10 勝利を収めて
ヴァルカニア軍千人隊長、トテア・ボーマンはエリートであった。
フレイガルド帝国侵略作戦において、帝都奇襲軍の一員に選ばれ、アリステアたちが岩亀と呼ぶ秘密兵器城塞龍のマスター権を与えられるだけの男である。無能ではなかった。
ただ問題は、帝国が城塞龍を保有していることなど想定していなかったことにあった。城塞龍で蹂躙し、兵士の仕事は、残ったわずかな抵抗に対してとどめを刺す。それが城塞龍の運用計画であったのだ。
だから、帝国の城塞龍が体当たりを仕掛けてきて、帝国軍兵士たちが飛び移ってきた時、それに対応できる備えなど全くなかった。
配下の兵たちは体当たりの衝撃で転倒し、ひどい場合は城塞龍の背の岩山から転げ落ちてしまった。そこへ外縁部を飛び越えて中腹へ斬り込んでこられたのである。
部隊を城塞龍の外縁部から中央に呼び戻す間もなく、帝国軍はトテアが陣取っていた山頂まで瞬く間に上ってきた。
登ってきた帝国軍はわずか50名。だが山頂にいるヴァルカニア兵は20人といない。ここまで来る敵などいない、そう信じ切っていたために山頂にはほとんど兵を置いていなかったのである。
「くそっ」
悪態をつきながら彼自ら剣を抜く羽目になった。そんなトテアの前に、ひときわ見事な鎧を身に着け、尋常ではない輝きを放つ剣を持った女が悠然と進み出てきた。
マントの背に入っているであろう紋章を見るまでもない。帝国皇女アリステア。ヴァルカニアにとって捕えるか討ち取るべき最重要人物のひとりであった。
「貴殿が指揮官だな?」
黒い瞳が鋭くトテアを見据えてくる。
「いかにも、私が―――」
名乗りを上げようとしたトテアの言葉はそこで途切れた。一瞬の踏み込みで距離を詰めたアリステアの剣がその首をはねたのであった。首元を守る鎧の鋼鉄さえ紙のように断ち斬られていた。
トテア・ボーマンの名はここで歴史に埋もれた。
山頂が制圧され指揮官が戦死したことが伝わると、岩亀上で抵抗していたヴァルカニア兵は次々に武器を捨て全員が降伏を選んだ。
「強いな、アリーは!」
ヴァルカニアの岩亀の山頂で、フレイが騒いでいた。
岩亀は討ち取られた指揮官の命令がないと動かないようで、指揮官が死んでから全く動こうとしなくなった。
「何しに来たんだ、フレイ」
「アリーの勇姿を見に来たに決まってるじゃないか。さすがだねぇ」
口ではそう言っているが、フレイの目はさきほどからちらちらとアリステアからそれて、どこかを気にしている。
アリステアがそちらに目を向けると、山頂の中心あたりと思われる場所の地面に、大きな四角錐の結晶が立っていた。一辺が1メートルほどはあるだろうか。表面は蒼く滑らかで、魔石の結晶のようにも見える。
「あれが欲しいのか?」
「食べていい?」
食い気であった。
「掘り出して持っていくのは大変なんだが」
「それは大丈夫だよ!」
フレイがそう言うと、その背後にぬっと神龍の巨大な顔が伸びてきた。牙が生え並んだ神龍の口がうっすらと開いている。
このまま山をかじり取って食べてしまうつもりなのだろう。
「……私たちが山頂から降りてからにしてくれよ」
「うん!」
フレイはご機嫌になった。
アリステアが山頂にいる者たちをまとめ、山を下り始めると、神龍が大きく口を開けて山頂部分を丸ごとかじり取った。
「美味しい~。アリーありがとう!」
フレイがくねくねと歓喜している。
その周りでアリステア以外の兵士たちは顔をこわばらせていた。
「少しは魔力が戻ったか?」
「うん。何回かはどかんとやれそう」
「それはよかった」
フレイの性格を考えれば、1回か2回程度と見ておくべきだろう。アリステアはそう認識した。軽々しくは使えないが、いざというときの切り札は得た。
「問題はこの岩亀をどうするかだな」
動かないとはいえ、このままここに置いておいていいのだろうか。ヴァルカニアから新たな操縦者が送られてきて暴れまわるということはないだろうか。
そう懸念を口にするアリステアに、フレイがきょとんとした。
「もう大丈夫だよ?」
「何?」
「さっき俺がこいつの核を食べたから、こいつはもう、この形をしているだけの岩山だよ」
「……フレイ」
「なになに?」
「そういう大事なことは早く言ってくれ」
「俺も食べてから思い出したんだよ」
いつも通りのアホっぷりだった。
「他に何か言い忘れてることはないだろうな?」
「……あ!」
あった。
「これも今核を食べて使えるようになったんだけど、見て見て」
と、フレイは神龍の肩あたりを指さした。
石板のように分厚い鱗が並ぶ体表がある。
びき、とその表面が割れ、中から石でできた長い杭のようなものがせり出してきた。
「発射―!」
その石杭がものすごい速度で打ち出され、遠くの地面に突き刺さった。衝撃が地面を爆発させ土ぼこりが舞った。
「新技だよ。すごいだろ」
フレイは嬉しそうに胸を張った。
「……あぁ。すごいな」
火よりは燃費がよさそうだ。そんなことを考えながらアリステアは頷いた。
「岩亀も似たようなことをしていたな。機能を奪ったのか、お前に元々備わっていて魔力が戻ったから使えるようになったのかどっちなんだ?」
「え……どっちだろ」
当のフレイが分かっていない様子である。さすがポンコツであった。
そのころ、イゼルは神龍体内の神龍都市にいた。
閑散としていた都市は今、歓声に包まれていた。
勝利のためではない。神龍都市の住人たちが外の様子を知るすべはなく、巫女フェルトと村長たちを除けば外の情勢についてほとんど知る者はいない。
外で神龍がいかに暴れていようと、神龍空間は揺れ動くことはなく、大地の上にあるがごとく不動だった。
彼らの歓声は、神龍都市の空間が広がったことを理由とするものであった。外で神龍が岩亀の核を食べた瞬間、都市を取り囲んでいた白い壁が後退し、都市の周囲に平野が現れたのだった。
「広がった……」
イゼルはたまたまその様子を見ることができていた。
拡張された範囲は広く、新たに現れた平野には森や川、そして村落とその周囲の農地まで存在した。
「あぁ、神龍様が魔力を補充できたのですね」
イゼルの隣でフェルトが安堵の声を上げていた。
「たんに広がった、というだけじゃなさそうに見えますけど。なんで村とか農地まであるんです?」
「私もここについて分かっていることは少ないのですが、あれは元々私たちが住んでいた村ですよ。魔力が戻ったことで再現復旧されたということだと思います」
「さすが不思議空間」
イゼルはそう結論付けた。
「それよりも、です。話を戻していいですか、これについて」
よくわからない不思議空間について究明することは脇に置いておいて、イゼルは改めて目の前にあるそれを指さした。
「はぁ。ポンプ井戸ですね」
そこにはレバーを上げ下げすることで水を引き上げることのできる手押しポンプがあった。
「そうです。ポンプでくみ上げる井戸ですよね」
井戸なのは分かっているのだ。イゼルが問いただしたいのはそこではなかった。
「さっき、誰も触れてないのに水を汲み上げてませんでした?」




