼ばれて神龍の背の城壁に出た。
「……世の中、簡単にはいかないか」
鉱山を背にして、ヴァルカニア軍の岩亀がいた。
「岩亀対神龍、神龍はどのくらい戦えますかね」
クラハッドが当然の疑問を口にしていた。




